ノリトの決断
ドラゴンの爪を躱しながら考える。
こうして避けられている間はいいが…
「ノリト、あの霧の力は使わないのか?
…それとも、使えないのか?」
俺の言葉にノリトは動きを止める。
「ひょっとして、本当に使えないのか?」
「…いや、使おうと思えば使える。
その実感は確かにある。
だが…この力に指向性を持たせる事ができるのは、一度しかできないかもしれない、という不安がある。
ここでお前らを殺すのに使ってしまったら、その後も力をコントロールできるのかが分からない」
ノリトの言葉を聞いていたスサノオが、その考えに頷く。
「その不安はおそらくは正しかろう…
我という要を失った以上、その力はただそこにあるだけのものになった。
それに指向性を持たせる事ができるのは、一度きりであろう…
雷がいかに強かろうとも、落ちる事ができるのは一度のみ、という理屈だ」
ドカアッ…ズズッ
ノリトが力任せに床を踏みつけた衝撃で、部屋全体が振動する。
「クソが!!
ここまでして手に入れた力が、強過ぎるが故に一度しか使えねえってのかっ!」
これほど感情を表に出したノリトを見たのは、ノリトの親父さんが死んだ時以来だった。
しかし、一度感情を発散した事で落ち着きを取り戻したのか、もう自分が次に何をするべきか、その手段を口にする。
「どれだけ強い力でも、使い物にならなきゃ意味は無い…
それなら、使えるようにするまでだ」
ズズッ…ズ…ズズッ…
ノリトの周りに、さっきの霧が漂い始める。
次第に広がっていき、俺の側まで広がってきたところで、俺もスズとスサノオの横まで下がった。
様々な色に変化する霧のせいで、ノリトの姿は全く見えない。
「なあ、ノリトが何をしてるのか分かるか?」
スサノオに尋ねてみた。
「はっきりとした事はわからぬ、だがあの霧の中で何かを作っておるのだろう」
「作る?」
「あの霧を一本の大木だとすれば、そのままでは役に立たん。
ただそこにあるだけにすぎぬからのう。
だがノリトは、使えるようにする、と言いおった。
大木から薪を作るのか、あるいは家や船を作るのか…
そうする事で初めて大木は役に立つ。
あの霧を使って、己の役に立つ何かを作っておるのではないか?」
やがて、霧が再び中心に集まりだした。
「…おい…こりゃあさすがに無理だろ」
霧の中から姿を現したのは、6体のドラゴン。
力がまだ安定していないのか、すぐには俺達をどうこうしようとする事はなく、その場で力を蓄えるように微動だにしない。
「なあ、スサノオ…あれって幻影とか幻術じゃないだろ?」
「ふむ、全て本体であろうな。
流石にこれは我も思いつかなんだ。
道具や武装を作り出すのではなく、自らの数を増やす事で力を安定させ、己自身を目的の道具とするとは」
「自分の数を増やす?
…そうか、霧の力でドラゴンだけを作り出したとしても、あの力を制御させる事ができない。
ドラゴンだけじゃ、力を制御できずにまた霧に戻ってしまう。
だからあのドラゴンには、それぞれノリト自身の意志が在る必要がある」
…待てよ…しかしそうなると…
「ノリト自身が自分の意識を分身させたとして、アイツの意志と人格はそれに耐えられるのか?」
俺の疑問に対して、スサノオはそれを否定した。
「それは無理だな。
あの竜族達の中に目的を遺す事はできるかもしれぬが、人の意志とそれに伴う感情というものは、その存在がこの世でただ一つのものなればこそ、その形を保つ事が可能なのだ。
この世に他の誰一人として、己と同じ価値観と人格を持った者が存在せぬようにな。
たとえ双子といえども、全く同じ人格には成り得ぬ。
しかしノリトは霧の力を使い、己の人格をも増やした。
術で分身や身代わりを作るのとは、根本的に違う。
おそらく、ノリトの人格と魂は消えてゆくであろう。
それが理というものだ」
「ならノリトは、自分の目的の為に自分の意志と人格を消す事を選んだのか?
…今はもう、ノリトは消えちまったのか?」
「瞬時に消えるものではない…氷のようなものだ。
少しずつ溶けて逝くのだ。
おそらくはまだ持つであろうが、あと四半刻が限界であろう…」
「30分かよ…ならその間にどうにか…
だが、あれだけの数を相手にするのはさすがに無理だ。
どう頑張っても、数分で俺は細切れになるぞ。
スズはまだか?
俺が死んだらスズは助からないんだろ?」
「まだしばらくは掛かる…天照と月詠が厄介でな。
これを使え」
スサノオの手に一振りの剣が現れ、それを俺に放ってよこす。分厚い刀身て諸刃…何でできてるのか知らないが、刃渡りが長い割にはあまり重さを感じない。
「オロチを討った時のものだ。
人の子に扱える物ではないが、我を現世に引き摺り出したカツヤであれば扱えるであろう」
「剣か…何でもっと早く出さないんだよ」
俺の文句に対して、スサノオはニヤリと唇を歪める。
「今のカツヤの考えが我と同じならば、先刻とは違い時間を稼ぐだけではなくなったのであろう?」
「そうだな、時間稼ぎしてる場合じゃねえ。
ノリトの人格と意志が消えねえうちに、ケリをつけてやる。
そうでなきゃ、俺とノリトの喧嘩じゃなくなるからな」
俺は剣を手にしたまま、6体のドラゴンに向かって歩きながら叫んだ。
「ノリトオ!この馬鹿野郎が!
自分の意志を持って、その意志を貫かなきゃ意味ねぇだろうが!
さっき、お前が俺に説教しやがっただろ!
俺は、お前がスズにした事を許さねぇ…だから、お前がお前でいるうちに殺してやる!
だがお前がお前を捨てるなら、もうノリトとは呼んでやらん!」
ドラゴンは一度だけ口を歪めて嗤ってから、何も応えずに俺を攻撃し始めた。




