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桔梗の花を捧ぐ先  作者: 黎明
1章 ストケシアで飾って

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4/12

裁きを下すは女神の花

 朝が来た。日が昇っていっても、国王の使いが来る気配は無い。もはや、呼び出す気力もないか。加えて、魔女を恐れているのもあるだろう。


 あの男は臆病者だ。何もかもを、全てを恐れている。王族、しかも時期国王となれば暗殺や失態の捏造なども当たり前の事。幼い頃から詰め込まれる勉学もマナーも、裕福な暮らしの対価である。皆、いずれ慣れる物。だが、あの男が慣れる事はなかった。何度毒を盛られても、何度刺客を送り込まれても、仕方ないと受け入れる事はなかった。

 私の事もそうだ。魔女と怯え、恐れて、魔女だからと遠ざける。誰しも自分が一番可愛いのは知っている。そういうものだから嫌悪感も無い。

 だが、怯えるならば、恐れるならば、何故殺さない。早く処刑してしまえばいいのに。

 そうしていれば、死なずに済んだというに。


 今夜はあの男の番だ。部屋へ行った時、眠っているだろうか。起きているかもしれない。

 だが彼に言い、備え付けの水差しに睡眠薬を混ぜさせておいた。まあ、料理に混ぜているわけではないから味を誤魔化すことはできないが。だが、昨日の様子からして気付くことは無いだろう。もし、気付いたとしてもあの男にそれを気にしている余裕は無いだろう。あの男が飲むかは賭けだがどちらに転んでも、私のやることに支障はない。結果的には、起きることになるのだから。もし起きていれば無理矢理にでも気絶させればいい。

 今日は彼に幾つか仕事を任せて遠ざけておいた。時間がかかるものも多く、ここに戻ってくるのは夜部屋を出る寸前だろう。彼が戻ってくるまでにやることを終わらせておかなければならない。




 夜、服を着替えて部屋を出る。

 王の寝室の扉を音が出ぬよう慎重に開け、中へと入る。

 ベッドの膨らみに近付き、耳を澄ますとうっすらと寝息が聞こえてくる。水差しを確認すると、少し減っていて、側のコップも水滴が残っている。飲んだのだろう。減っているのはごくわずかだが効いたのかもしれない。そういえば、良く効くと街で評判の物だと言っていた。

 口角が上がるのがわかる。

 彼が用意した物を疑う訳ではなかったが、思った以上の効力だ。

 ゆっくりと毛布を捲り、彼に身体を押さえるように言う。暴れられない状態なのを確認して、王の口に端切れを詰めていく。十分な量を詰め終えて、中身が出ぬように縄で口を縛る。

 縛る時に力が強かったのか王は少し呻いた。少し待ってみたが、特に起きる様子は無い。気にせずに続けていいだろう。

 彼に抑えられたままの王の手を縛り、足を縛ろうとした。だが、手に持った縄を見て止まる。

 ああ、呆れた様な感嘆した様な曖昧な溜息が口から洩れた。彼が怪訝そうにこちらを見やるのがわかった。彼に縄のある部分が見えるようにしてやると、驚いたのか微かに目を見開いた。

 私が今手にしている縄には切れ込みが入っており、繋がっている部分は少し引っ張れば簡単に千切れてしまいそうな程細い。実際、簡単に千切れるだろう。おそらくこれは、私や彼が部屋に居ない時に入った使用人が細工したのだろう。嫌がらせの一環としてしたのだろう。

 さて、どうするか。生憎、予備の縄は無い。

「アリヤ様。少々お待ちください」

 彼が部屋を出ていく。縄を探しに行ったのだろう。彼ならばどこかから見つけてくるだろう。私はただ待っていればいい。・・・が、彼だけに任せる気も無く、何かないかと部屋を見まわして使えそうな物を探す。


 子供向けの絵本だろうか。薄い本が数冊しか入っていない空白だらけの本棚。その近くに大量の本が乗った台車。そして一人用の机と椅子。机には水差しが。椅子には聖書だろうか、分厚い本が置かれている。

 座るべき所に置かれた場違いなそれは何故か私の目を引いた。少し思案し、手に取って開く。見返しを見て目を見開く。見返しには、かなり歪んではいるが四葉のクローバーらしきものが描かれている紙が貼り付けられていた。

 身体から血の気が引いていく。どくどくと鼓動が早まる。

 手を伸ばしてがたがたの線を指でなぞる。字も満足に書けぬ子供が描いた絵は、とても一国の王が持つ物とは思えない。

 何故。何故。何故。

 何故、と頭が繰り返し問うてくる。在り得ない。何故こんな物を持っているのか。

「御待たせ致しました」

 驚いて振り返ると彼がどこからか持って来た縄を手に持って立っていた。

 やらかした。脳を感情が支配して周りが見えなくなっていた。多少流されるのは仕方ない、だが彼の気配に気付かなかい程とは。

 アリヤ様?、と彼が気づかわしげにこちらを窺ってくる。

 何でもない、と返し縄を受け取り、足を縛る作業に戻る。

 何か言いたげだったが、これ以上聞いても無駄だと判断したのだろう。黙って本棚の方に歩いて行った。

 作業が終わり、縄の強度を確認しているところで彼が何も乗っていない台車を持ってくる。

 王の体を引いて台車に乗せ、シーツを被せる。ベッドを軽く整え、部屋全体を見回す。特に本棚付近を念入りに。

 ちらりと彼に視線をやると、ベッド付近を確認していた。彼はこちらに背を向けている。

 数秒の思案の後、それ(・・)を取り台車にのシーツの下に押し込む。部屋に痕跡が残っていないのを確認し、台車を引き彼と部屋を後にした。





 キィ


 城に繋がっている聖堂に入り、台車中央まで移動する。ステンドグラスを通して月明りが静かな聖堂を照らしている。彼が奥に行き、オルガンと一緒に置かれている椅子を中央の女神像の所まで運んでくる。

 月明りの下に浮かび上がった女神像。この国が進行する女神をかたどった像。服や髪に花をあしらっているのだろう。像と同じ白だが、花の形をしている箇所がある。

 この女神は、花を愛していたと言われ、特別愛していたのがあやめだったか。あやめの中で特に好まれていたのが黄色のあやめ。

 だから服などにあやめの花をあしらっているのだと、そう聞いた覚えがある。

 聖書などでは白や青で描かれているが実際は黄色だったのだ、とも。


 私が台車のシーツをはいでいるのを横目に見ながら椅子を女神像の下に配置する彼。細かい位置調節を終え、彼が椅子の上に立つ。肩には手足の縄を外された王の体。ほどかれていた縄を差し出すと彼は手早く像に縛り付けていく。途中で像から離れ、床に落ちてしまわないようにきつく、きつく。


 その様子を見つつ、シーツで中の物をくるんで床に置く。

 彼があれに触れているというのはいささか不快ではあったが、さすがに私の力では持ち上げる事さえ困難なのにそこから縄で固定するというのは不可能だろう。つまらない見栄を張って失敗する・・・だなんてあり得ない。失敗して迷惑を被るのは何も私だけじゃない。無理矢理これに巻き込んでいるというのに、兵達に捕らえられた時に彼を巻き込む可能性がある。

 いや、可能性では済まずに確定的に巻き込まれるだろう。唯でさえ『魔女に魅入られた男』として貴族の間に敵が多いのだから、この機会に潰しておこうとするだろう。


 終わりました、と彼が椅子から降りる。そして手に持っていた鮮やかな刺繍の入った見るからに女物のハンカチをシーツの側の端切れの所に放り、手を払う。大方、使用人に押し付けられた物だろう。

 彼が裏に台車を片付けに行ったの確認して王に近付く。王の姿を見つめていると、無意識に手を伸ばし頬を撫でる様に触っていた。

 哀れな姿。漠然とそう思った。

 痩せこけて少し骨が浮いた体も、目元に薄く隈がある様子も。昨日見た時よりは良い・・・いや、化粧をしていない分昨日よりも酷く見える青い顔色。その姿には嘗て賢王と呼ばれていた面影は見られない。

 時間とは、こうも人を変えてしまうのか。

 記憶に残っている姿とは別人の様だ。老いの存在を抜きにしたとしても。

 すっかり変わってしまった姿。それは嬉しい事。そう、嬉しい事なのだ。躊躇いなく実行できるのだから。なのに、何故————殺したくない、そう思ってしまうのだろう。

 駄目だ。この感情に従ってはいけない。もう既に二人殺した。もう後戻りできないところまで来ているのだ。ここでやめる訳にはいかない。こんな感情・・・いらない。

 余計な感情、思考を振り払う為に頭を振り、手を放す。

 これ以上この男を視界に入れるのは危険だ。

 静かに女神像から離れ、外に設置されている松明を取りに行く。毎日朝と夜に交換されているから、木はまだ長いだろう。


 松明を前に掲げる様にして持ち、中へ戻る。

 松明の影響か、先程よりも随分明るく見える聖堂内をゆっくりと歩く。

 中では彼が油を撒いているが、終盤だったらしく私が中央に着くころには終えていた。彼に任せたのは女神像のある中央から。壁際のオルガンまで。それを私が戻るまでの間に終わらせたらしい。

 この聖堂の床と柱は木製だからよく燃えてくれるだろう。

 まるで魔女の処刑法の様だ。最も、磔に使っているのは女神像で、十字架などではないが。

 皮肉だろうか。魔女を断罪する立場である王が、魔女の処刑法で殺される。

 端切れが纏められた場所。そこに松明を放ろうとして、手が止まる。

 ああ、何故だろう。手が微かに震えている。まだなのか・・・?まだ、怖いとでも言うのか?

 怖い———それは感情。ならばもう結論は出ている。感情は要らない。そう、決めたのだから。

 ちらりと女神像を見やり、松明を放った。

「行きましょう、アリヤ様」

 ぼう、と炎が広がるのを見つめる。

「アリヤ様?」

「っ、何でもない」

 はっとして彼の元へ駆け寄る。

 危ない、怪しまれてはいなかっただろうか。

 背後では、端切れに付いた火がシーツに移っていた。




 燃え上がる聖堂を背にして彼と共にその場を後にする。胸に残る違和感に気付きつつもそれを無視して。














 神の声を聴くとされる王が

 起きている状態で火に焼かれるというのは、少々酷な仕打ちだろうか。ああ、でも、運が良ければ気絶している間に死ねるだろう。神に愛されし王ならば苦しまずに逝けるだろうだろう。


 それに、敬愛する女神と一体になれたのだから、幸せだろう・・・・・・?


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