決着
一番近くに居たドラゴンに向けて剣を振るう。
普通ならば、対魔獣用の銃弾さえ効果が無いドラゴンの頑強な体。
その右腕を、僅かな手応えだけで斬り落とした。
腕が斬り落とされても、ドラゴンは止まる事なく、左側の2本の腕が真っ直ぐに俺を襲う。
身体を捻って躱すが、右の肩の肉を裂かれてしまう。
その痛みをはっきりと感じる前に、俺はドラゴンの胴体を下からすくい上げるようにして、斜めに斬り裂いた。
腹から胸に掛けて深々と斬り込んだ感覚と同時に、右肩の傷口に激痛が奔る。
しかし痛みに構わず、そのドラゴンが倒れる前に左に転がった。
右側に回り込んだ2頭目のドラゴンが、真上から爪を振り下ろしたからだ。
どうにか避けて起き上がると、目の前に居た3頭目のドラゴンの尾が正面から襲ってくる。
それを真っ向から斬り下げて、そのまま前に駆け出すと同時に、3頭目とすれ違いざまに左側の2本の腕をまとめて斬り飛ばす。
その勢いで俺は身体ごと回転しながら、噛みつこうとしてきた3頭目の首を、皮一枚を残して骨ごと斬り裂いた。
「これで2頭か!」
大きく息をつきながら、壁際まで一気に走り抜ける。
できるだけ囲まれないようにする為だ。
(しかしこの剣、一体何でできてるんだよ…
鳥肌が立つぐらいに切れやがる。
…にしても、ガキの頃にスズとチャンバラしてて助かった…)
剣を闇雲に振るのと、剣を扱う事ができる、というのは全く違う。
どんな名刀でも、めちゃくちゃに振り回すだけならばなまくらと変わらない。
スズと遊ぶようになってから、小学校を卒業するぐらいまで、スズとはよくチャンバラをしていた。
普通は女の子と遊ぶのにチャンバラは無いだろうが、スズは大好きだった。
俺も体を動かす遊びの中では、チャンバラが一番好きだった。
理由は単純で、チャンバラだけがスズに勝てる可能性のある唯一の遊びだったから。
走るのも、かくれんぼも、腕相撲も、俺がスズに勝つ事はない。
身体能力に差が有りすぎるからだ。
だが何故かチャンバラだけは、5回に1回は勝つ事ができていた。
遊びのチャンバラとはいえ、他の子供達にとってはただの遊びでも、スズを相手にしなければならなかった俺にしてみれば、毎回生きるか死ぬかの瀬戸際だった…
だからこうやって、剣を扱う事ができる。
中学生になって、スズが急に女の子らしさというものにこだわり始めたので、チャンバラはやらなくなってしまったが…
俺は密かに、いつでもスズの相手ができるように様々なパターンの素振りを続けていた。
だからこうして、どうにかドラゴンの相手ができている。
(昔を思い出してる場合じゃないな…)
次々に襲ってくるドラゴン達の攻撃は、段々と速度を増している。
力が安定してきたという事か…
それに対して俺は、そろそろ対応するのも難しくなってきている。
左側と正面から同時に爪と尾が迫る…
ギリギリで尾を斬り落とすが、爪は間に合わない。
無理矢理に体を捻って右側に避けるが、左の脇腹をえぐられ、肋が何本かやられた…
「おあああっ!!」
それでも、俺は沈み込もうとする身体に強引に反動をつけて、下から上に体を反らせるようにして、正面のドラゴンの腹を下から突き刺す。
そのまま懐に入り込んで、剣を抜かずに柄を両手で押し上げる。
腹から胸に掛けて縦一文字に斬り裂いて、左から襲ってきたドラゴンが、すくい上げるように振り上げた爪を飛び上がって躱し、剣を突き刺したままのドラゴンの死体を蹴り飛ばして、剣を引き抜きながら床に転がる。
その転がったタイミングで、俺は身体を正面から蹴り飛ばされて、壁に叩きつけられた。
蹴り自体はどうにか剣で受け止めたが、壁で強打した背中が痛過ぎる。
壁から床に落ちたところに、真上から尾が振り下ろされてきた。
「痛えだろうがあぁっ!!」
俺は吠えながら剣を振り上げて尾を斬り飛ばし、力が抜けかけている足を踏みしめて、尾を振り下ろしてきたドラゴンの腕の一本を袈裟斬りに斬り落として、更に一歩踏み込む。
横殴りにきた爪を、背中の肉を裂かれながら躱し、最後の踏み込みで正面からドラゴンの首から腹までを斬り下げた。
そのまま全力で走り抜け、ドラゴン達から再び距離を取る。
背中、右肩、脇腹から垂れている血は動くたびに否応無く体力を削っていく…
壁に叩きつけられた時の衝撃によるダメージも、身体に力を入れるたびに激痛を走らせる。
しかし、それでも俺の動きは鈍らない。
否…身体の傷も痛みも、動かせる以上は今の俺には関係ない。
倒れようとする身体を無理矢理に動かして、後でどれほどの反動がこようが、どうでもいい。
大きく肩で息をしながらも、無意識に俺の唇の端はつり上がっている。
「あと2頭…」
俺に向かって突進してきたドラゴン達が、左右に別れた。
とっさに右側のドラゴンに向かって駆ける。
(今の状態で、挟み打ちってのは…さすがに死ぬ)
そう判断したからだったが、俺が標的に決めて駆けた右側のドラゴンにたどり着く前に、後ろから左側のドラゴンの尾が振り下ろされてきた。
背中がゾクリとする感覚で迫る尾を、倒れ込んで躱すが、俺が床に転がった瞬間には、右側のドラゴンの爪が迫っていた。
「クソがっ!」
ギリギリのところで剣をかざし、その鍔元で爪の軌道を逸らすが、額の左側を削られた。
頭をかち割られるのはどうにか免れたが、頭を強い衝撃が襲った事に変わりはなく、視界が紅く点滅したようになった。
夢中で横に転がった直後に、背中の傷を更に深く削られながらドラゴンの腕が床にめり込む。
俺は弾けるように跳ね起きると同時に、渾身の力で床を蹴りながら、腕を引き抜こうとしたドラゴンの顎と首を横一文字に斬り裂いた。
もう一度剣を構え直したところで、左目が見えなくなっている事に気付いた。
(額から垂れてくる血で見えなくなったか?
それとも眼自体がやられてるのか…)
片目しか見えないなら、今までのように動き回るわけにはいかない。
片目しか見えないのであれば、走り回っていては遠近感が分からずに、攻撃を躱しきれない。
最後のドラゴンの爪が…4本の太い腕が同時に襲いくる。
ドラゴンも、俺が動き回れない事が分かっているのか、さっきまでなら決定的な隙になるはずの、そういう攻撃の仕方だった…
一本は身体を捻って躱し、一本は斬り落とし、一本はドラゴンの懐に踏み込んで脚を裂かれながらどうにか凌いだが、最後の一本が左の太腿に深々と突き刺さる。
そして、そのまま後に弾き飛ばされた。
ゴロゴロと転がって、すぐに起き上がろうとしたが…無様に尻餅をついてしまう。
太腿の傷は、どうにか骨から外れていて折れてはいなかったが、脚を曲げようとする度に相当な血が流れ、感覚も無い。
(だからどうした…まだドラゴンは残ってる…)
立ち上がろうとしない俺に止めを刺そうと、ドラゴンが近づいてくる。
「まだ…最後のドラゴンが残ってるだろうがああああっ!!!」
叫び上げて、感覚の無い左脚を無理矢理に踏みしめて、強引に起き上がる。
太腿の傷からは、断続的に血が噴き出すように溢れてくる。
脚がこの状態なら、もう爪も尾も避けきれない…
剣を振れるのも、おそらくは一度きり…
つまり、もう一度肉弾戦になったなら…十中八九どころか確実に死ぬ。
自分だけなら、それもいいが…
俺が死ねばスズは助からない…
ドラゴンはあと数歩で俺を殺す間合い…
「うおあああああっ!!」
ドラゴンが最後の一歩を踏み出す前に、俺は身体の全部をバネにして、右手に持った剣を渾身の力で投擲した。
太腿と右肩の傷からは血が噴き出し、肩の関節がズレて腱と靭帯の切れる鈍い音がした。
ドラゴンはとっさに2本の腕を交差させて防ごうとするが、剣はその太い腕を貫き、更に喉から後頭部にまで貫通してから、ようやく止まった。
ドラゴンがゆっくりと崩れ落ちるのを見ながら、俺もその場にドタリと座り込んだ。
「…はあっ、はあっ、…ぐっ、はあっ…さすがに…痛え…血も…流れ過ぎだ…」
そのまま倒れてしまいたがったが、このまま倒れてしまえばそのまま出血多量で死にそうで、何よりスズが気がかりだったから、片腕と片足でどうにかスズとスサノオの所まで這って行った。




