ノリトの目的は…2
プシュ
さっきと同じ音がして、同時に俺の右側の胸を銃弾が突き抜ける。
「がっくぐうっ…」
無様に倒れる俺を、スズが見開いたその目にはっきりと捉える。
一瞬、何が起こったのか理解できなかったのか、スズは目を見開いたまま微動だにしなかったが、ぽつりと、
「…ノリト?ナニシテルノ?」
スズの呟きに対して、ノリトは答えようとしない。
もともと答えるつもりはなかったが、そもそも答えられなかった…
ノリトの背筋は氷を挿し込まれたように、震えている。
スズから向けられる感情は、ノリトが初めて味わう震え…
恐怖ではなく、震えとしか言えないものだった。
ドラゴンを初めて召喚した時の恐怖とも違う。
都市の兵士達が銃弾と共に向けてきた殺気とも違う。
山の中であの馬鹿デカイ魔獣に向けられた脅威とも違う。
今までもそういう危険を乗り越える時には、震えや恐怖は必ずあった。
でも…こんなのは知らない。
否…知らないのではなく、知ってはならない。
意識で恐怖を感じるような、そんな生易しいレベルとはかけ離れている。
この震えを感じたら、逃げ出そうとすら思わない。
こんなものから逃げるなんて、できるはずがない。
スズが何も言わないノリトに向かって歩き出す。
ノリトの足は、震えながら後ろに下がろうとするが、その本能的な動きを意思の力で無理矢理に抑え込み、スズに向けて引き金を引く。
それと同時に、スズが瞬間的に加速する。
プシュプシュプシュプシュプシュプシュ…カチカチカチカチ
銃口から撃ち出された6発の弾丸のうち、5発がスズの身体を貫通する。
左の上腕、右の太腿、左膝、そして肺と心臓…
スズの身体は加速した勢いをそのままに、前のめりに倒れて転がった。
その身体が床に引いた紅い血の線と、再び走り出そうとがむしゃらにのたうち回るスズを見て、ようやくノリトは銃を下ろす。
そして、さっきのスズの呟きから今まで、自分が息もしていなかった事に気付いて、大きく息を吐き出す。
「どうやら、一つ目の賭けは俺の勝ちだ」
恐怖からの大量の汗を腕で拭い、多少の安堵感から言葉を吐き出すノリトだが、その目は油断なくスズの身体から離れていない。
「がっはっ…くっ…ぐうっごっがっぎっぎぎゅうっ…」
言葉の代わりにスズの口から吐き出されるのは、血と呻き。
それでもその目は閉じていない、すなわちその意思は死んでいない。
血を撒き散らしながらのたうち回り、走る事ができないと分かると、立ち上がれなくなった身体を壊れた人形のように動かして、這いずってカツヤに近寄って行く。
ノリトはスズがカツヤに近寄って行くのを見て、ようやくスズから視線を外して、自分の手に有る壺を見る。
さっきまでしっかりと閉じられていた壺の蓋が、ほとんど消失している。
壺の力を引き出すには至らなかったが、スズの感情で壺の蓋を開く事には成功した。
しかし、ノリトの言っていた一つ目の賭けとは、壺の蓋を開ける事ではない。
スズの感情の強さが壺に作用する事は、スズを間近で見てきたノリトにとって、確信を持った予想に過ぎなかった。
自分の眼と人を見極める才能にそれだけの自負を持っていたし、スズには予想を確信にできるだけの力があったからだ。
ノリトが賭けたのは、この都市にある戦力でスズを限界まで弱らせる事ができるかどうかだった。
スズが本気になればどれだけの力を発揮するのか、それをノリトは見た事が無かったが、どういうレベルなのかは分かっていた。
それが分かったのは、スズとカツヤに初めてドラゴンを召喚して見せた時だった。
……………………………………………………
その時はまだ3人とも小学生で、ノリトは最初2人が怖がってしまうだろうと考え、少し離れた所にドラゴンを召喚した。
しかしノリトの予想に反して、カツヤとスズは怖がるどころか…とんでもないハイテンションのままドラゴンに駆け寄って行ったのだ。
そして大人しく座るドラゴンに触りまくって、よじ登ろうとしたところで…さすがに煩わしかったのかドラゴンが動いた。
尻尾からよじ登ろうとしたカツヤを、ドラゴンが背中の腕で払い除けようとしたのだ。
それを見たスズは、カツヤが危ないと思ったのかドラゴンの気を逸らそうと、ドラゴンの足の甲を踏んづけた。
ただそれだけの事で、ドラゴンは後に向けていた首を即座にスズに向けて、肩と背中の2本の腕を瞬時に振り上げた。
まるで蜂に刺された人が反射的にその蜂を叩こうとするように…しかしドラゴンは腕を振り上げたまま、振り下ろす事なくスズを睨み続け、やがてゆっくりと腕を下ろして、座り直したのだ。
それを見ていたノリトが、2人に怖くなかったのかと聞いて、それにカツヤは、
「怖くねーよ!スッゲーかっこいいじゃん!」
と答え、スズは、
「怖くないよ、魔獣よりお利口さんだし、けっこう硬いんだね」
「何で利口だって分かるんだ?」
ノリトの疑問に、笑いながら、
「さっき私を叩かなかったからよ…ドラゴンはもし叩いたら、私と喧嘩になっちゃうって分かったんだと思うな」
そう答えた。
その時ノリトはそっかと納得したが、後になって考えると2人の答えが全然納得できるものではないと気付いた。
カツヤはかっこいいと言ったが、それはおかしい。
普通はドラゴンの姿に誰だって本能で畏怖を覚える。
召喚したノリト自身でさえ、ドラゴンを初めて見た時は怖かった。
たがカツヤは、恐怖よりも
『かっこいいから遊びたい』
の方が圧倒的に大きな気持ちだったのだ。
本能的な畏怖よりも、己の意志がカツヤの心と身体を動かしている。
スズは喧嘩になると言ったが、これもおかしい。
普通は、ドラゴンに叩かれたら死んじゃうって言うだろう。
喧嘩になるって事は、つまりスズはドラゴンと喧嘩できるって事だ。
人がドラゴンと喧嘩できるなんて有り得ない。
しかし、そんな有り得ない力がスズの持つ力のレベル。
その事があってから、ノリトは2人の事を特別な目で見る事にした。
普通の人が考えるレベルで考えても、この2人の本質的な部分にはついて行けないと知ってしまったから。
カツヤがたまにノリトの事を、天才だとか英雄みたいな人間だと褒める事があるが、ノリトにすれば必死に知性を高めたのも、少しでも強靭な意志を持とうと努力したのも、自分では到底届かないモノを持っていた2人が、常に側に居たからだった。
ノリトが必死に背伸びして努力せざるを得ないほど、自分の側に居る2人はその本質が常人とはかけ離れていて…
そしていつからかノリトは、どうやったら2人を超えられるか、勝つ事ができるかを考えるようになっていた…
ノリトが考えた計画では、カツヤとスズをこの部屋で瀕死の状態にまで追い込み、その時の2人の感情と意志の強さで、壺の力を引き出すというもの。
だが、ドラゴンと喧嘩できるスズをどうやってそこまで追い込むのか…
普通に考えればそれは不可能なのではないか?
だからノリトは、スズの行動の基準で方法を考えた。
スズの行動の基準は、一にもニにもカツヤだ。
カツヤの為ならば、例えどれだけの人間を殺すとしても、自分の命を捨てる事になっても、スズに迷いなど生まれる事はない。
カツヤの存在に比べれば、スズにとってはその他一切が秤に掛けるにも値しない。
だがらこそ、ノリトはこの建物に入った時から…さっきスズがほとんどの兵士達を引き付けて、それを独りで相手にする事態になるように行動してきた。
そこからは、兵士達の戦力に賭けるしかなかった。
そして…賭けに勝ったノリトは、倒れたままのカツヤに声を掛ける。
「スズは俺の望みの一つを叶えてくれた…今度はお前の番だぞ、カツヤ」




