アネモネは後悔の色
は、と息が詰まる。
アリア様・・・?言葉を紡ごうとしても、息が漏れるだけで言葉にならない。
言いたいことが浮かんでは散っていき、何も言葉が出てこない。
「・・・アリ、ア、様・・・・・・?」
どうにか絞り出した声はか細く、震えていた。
情けない。彼女が自分を刺した姿を見たのだから、当たり前の反応なのかもしれないが。
俺の情けない声は耳に届いていた筈なのに、彼女は何も言わずに小さく笑うだけだった。
ふらりと彼女の体が傾く。床に倒れる直前に何とか抱き留める。
彼女とは距離があってぎりぎりにはなったが捉えることができた。
「—アリア様!アリア様、どうしてっ・・・どうして!」
「くそっ、血が・・・!」
止まらない。胸元からとめどなく溢れてきた血が、ドレスに赤黒い染みを作り広がるってしまう。
彼女の手が頬をなぞる。その手には力がこもっていなくて、軽く触れている程度だったが、それでも暖かかった。
力が抜けて、だらりと垂れた手は何故か濡れていた。彼女の手を握りしめている自分の手に、水滴が落ちた。
落ちた場所は自分の顔の真下。その時になってようやく、自分が泣いている事を自覚した。
自覚したとたんにぽたり、ぽたりととめどなく溢れては彼女を濡らしていく。
どうして。なんで。どうして。
どうして、なんで、と頭の中が疑問で埋まる。そんな事を考えたところで、何もわからないのに。他人の考える事など解らない。そんなこと、わかってる。知ってる。それでも、疑問が尽きる事は無い。
その疑問の答えを知っている人も、話せる状態じゃない。もし話せる状態だったとしても、彼女が教えてくれる事は無いだろう。伝える気があったのなら最初から話す人だから。
泣いている間も、彼女の傷口からは血が流れてドレスから溢れ、床に血溜まりを広げている。血が止まる事は無く、今更止まったとしても手遅れだろう。もう随分な量の血が流れてしまった。
どうしよう。嫌だ。諦めたくない。諦めたくない、けど、何もできない。
いつもそうだ。器用なくせに。肝心な時に役に立たない。
貴女の役に立てるように出来る事を増やしたのに。
役に立てるように、技術を磨いた。
役に立てるように、好みを覚えた。
なのに、意味が無かった
全部、全部
無駄、だった・・・?
・・・どうして、こんな
嗚呼、何故。何故、ですか・・・?アリア様。
なんで教えてくれなかったんですか?
俺が・・・・・・頼りないから・・・?
俺が、止めるから・・・?
呼吸が浅くなる。
止める。止めるに決まってる。誰だって、大切な人を死なせたいとは思わないでしょう・・・?
守りたいと、思うでしょう・・・?
嫌だ。嫌だ。置いていかないで。一人が苦手なの、知っているでしょう・・・?
一緒に居るって、言ってくれたでしょう・・・?
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
いや、だ
・・・・・・ああ、どうして
どう、して
どうして
どうして
どうして?
ど う し て
好きだった。
目の前で侮辱されようとも怯まない、背筋を真直ぐに伸ばした凛とした姿も。
何にも染まらなぬ漆黒の髪も。
無機質に物を映し出す、青みを帯びた紫の透き通った瞳も。
どんな時でも冷静で、落ち着いた振る舞いも。
不愛想ながらもこちらを気遣う態度も。
冷たい言葉の裏に隠された優しさも。
どれだけ傷付けられようと心の底からは嫌う事の出来ない、なんだかんだお人好しなところも。
そのどれもが、大切で、守りたくて、愛おしくて
支えたいと思った。
静かな人で、感情を表に出すことはしない人だったけれど。それでも、傷つかないわけじゃない。見えないだけで、隠しているだけで、彼女は心を持っている人だから。
支える事が出来たら。少しでも、重荷を減らす事が出来たら。そう思って、仕える事を決めたのに。
申し訳ありません。俺は、誓いを守ることが出来ませんでした。




