ノリトの目的は…1
ガコンッ
ノリトと俺がダクトの網を蹴破って入ったのは、50mほどの広さの部屋。
その部屋の中央に腰ぐらいの高さの台があり、その上には20cmの大きさの壺が置かれていた。
「あれか?ノリトが言ってたやつ」
「ああ、アレだ」
俺の言葉に答えながら、ノリトは部屋の扉に近づいて行き、扉の横にある電子ロックを銃のグリップの底で叩き割った。
「これでしばらくは時間が稼げるだろう」
「そうだな…それにしても不用心だな、あの壺って台の上に乗せてあるだけじゃねえか?」
台の上にある壺は、普通の貴重品のように特殊なガラスケースに入っている訳でもなく、その台にもレーザーとかの仕掛けがある訳でもない。
少なくとも俺が見る限り、普通の台の上にただ乗せてあるだけ…
「いや、ただ置いてあるだけって事は、壺は本物で間違いない」
ノリトはそう言って壺まで歩いて行き、そして普通に壺を掴んで持ち上げてから、それを確かめて頷いた。
「本物だ」
真面目な顔で断言するノリトに、俺はコケそうになりながら思わず突っ込む。
「おいおいおい…マジかよ!?
あれだけ苦労してこの部屋までたどり着いたってのに、肝心の壺はただ普通にお持ち帰り下さいってか?」
この部屋までたどり着くのに掛かった苦労に比べて、その壺を手にする事のあまりの手軽さに、呆れてしまう…
しかし、ノリトの感想は俺とは全然違っていた。
「コレがこんなふうにただ置かれてるだけってのは、きちんとした理由がある。
この壺は本来、コレを代々扱ってきた一族の者でなければ、持ち上げる事すらできない。
この前説明したように、俺の家系は壺の管理を任されてきた系譜だからこそ俺もこんな簡単に持つ事ができる訳だが、この都市に住む人間でも動かす事ができるのは3人も居ないだろう。
人が持てないだけじゃなくて、機械を使っても何をしても、この台から1mmだって動かす事はできない。
親父の話だと、この壺と台には特殊な力が働いてて、時間的に動かす事ができないらしい。
つまり、物理的に動かす事ができないんだ。
でも、コレを管理してきた系譜だけはその特殊な時間軸に干渉できるらしい。
まあ、稀に例外的にこの壺を持つ事ができた人間も居るみたいだが、それも史上3人も居なかったって話だ」
「ほう…さよか」
ノリトの話に納得しながらも、俺の頭には別の疑問が浮かんでいる。
「それでノリト、その壺の本来の管理者がお前だっていうのは分かったが、そもそもソレってどういうふうにして使って、どういう効力が有るんだ?
なんか手軽に使えそうで、この都市から逃げるのに役立つ力とか有るのか?」
その疑問を聞いたノリトは、不快そうに顔をしかめる。
「あのなカツヤ…俺がコレを持ち運ぶのは簡単だが、壺の力を引き出すにはかなり厄介な条件があって、俺一人の力でそんな簡単に扱えるものじゃないんだそ」
「へぇ…さよか」
さっきの疑問の答えには納得したが、ノリトの説明に対してさらなる疑問が浮かぶ。
「お前一人で簡単に扱えないなら、町に持って帰っても意味無くね?
だって、ノリトの一族以外は壺を持ち上げる事すらできないんだろ?
それなら、ここに有ろうが町に持って帰ろうが違いは無いんじゃ…」
俺の考えは多分正しい。それを肯定するようにノリトが頷く。
「その通り…お前が言うようにコレを町に持って帰っても意味が無い」
「???…じゃあ何の為に…」
ここまで来たのか…って俺が言う前に、
プシュプシュ…
ノリトが右手に持っていた銃の引き金を引いた。
弾が貫通したのは、右脚の太腿と臍の右上辺り…
不思議と撃たれた直後は痛みは感じず、ドタリとその場にへたり込んだ後に、流れる血と共に激痛が俺を襲う。
その激痛が、今ノリトに撃たれたのだとはっきりと俺の意識と身体に理解させる。
「ぐっ…く、なるほど…」
呻くように絞り出した俺の声に、さっきと変わらない真面目な顔でノリトが聞いてくる。
「どういう意味の、なるほど…なんだ?」
いつもと変わらないノリトの口調。
その声と表情には、一切の後悔も同情も憐れみも含まれていない。
そうだ…己のした事に迷いや後悔を示す事になどありはしない。
友達を撃つ事だろうが、あるいは逆に己の身を捨てて救いたいと思った誰かを救う事だろうが、自らの意思で実行した事に対して何一つその行動を思い悩むなど有り得ない。
それがノリトだ。
俺が思うに、自分がした事に対してあれこれ思い悩むのは、俺を含めた凡人のする事だ。
俺が認めたノリトが、そんな凡人であるはずがない…
撃たれた俺が思うのもおかしな事だが、改めてノリトの非凡性を見た思いがして、嬉しくなる。
「くっはは…ぐうっ、痛くて笑えねえ…
いや、2つの意味でなるほど…って思ったんだ。
くっ…腹に力が入らねえ…
一つ目は、腹を撃たれるとどうなるかが分かった。
もう一つは、その壺の力を引き出す為に、俺をここに連れて来たんだろ?」
「そうだ、やっぱりお前は勉強嫌いなクセに、そういう事に関しては驚くほど頭の回転が早いんだな」
俺が予想した答えに満足したのか、ノリトは律儀に話し始めた。
「この壺の力を発動させる条件を満たす為に、どれだけの危険に晒されようと、どれだけのリスクを冒そうと、お前をここに連れて来る必要があった。
この都市に居る兵士の誰かとか、町に住んでる知り合いの誰かでは、この壺の発動条件を満たす事はできないからな」
「…なんだそれ?一番親しいヤツを殺して、その血を捧げる、とか?」
ノリトのハッキリとした口調に比べて、俺の声は段々と力が無くなっていく…
撃たれてるんだから当然だが、血が失われていくと共に本当に力が抜けていきやがる。
「別に親しいヤツと決まってる訳じゃないし、捧げるのは血なんかじゃない。
この壺の力を動かすのに必要なのは、例えば世界を敵に回したとしても絶対に折れる事のない鋼のように強い意志の力。
或いは空を覆うほどの、狂った感情。
尤も感情に関しては、喜びや楽しさではなく、人の潜在意識のより深い場所からくる怒りや悲しみといった激情の類だ」
「?…いやいや、待てよノリト…強い意志なら、お前ので十分じゃないのか?
それに、鋼のように強い意志を示すのに、友達一人を殺すだけっていうのは、ちと足りねえ気がするんだが…それに激情だが、俺は別にお前に殺されたとしても、憎んだり恨んだりしねえぞ?
お前の目的がその壺の力で、それに俺の命が要るなら、お前の目的に活かされるなら、それは俺にとっては、ここの兵士達の銃弾からお前を庇って死ぬのと変わらねえしな」
俺の言葉に、ノリトは呆れたように首を振っている。
見ているだけで、やれやれって感じがハッキリと伝わるほどに。
「あのなあカツヤ…本当にお前は度し難い。
馬鹿って表現すら生ぬるいぞ…これからお前を殺す俺が言うのも変だが、お前はただ自分の死に場所を求めてるだけだろ?
しかもできる事なら、お前にとっては意味のある死に方を…
しかもそれは、己にとって意味のある事ですらない。
俺を庇ったり、スズを庇ったり、この前みたいに先生を庇ったり、全部他人の為だ。
自分で自分の死に意味を持たせる事も無く、その意味を持たせる事すら他人任せになってるんだろ?
何ていうか…生きる事にも死ぬ事にも、もうちょっと興味を持つべきだと思うがな。
どんな事に関しても物分りが良すぎるのがお前の長所たが、同時に欠点でもある。
一年前に医者から余命宣告をされた時の、お前の感想を当ててやろうか?
そうですか…だろ?どうせ…
普通は死ぬ事に対してもっと必死に悩んだり、抗ったりするものなのに、それを当たり前のように受け入れる器は、デカイを通り越して狂ってるとしか思えないぞ」
説教された…
撃たれた上に説教された…
しかも説教の内容は、全てが図星で正直撃たれた時よりも精神的なダメージが大きかった。
前にも思ったが、伊達に人間観察なんてしてる訳じゃないんだな…
いやマジで怖いレベルだ…
しかし、ノリトの言い分を聞いてると俺を撃った意味が分からない。
俺がノリトを恨まない事も、そもそも生きる事に執着してない事も分かってるなら、何の為に俺を撃つ必要があったのか…
「なあノリト…結局…何で俺を撃つ必要が…あったんだ?」
「ああ悪いな、話がそれ過ぎた」
「どうでもいいけどよ…殺すなら早くした方がいいぞ…スズに見られたら…困る、だろ?
あと、いい加減…血が…出過ぎて…意識が…」
さすがに血が足りなくなってきたのだろう。
上手く言えないが、2日続けての徹夜明けのような…我慢できないほどの猛烈な眠気と同時に、感覚が麻痺しているような、そんな感じだ…
話が長過ぎるんだよ、長引いてもノリトが特する事なんて無いだろ。
時間稼ぎとか、誰かを待ってる…
俺のほとんど回らない頭が、絶対に当たって欲しくない予想をしてしまう。
まさかノリトは、スズに俺の姿を見せて…逆上したスズの感情をあの壺に使うつもりか?
馬鹿野郎が!!
だとしたらノリト、お前は怪我だけじゃ済まないぞ!
最悪スズに殺されるだろうが!
しかし、予想とか予感ってのは大抵の場合悪いのが良く当たる。
「ノリト…お前…!」
俺がほとんど麻痺したような感覚を無理矢理に引き上げて、ノリトに言おうとした時、
「お待たせ!」
後ろから声がした…
さっきまで、ノリトが銃弾を俺に撃ち込むまではその呑気な声を待っていたのに、今は絶対に聞きたくなかったスズの声…
スズがダクトから着地して、顔を俺達の方に向けた瞬間。
「ここからが、俺にとっての本番だ」
ノリトがそう言いながら、俺に向けて引き金を引く…




