ノリトの目的は…3
「タケハヤスサノオノミコト?
長えよ、早くスズを助けてくれ」
大層に名乗ったミコトをあしらうような俺の言葉に、それでもミコトは機嫌を悪くする事もなく、クツクツと笑ってから、
「ではせめて、スサノオと呼べ。
ミコトは名では無いからのう」
そう言いながら、俺の身体に手を当てた。
たちまちのうちに俺の身体の傷が治っていくが、その感覚は気持ちの良いものではなかった。
あまりにも短時間で肉や皮膚が動く感覚は、それを初めて体感する俺にとっては鳥肌が立つほど気持ち悪い。
しかしそんな事よりも、
「違う、俺の事はどうでもいい。
俺じゃなくてスズを治してくれ」
俺が文句を言っている間にも、傷が完治した上にどうやら血も短時間で作られたらしく、耳鳴りも止んで意識もしっかりしている。
そして、俺から手を離したスサノオは、
「まあ聞け…カツヤの傷は治すだけで済むが、スズは体から命が剥がれておる。
まずそれを元に戻さなければならんからな。
森羅万象の理を冒さねばならぬ。
我に本来の力が有れば、純粋にその力だけですぐにでもスズを助ける事ができる。
だが、今我に有る力だけでは…流石に八百万の神の干渉が面倒でな…
そいつらを納得させねばならぬ故に、時間が掛かる。
その時間稼ぎをカツヤにしてもらう」
「時間稼ぎ?」
スサノオはスズの体を寝かせてから、俺の時と同じようにその身体に手を当てて、
「ノリトの相手をしておってくれ」
スサノオの言葉に振り返ると、ノリトが持っていた壺は割れた破片も消えていて、その代わりにノリトの周りに煙か霧のようなものが漂っている。
最初は黒かったその霧は、様々な色に変化していった。
「今ノリトの側に寄ってはならぬぞ。
あの霧はのう、我の力の一部が現世に顕現したものだ。
あの壺は本来、札と共に一つのものであった。
札と壺、そして鋼の如き強き意志があって初めて…我は現世に顕現する。
しかし、長い年月のうちに壺だけが祀られるようになってしもうた。
ノリトも我の事は知らなんだのであろう。
しかも、カツヤが札だけを使い我を現世に引き摺り出してしもうたからな。
それだけカツヤの本質が、途方も無く異質だったのであろうが…そのせいで壺の中に有った力の一部は、我が手を離れてただそこにあるだけの存在に成り果てた。
今アレをどうにかできるのは、壺を持っておったノリトだけという事になる。
しかしながら、人の子に過ぎぬノリトではアレをどうにかできるだけの器は無い」
スサノオは無理だと言ったが、俺はそうは思わない。
ノリトという奴は、何の考えも無しにここまでの事をするような間抜けではないからだ。
「其の気高き魂の前にはあまねく全てが平伏すであろう…
其の強大な力の前には何者であろうと立ち塞がる事叶わぬであろう…
汝が契約者の錠言に応え、其の至高なる雄々しき姿を我が前に示せ」
ノリトがドラゴンを召喚するが、そのドラゴンの大きさが2mしかない。
「さあ、ここからが俺の二つ目の賭けだ!」
ノリトは鬼気迫るほどの覚悟を決めた顔で、
「我が存在と意志をその力の中に加えたまえ、そして強大なる力を共に支配せん!」
その言葉と共にノリトの姿が消えた…
そして、漂っていた霧がドラゴンの体に吸い寄せられていく。
それを見たスサノオが驚きに目を見開く。
「カツヤ、あれは竜族であったのか?」
「ドラゴンか?まあ西洋の竜だろうな」
確かに、中国や日本の竜と比べれば、西洋のドラゴンはその姿が違うから、スサノオも知らなかったのだろう。
「竜族の中でも青龍のような上位のものは、我ら神と同じ存在として考えられておる。
それ故に、我の力であったあの霧と上位の竜族の力は近いのかも知れぬ。
ノリトは、それを利用したのだ。
あの竜族に己の存在ごと意志を移し、竜族の体と力を媒体としてあの霧の力を取り込みおった…」
「…なるほどな…その為にドラゴンのサイズを小さくしたのか。
体を小さくする事で、純粋な戦闘力は失われるがその分ドラゴンの存在の力は強まる。
ノリトやあの霧の力を取り込むには、都合が良い訳だ」
俺はノリトが使った方法に感心しながらも、
「でもな、力を得て何をするつもりかは知らねえが…
スズにした事は我慢ならねえな」
俺はゆっくりと、ドラゴンと同化してしまったノリトに向かって歩き出す。
その背中にスサノオの声が掛かる。
「カツヤ、お前ではアレには勝てぬぞ。
時間を稼ぐだけでよい…
我を現世に引き摺り出したお主が死ねば、我は現世においてのほとんどの力を失う。
そうなれば、スズを助ける事は叶わぬぞ」
「分かった、無理はしねえ」
ドラゴンの前に来て、声を上げる。
「ようノリト、力を得た感想はどうだ?
見た目はドラゴンだが、お前の意志がそこにある限り俺はノリトと呼ぶからな」
俺の言葉が伝わるかどうかは関係なく、俺はそう言った。
その俺の言葉に対して、いつも通りのノリトの声が響いた。
「カツヤ、どうやって傷を治した?」
その問に対して、俺は黙ってスサノオを指差した。
それだけでノリトは理解したのか、
「ああ、あのミコトってガキか…まあそんな事はどうでもいい…
力を得た感想か…
まだあまり実感が無いな」
「お前、力を得てそれで何をするつもりだ?」
「この力がどのくらいのものか、まだ分からん。
しかしこの力をどう使うかは、お前に言ってた通りだが?
この力を使って町を守って、そして町を牛耳ってやる。
同じ力で支配するなら、暴君になるより英雄の方が人の感情を御しやすいからな。
どうせやるならここのような都市を狙うところだが、生憎と俺はデカ過ぎる土地や権力は要らない。
あれぐらいの町の方が端々にまで目が届く。
そしてもう一つ、俺があの町にこだわるのは、親父が死んだ原因の一つが…あの町の連中の親父に対する扱いだったからな…
今度は俺があの町の連中をいいように飼い慣らしてやるさ」
「…へえ…動機や理由は何にせよ、本当に町を守るつもりだったのか。
町の為なら褒めるべきか…
だが生憎と俺にはどうでもいい。
俺にとっちゃあスズの方が大切だからな。
ここに来たのだって、本当は町なんかどうでもよかった。
お前を助けたかったんだよ…さっきまではな。
でもお前のせいで、俺はお前を許せなくなった」
「そんな事は分かってる。
だからちゃんと殺そうとしただろ?
お前とスズを裏切ると決めたからには、最後まできちんと裏切るさ」
そう言って、ノリトは爪で俺を殺そうと腕を振るう。
それをギリギリで躱してから、俺は懐に入り込もうとするが、それをもう一本の腕で阻まれる。
その爪も足を後に半歩引き、身体をひねって躱す。
次は正面からのを瞬間的なバックステップで躱し、更に横殴りに襲ってきた尻尾は、衝撃に逆らわずに倒れ込むようにして受け流した。
「カツヤ…お前…何でそんなふうに動けるんだ!?
お前も傷を治した時に何かの力を得たのか!?」
ノリトはドラゴンと成った自分の攻撃が、俺に全くダメージを与えられない事にイライラしているらしい。
「普通なら、最初の爪で死んでるかもな…」
「つまりお前は普通じゃない力が有るのか?」
「いや別に。
身体の構造的も普通…何の力も持ってない。
ただ、逃げる事…攻撃を受け流す事は、普通のヤツなんかじゃ比べ物にならないぐらいに、上手くならざるを得なかっただけだ。
なんせ…俺が知る限りこの世で一番強い奴と、十年以上一緒に居たんでな。
逃げる事に上手くならないと、とっくに大怪我して死んでる」
小さい頃、俺とスズが遊ぶ度に俺だけが怪我をした。
一緒に居ても怪我しなくなるには、スズがその力をコントロールする事が必須だったが、それと同時に俺がスズの無邪気な脅威を回避する事も重要だった。
敵意も殺気もない…無邪気な脅威を避ける事に比べれば、余程の常軌を逸した速度でない限り、それ程難しい事ではない。




