幼き頃のスズとカツヤ…2 私の心を守ってくれたのは…
やがて泣き止んだスズは、前にお父さんが言った言葉を思い出した。
「そうか…そうだね、おとうさん」
そう呟いて立ち上がり、そしてスズは生まれて初めて施設の外へと出て行く。
前に教えられた通りに、施設を出て真っ直ぐ歩いて行くと、自分の背の何倍あるのか分からない大きさの壁が、ずっと続いている所についた。
「これが、ぼうへきっていうのかな…」
小さく呟いてから、スズは一蹴りでストンと防壁の上まで跳び上がり、暗い草原を見渡して…
「…みつけた」
探し物を見つけると、躊躇う事なく飛び降りた。
自分と同じぐらいの高さの草むらを歩きながら、スズはさっき思い出したお父さんの言葉を呟く。
「スズはね、わるいヤツをやっつけるためにここにいるんだよ…そして、スズがおおきくなったら…おとうさんをまもってみせてくれ…」
草むらを手でかき分けて足を踏み出すたびに、虫の声が止んでいく。
やがて目の前に探し物が見えてくる。
そこでスズは立ち止まってから…
「わるいヤツを…やっつけるよ、おとうさん」
そう言って、3mを超える魔獣目がけて飛び掛かった。
カツヤが施設の外に出たのは、まだ日が沈む前の夕焼けが空に残っている時だった…
もう動く事はなくなった父の側を離れて、泣き疲れてふらつく頭で外に出ると、そのまま壁にもたれ掛かって座り込む。
「ゆうやけ、ひさしぶり…」
小さく呟いてから、オレンジに染まった空を見上げる。
ただ夕焼けを見上げただけなのに、どうしてか止まったはずの涙がまた顎にたれた。
何も頭に浮かんでこずに、ただ空を見上げたまま動けない。
やがて赤と紫の空が色を失い、星に満たされる頃に、スズが施設から出て行くのを見た。
その姿を見ただけで、スズのお父さんも死んでしまったんだと分かった。
カツヤはノロノロと立ち上がって、スズの後ろを歩き出してからもスズの背中に声を掛けようとか、並んで歩こう…とかは思わなかった。
理由はなかったけど、多分その時はお互いになんて言っていいのか思いつかなかったから…かもしれない。
それと、スズの後ろを歩いているだけで、精一杯だったから…かもしれない。
施設が見えなくなるまで歩いた時に、月がその顔を見せはじめた。
それを眺めながら、
「丸いけど、まんげつはあしたかな?」
そう言ったカツヤの声も、多分スズの耳には届いていない。
その後も止まることなく歩いて行って…スズは高い壁に跳び上がってしまう。
「すごいな…おれ、どうやってのぼろう」
素直な感想を口にした事で、カツヤはどうにかいつもの調子を取り戻しつつ、壁に梯子がないか周りを見回して、右に少し行った所にタラップを見つけて歩き出す。
カツヤが草むらをかき分けてその背中を見つけた時、スズは大きな魔獣の側で月を見上げて立っていた。
その足元に倒れている魔獣は、施設で見た魔獣とは種類も大きさも違うはずなのに、その時のカツヤにはそっくりに見えた。
「スズ…てからちがでてる」
カツヤの言葉に、スズは少しだけ肩を震わせて…後ろを振り返らずにうつむいた。
「…ついてきたの?」
「うん…スズがそとにでてから、ずっとうしろをあるいてた」
「…そっか、でも…もうついてきちゃだめだよ」
「どうして?」
「わたしはね、これから…わるいヤツをやっつけなきゃいけないの」
「どうして?」
「おとうさんが、そういったから…」
「でも、スズのおとうさんは…もう…わるいヤツをやっつけても…ほめてくれないよ」
「…なによ…」
「だから…もうスズのおとうさんは…」
「…っだからなによっ!
わたしはぜったいにゆるさないっ!!
おとうさんをうごかなくしたヤツをゆるさないっ!
だから、わるいヤツをみんなやっつけてやるんだからっ!!」
「スズ」
カツヤは歩き出そうとするスズの手を握って、でもスズは直ぐにそのカツヤの手を振りほどく、
「はなして!
もう、ついてこないでよ!
わたしはホントはカツヤがキライなのよっ!!
いつもいつも…カツヤといっしょにいるとわたしはなんでもがまんしなくちゃいけないのよ!
なんですぐケガしちゃうのよ!?
どうしてわたしばっかりガマンしなくちゃいけないのよ!?
よわむしなんか…だいっきらい!!
カツヤなんて…いなくなればいいのよ!!」
自分らしさを取り戻しつつあるカツヤに対して、スズは抑える事のできない感情をむき出しにする。
大声で怒鳴っているのに…その姿は叫ぶように泣いているように見えて…
カツヤとスズ、2人とも同じ歳の子供なのに、父を失った後にあった気持ちの変化は別のものだった。
男の子と、女の子の違いがあったから。
カツヤは父が死ぬ瞬間を見ておらず、スズはその瞬間を見せつけられたから。
カツヤには仇を討つ力など無かったが、スズにはそれを容易くなせる力があったから。
おそらくは、その全てが理由で…その全ての違いが2人には必要だったのだろう。
「スズ」
「いなくなってっていってるじゃないっ!」
そう怒鳴って歩き出そうとするスズの手を掴み、今度は振りほどかれる前に無理矢理スズを振り向かせて、お互いの顔が見えるようにする。
「て…ちがでてる…いたくない?」
真っ直ぐにお互いの目を見ながら言うカツヤの言葉を聞いた途端、もう枯れてしまったと思っていたスズの目から涙が溢れて…
「…いたい」
言ってしまってから、足から力が抜けたようにスズはその場に座り込んだ。
「いたいよ…カツヤ…カツヤのせいで、ううっ…ひっくううっ…もうガマンできなくなっちゃったよ…
うっくっうううっ…ゴメン…ゴメンね、カツヤ…」
スズが泣き止むまで、カツヤはスズの背中に自分の背中を合わせて、静かに月を見上げていた。
涙が止まったスズの手を引いて、カツヤは取り敢えず自分達の居た施設に戻りたかった。
「おとうさんたちの、おはかをつくらなくちゃ」
スズはその言葉に頷いて、カツヤに手を引かれるままに歩いていたが、ふと不思議に思った事をカツヤに聞く、
「ねえカツヤ…おとうさんがしんで、かなしくないの?」
「…かなしいよ…かなしくてさみしい」
「でも、さっきは…カツヤはいつもどおりにみえた…」
「オレがないちゃってたら、スズはさっきいなくなっちゃってたろ?」
カツヤは立ち止まって、スズの正面に向き直る。
「オレのおとうさんも、スズのおとうさんもしんじゃった…でも、スズがいる。
ふたりいっしょなら、さみしくなくなる。
せっかくいっしょにいるのに、スズがいなくなったら…オレはひとりぼっちになっちゃう。
それがイヤだったから、さっきはなかなかった」
「ふたりいっしょ?」
「うん、でも…スズはさっきオレのことキライっていったから…いっしょにいたくないなら…」
顔を困らせていくカツヤの手を、スズはブンブンと勢いよく振ってから、
「キライじゃないもん!
わたしも、カツヤといっしょがいい!」
そう言って、今度は逆にスズがカツヤの手を引いて歩き出す。
スズがカツヤの前を歩き出したのは、また泣きそうになったから…
さっきは泣いているのを見られても平気だったのに、今は…なんとなく泣いているのを見られるのが照れくさかったから…
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「あのまま私が魔獣を殺す事を続けていたら、私の中には悲しさと憎しみが広がったまま、多分それを埋める事も忘れる事もできないで…死んじゃってたわ。
あの時の私の手を掴んで、私が私でいられるように私の心を守ってくれたのがカツヤだから…
もうカツヤには、あの時みたいにただ相手を潰す力を振るう…さっきの私だけは、絶対に見られたくなかったのよ」
「だからカツヤとノリトを先に行かせて、スズだけが残ったのか?」
「うん…あ、そうだミコトちゃん、私のバッグ取ってきてくれない?
何か食べれば元気になれるかも」
「よかろう、スズは先に行ってよいぞ。
せっかく体を張って稼いた時間を、無駄にせぬようにな」




