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桔梗の花を捧ぐ先  作者: 黎明
1章 ストケシアで飾って

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5/12

フィソステギアと紅い華

 

 キュ、コルセットベルトを付け、ベッドの下から古びたミニドレッサーを取り出して机に置く。ドレッサーの中から幾つかの化粧品を取り出して、顔を整えていく。

 しっかりとした化粧は苦手であるし、そこまでの技術も無いが、見られるような顔にする事くらいは出来る。

 手早く進めていき、最後に口紅を引く。

 まあ、これでいいだろう。化粧なんて久し振りにしたが、これなら及第点。


 この顔は、彼の手入れのかいあって肌荒れも特にない。生活状況的にも荒れていても可笑しくないというのに。

 彼が満足するならと好きにさせていたが、こんな事でも気分がよくなるものだ。

 化粧品を仕舞ったところで思案する。少し迷ってから清潔な布を持ってきてドレッサーを拭いた。

 最後くらいは、綺麗なところを見たいのだ。

 こんなものだろう。拭き終わってドレッサーをベッドの下に戻した時に彼が部屋に入ってくる。彼の手には布に包まれた長い物と何かの袋。

 包まれている物を置いた彼は袋を持ってこちらに近付いてくる。

 彼に促されるままに椅子に座ると、彼が袋から何かを取り出して私の後ろに回る。

 失礼します、と彼の片手が私の髪に触れる。

 何をするのかという疑問もあったが、好きにさせようと特に抵抗もせずに身を任せる。

 そのまま彼のもう片方の手に握られたヘアブラシが髪をすいていく。取り出した何かはヘアブラシだったらしい。

 背後から彼の手が伸びて袋の中から新しく何かを取り出す。少しすると、首筋に冷たい液体が触れた。

 びくり、と反射で肩が撥ねた。

 ちらり、と視線を後ろに向けると、すみません、と濡れている部分が彼の指で拭われる。気にするな、と彼の言葉に小さく首を振って答え、視線を前に戻す。

 彼が髪に何をしているのかはわからないが、やりたいことがあるのだろうし好きにさせよう。

 そう結論付けて、身を任せていると不意に、ふわりと甘く清涼感のある香りが漂ってくる。どこかで嗅いだことのある香り。

 人工的な物ではない・・・花、だろうか。

 これは―――

「このヘアオイル、ラベンダーの花が使われているらしいです」

 ―――ラベンダー。その言葉で身体が強張るのがわかった。

 反応のない私を不審に思ったのだろう。これは苦手でしたか、という彼の問いかけではっとしてそれを否定する。

「違う、苦手な訳じゃない。・・・その、驚いただけだから」

「・・・・・・そうでしたか。街で女性に人気らしく、勧められまして」

「そう」

 ()()()()()、か。

 しかし、普段髪の手入れなんてブラシですく程度だというのに、ヘアオイルを使うなんて珍しい。

 彼の手でもう一度、髪が丁寧にすかれていく。既に髪はさらさらだろうにこれ以上すく必要があるのかは甚だ疑問だが、好きにさせると決めたのは私なのだから、大人しくしていよう。


「よしできた。アリヤ様、終わりました」

 あれから数分して、終わったと声をかけられた。

 前半は満足気な言葉は独り言のつもりだったのだろうが、彼の顔が耳元にあった為にしっかり聞こえた。だがまあ、聞こえた事は伝えない方がいいだろう。


 あれから、楽しくなったのか化粧とヘアアレンジまでされた。袋には装飾品も入っていたらしい。

 それにしても、自分でも化粧をしたのだが・・・物足りなかったらしい。

 彼が袋を片付けているのを横目に見ながら全身鏡の前に立つ。

 鏡に自分の姿を見て、その姿に目を見開いた。

 普段は青白く不健康という印象しか与えない肌は、明るく、血色感のある肌に仕上がっていた。唇も綺麗な深紅に染まっていて、全体的に明るい印象を与えている。

 そして、ブラシで丁寧にとかされ、真直ぐ下に流れ落ちる様になったさらさらの黒髪は、動く度にふわりとラベンダーが香っている。

 色々と手を加えていたのは知っていたが、まさか、ここまでやるとは。あまりの変わりように失笑してしまう。


 それにしても、私は化粧が苦手だと思っていたのだが・・・彼に顔を触られても平気だったのに驚きだ。まあ、彼に私を害す気が無いのだから、当然と言えば当然なのだろうが。

 相も変わらずの盲目ぶりだとため息が漏れる。


「アリヤ様、少し失礼します」

 ぼう、と鏡を見ていると彼が近付いてくる。そのまま髪に何かをした。

 なんだろうか。疑問を抱いていると鏡に映った私の顔にも疑問が浮かぶ。どうやら私は思ったよりも顔に出やすいらしい。気が緩んでいるのか・・・思考が顔に出ない様に気を引き締めておかなければ。

 気付かれるわけにはいかないのだ。絶対に、知られてはいけない。


 如何でしょうか、と髪の一房が鏡の前に差し出される。鏡に映った髪には黒に映える真白の花がちりばめられている。小さな可愛らしい花で飾られた髪に目を奪われた。

「フィソステギアです。アリヤ様の髪に合うと思って・・・・・・気にいっていただけましたか」

「ああ、うん。ありがとう」

 正直、この花が私に似合っているのかはわからない。この花は可愛らしいが、気にいっているかいないかと言われるとどちらでもいいと言うのが私の思いだ。だが、髪を花で飾られて、化粧の施されて、彼の手で彩られたという事実で胸が暖かくなったのだから、嬉しい事は確かだった。

 ゆるりと口角が上がり、口元に笑みが浮かぶ。

 今日はよく笑う。今日の私は機嫌がいいらしい。まあ、それも仕方が無いのかもしれない。

 私の計画は今日で終わるのだから。とはいえ、まだ終わっていない状態で気を抜く事はできない。何が起きても対処できるように努めなくては。


 彼はこれ以上手を加える気は無い様で、鏡の前から離れていく。それを見て、私も鏡から離れる。

 彼が部屋に入った時ベッドに置かれていた布に包まれた縦長の物の布を除けて中の物を取り出す。取り出したのは剣。

 鍔に大きな宝石をはめ込まれた豪奢なつくりのこれは、祭典で使われる宝剣。確か国宝の扱いだった筈だ。剣をゆっくりと持ち上げると、手が震え、慌てて両手を添える。

 手に握られているそれは重く、私には少し大きい為に片手では持ち上げることはできない。

 剣を横に除けて、一応布を畳んでおく。

 する必要は無いのかもしれないが、気になったのだから仕方が無い。それに、今日は特段急ぐ必要もないのだから。それを抜きにしても布一枚を畳むだけならそこまでのロスにはならないだろうが。


 横に動かした剣を掴む。剣身を下に向けて持ち上げ、彼の方を振り返る。

「行こう」

 彼の背に声を掛けて先に部屋を出る。

 離れから出る為に廊下を歩いていると、後ろから足音が聞こえてくる。

 足を止める事無く振り返ると彼がこちらに駆けてくる姿が見えた。

 一歩後ろをついてくる彼を見て、離れを後にした。




 コツ、コツ、コツ、と足音が二重に響く。

 本来ならば、使用人達が歩き回っているだろう城の廊下は、静まり返っており人の気配はしない。

 それもそうだろう。騎士団長に続き宰相が死んだ。そのことで城中が混乱している、それに加えて王の行方不明、そして城の聖堂での火災。その後処理などに使用人達は奔走していることだろう。

 元々、この廊下には式典等に使われる部屋や宝物庫が集められている。

 歩みを止める事無く廊下を進んで行くと、廊下に取り付けられた最後の扉を通り過ぎた。この先に在るのは玉座の間だけ。


 随分と久し振りだ、と思った。だが玉座の間には昨日も行ったのだったと思い直す。顔を伏せて過ごしていたのだから玉座の間に居たという実感が無かったのだろう。

 顔を上げると目新しい物が視界に飛び込んできて、周囲を見回す。何か大量に特別な物があるわけではないが、何もかもが新鮮で、懐かしくもあった。

 忙しなく動かしていた視線を真直ぐと前に向ける。視界を占めるのは玉座と、その玉座までの豪奢な絨毯。


「ここに居て」

 彼を振り返ってその場から動かない様伝え、絨毯の上を進む。

 此方の言葉に彼は訝しんでいるようだが、取り敢えずは従う事にしたようだった。

 足音が立たぬ、柔らかい絨毯の感触を楽しみつつ歩き続ける。普段は絶対にしない程にゆったりとした足取りであったからか、思った以上に時間が掛かった。

 何故、足取りが重かったのだろう。懐かしさを噛み締めたかったのだろうか。まさか、気が重い、なんてことはあるまい。

 更に奥、玉座まで歩こうとして、途中で足を止める。


 ああ、知らなかった。玉座とは、こんなに近かったのか。ずっと、遥か遠くにあって、近付く事は許されなかったから。

「アリヤ様・・・?」

 ぼう、と玉座を見つめていると彼が怪訝そうに私を呼ぶ。

 その声で意識を戻し、身体ごと後ろを振り返った。髪が揺れ、甘い香がした。髪につけられたヘアオイルだろうか、それとも、飾られたフィソステギアだろうか。


 前を向く。視線の先には、言いつけ通り同じ場所に立ち続ける彼の姿が。

 健気に言いつけを守る姿を見ていると、ふわりと胸が暖かくなり、何故だか笑みがこぼれた。

 彼をここに連れて来たのは酷だっただろうか。


 わからない。

 何が正しいのか。何が間違っているのか。

 ――とうに、狂ってしまったのだから。

 けれど、これだけは確かだろう。

 私はこれから、彼に酷いことをする。

 それを認識すると、頭を恐怖が支配する。


 何が怖いのだろう。

 何が恐ろしいのだろう。


 これからする事に対する恐怖?

 計画が失敗することが恐ろしい?


 違う。これは



 彼を失うことへの恐怖だ

 彼が壊れる事への畏怖だ




 いつか


 いつか、彼から私が消える事がとてつもなく恐ろしい


 視線を下げると、胸元に抱えられている剣。それを握る手が小刻みに震えていた。

 落ち着け。落ち着け。

 目を閉じて深く息を吸い、ゆっくりと吐く。

 大丈夫。できるから。うまくいく。使用人達は遠ざけた。騎士も宰相も王も、皆死んだ。後は私だけ。彼も、入口付近で待機させた。どんなに反応が早くとも、この距離ならば問題無い。


 剣を掲げ、剣身を自分に向ける。

 そのまま剣を身体に突き刺した。


 剣が骨でつかえたりしないように、少し傾けて。


 深く、深く


 剣が、身体を貫くように


 え、とかすれた声がした。其方に目をやると、彼の身体が固まって、驚きに目を丸くしていた。

 初めて見る表情だ。かなりの時間を彼と過ごしていたというのに、知らなかった。

 こんな顔もできるのかと、笑ってしまう。痛みは酷いし、笑っている場合ではないのだろうが、知らない事をしれて嬉しいと、思ってしまう。


 なんて、呑気に考えていると身体から力が抜けていく。剣に添えていた手がだらりと垂れて、ふらり、と身体が傾いたのがわかった。

 慌てたように此方へと駆け寄ってくる彼が見える。

 床に倒れ込む直前、ぎりぎりのところで彼の手が私の体を捉えた。

 私の体は床に着く彼の手に支えられる。

 割と距離があった筈なのだが、早過ぎるのではないだろうか。中央で止まらなくて良かった。じゃなければ、途中で止められていたかもしれない。


「ッ、――!、―――!―ッ、―!――」

 彼が何か繰り返し叫んでいる。

 何だろう。

 ア・・・リ・・・・・・マ・・・

 アリ、マ・・・?いったい何だろうか。

 ・・・ア・・・

 アリア、様?

 何を必死になって叫んでいるのかと思えば。私の、名前だったのか。

 死にかけだというのに、何を笑っているのだろうか私は。


 上を見ると、迷子の様に揺れた

 はらはらと白の花が舞う。ふわり、私を抱いている彼の手元に花が一つ落ちたのが見えた。

 それを皮切りに彼の目から大粒の雫が絶え間なく零れ落ちていく。頬を伝った雫が私の顔を濡らしていく。

 彼の顔からは焦りと動揺がはっきりと見て取れて、思わず笑ってしまいそうになる。身体に自由が利いたのならきっと笑っていただろう。普段は動かぬ表情筋も彼の事ならちゃんと動くから。


 不謹慎ではあるが、綺麗だと思った。透明の雫が溢れる灰色がかった深い蒼のそれは、普段よりも明るい青色に見え、外の光を受けて眩しく輝いていた。

 きっとそれは、どんな宝石よりも綺麗で、価値のあるもの。




  ああ、本当に



  彼は、



視界がぼやける。



  君は、



呼吸ができない


何も見えない




  リュミエール、君は




  まぶしいな











 赤い鉄を包む甘い香が広がっていく。

 隠された花を包むように、魔性の花を隠す様に、蠱惑的な花が広がった。




  華が 咲いた

  


  残酷なまでに甘い、蠱惑的な紅い華が



























―――これは、国を揺るがした悪女と全てを捧げた英雄の物語


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