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桔梗の花を捧ぐ先  作者: 黎明
1章 ストケシアで飾って

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3/12

黒百合の花瓶

 


 朝。彼に起こされ、着替える。先程とは違う、ぼろぼろの服。

 椅子に座り、使いが来るのを静かに待った。騒がしい1日の前の僅かな休息。

 しばらくして、乱暴にドアが開けられる。

「ああ、起きていたんですね魔女。陛下がお呼びです。ついて来なさい」

 かん高い女の声。

 さっさとしろよという声が五月蝿い。

 小さく溜息をして立ち上がり、女が投げつけてきたドレスに着替える。女は使用人だが、手伝う素振りを見せない。偉そうな態度。私になら何をしても許されると思っているのだろう。女は耳に障るかん高い声で彼に抱きついている。

 私が着替えたのは毒々しい紫とショッキングピンクの無駄にでかいリボンが沢山付いた悪趣味なドレス。それぞれ紫、ピンク、リボンと単体ならば似合う者はいるにはいるだろうが、合わさると色合いが最悪だ。過度な装飾で重すぎるドレスにどうやって用意したのかを問いただしたい程に高過ぎるヒールの靴。

 しかもこのドレスに対して化粧など一切していないからチグハグしていて、それが不気味さを引き立てている。

 自分でも自覚していることだが、体力が無いこの体には辛い。

 甘ったるく気持ち悪い声で彼にすり寄っている女に向けて言葉を放つ。

「終わった」

「あっそ、行くわよ。さっさとしなさい」

 大きく舌打ちをしてぶっきらぼうに返してきた。彼から離れたくないのだろう。整った顔の彼は世間では美形と評されてるようだから。


 嫌がらせで大股早歩きをする女にこちらも早歩きでついて行く。

 私に向かって大股も早歩きもするなと言ってきた癖に自分はするのか。同じことをしたら嫌みでも言うつもりなんだろう。そう、例えば、魔女、早歩きなんてはしたない。とか。

「魔女、早歩きなんてはしたない・・・」

 案の定、言ってきた。しかも言葉までぴったり。予知能力の才能でもあるのだろうか。あれば聖女になれたのだろうか。いや、未知の力だから魔女のまま、か。そもそも、女の言葉は言われ過ぎて覚えてしまったのだろう。

 というか、彼も居るのにいいのだろうか。

 女はようやく気が付いたのか、慌てている。

 だが、彼は無反応でどうでもいいと言わんばかりに進んでいく。

 足を掛け、転ばせようとしてくる女を避けつつ玉座の間へと向かう。

 中で久しぶりに見た王は少し青褪めていた。化粧で隠しているが、死人の様な白い肌。濁った瞳で怯えたようにこちらを窺い、手は血が出そうな程強く握りしめている。その姿に落胆してしまう。

 怖いのか。同じ血が流れたお前の子だと言うのに。

 王の話はつまらないものだった。変わりはないか。将軍が死んだ。なにか知らないか。昨日はなにをしていたか。

 一応聞いている。と言ってはいるが、私のせいだと思い込み、決めつけているのだろう。

 問題ない。そうか。知らない。特に何もしていない。

 無視するのも後が面倒なので、返答はする。こんな事に何の意味があるのか。犯人が馬鹿正直に殺したと言う訳ないだろうに。

 この後も、関係の無い世間話。そして意味の無い問いに答え続ける。

 一時間程経っただろうか。側に控えていた宰相が王の言葉を遮り、こちらを睨みつけてくる。

 宰相が王になにかを耳打ちし、私を追い出した。

 宰相の頭の出来は将軍よりもマシらしい。面と向かって魔女と呼び、罪人扱いはしてこないようだ。

 扉の前で待機していた彼を伴い部屋に戻る。女が腕に巻き付いていたが、汚いし引きはがしておいた。

 女の罵声を聞きつつ、立ち去った。どうやら取り繕う事は頭から抜け落ちているらしい。


 部屋へ戻ると、一度椅子に座る。一息ついている間に、彼が着替えを取って来る。ベッドに置かれたのは昨夜着ていた、黒の服。そして、その上から着る為の服。下の服を隠すための物だから少し大きい。

 着替えようとドレスを脱ぐ。重い装飾品を外し、服を着る。着替えを終え、振り返ると、後ろを向き、扉を見つめ続けていた。

 裸体を見られたところで気にしないというのに。この男は変なところを気にする。別にこんな痩せこけた体を態々見せようとは思わないが、態々隠そうとも思わない。

 彼に終わった事を告げた。彼はドレスを回収し、もう一つの部屋へと運んで行く。それを横目で見つつ、

 夜までの時間潰しにはなるだろうといつの間にか置かれていた本を開いた。



 夜。彼が、眠った事を告げに来た。

 上の服を脱ぎ、ベッドに放る。とっくに読み終えていた本を手に取る。

 鈍器になりえる程分厚い本。表表紙には、向かい合った男女が微笑んでいる絵。


 次は——思慮深き宰相






 キィ

 ゆっくりと扉を開ける。小さく音が出たが、睡眠薬を盛っているしこの程度なら問題無いだろう。

 睡眠薬の効果は昨日の将軍で確認済み。睡眠薬の量は調節した。

 宰相は将軍程大柄な筋肉質ではない為、将軍の体質を加味しても効果が強過ぎるだろうという判断だ。

 とはいえ、多少の揺れで起きる事の無い様に適量よりも少し多めの量ではあるが。

 宰相はベッドの上では毛布を抱きしめ、だらしなく口を開けて眠っている。


 宰相は貴族らしい貴族だ。面と向かっての罵倒や暴力はしないが、皮肉や噂話、社交界や人間関係に強い。

 私へ行われた嫌がらせの数々は宰相の指示だろう。皆、魔女を恐れ直接手を出してはこない。上に言われた。誰かの指示だった。そうやって言い逃れることができるとなれば、安心して手を出して来る。自分は言われただけだから。命令されて仕方なく。

 そうやって言い訳を作り、魔女への恐怖をぶつける。

 それにしても、ハイヒールに切れ込みを入れるなんて、馬鹿みたいだ。私はそんなものに引っ掛かるような馬鹿に見えていたのだろうか。こけたら笑うつもりだったのかもしれないが、引っ掛かるような間抜けが魔女と呼ばれる訳がないだろうに。

 私の前では愛想良く振る舞っているが、その裏では過激な部類の魔女差別主義者である。事あるごとに処刑しようとしてくる。

 彼からの報告では将軍の死を知り喜んでいたそうだ。まあ、そうだろう。忌まわしい魔女を早く処刑してしまいたい宰相と生かしておいて長く甚振り(いたぶり)たい将軍。相反する思いの二人は互いを疎ましく思っていたのだから。嫌いな相手が消えて喜ぶのは当然とも言える。

 それを玉座の間ではうまく隠していたのだから尊敬するよ。上辺だけだが。


 ・・・・・・見ているだけで虫唾が走る。早く殺してしまおう。

 宰相を棚に縛り付け、腕をそれぞれ椅子の上に乗せて固定。昨日と同じ手順で猿轡を。

 軽く肩を揺らしてみるが、反応は無い。このまま起きるまで揺すってもいいが、それだといつ起きるかわからないし面倒だ。何より、長時間この男に触れていたくない。触りたくはないが、早く起こしてしまった方がいいだろう。

 片手を上げ、宰相の頬を勢いよく叩く。

 バチン、と思ったよりも大きな音が部屋に響き、宰相が目を覚ます。

「おはようございます」

 こちらの姿を捉えた宰相は驚いた様に目を丸くして何かを喋ろうとするが、猿轡もあり、聞こえるのは声とも言えぬ唸りのようなもの。

 意識があるのを確認し、彼に持たせていた鞄から横長の箱を取り出す。箱の中には無数の針が入っている。

 勿論、ただの針ではない。表面に毒が塗られた毒針だ。

 手袋越しとはいえ。触るのは少し緊張する。針を一本抜き取り、首に刺した。

 小さな呻き声が聞こえる。

 首に刺した針を抜く事無く新しい針を体に刺していく。

 この針の毒は微弱な物。一本程度では頭痛や吐気など、少し気分が悪くなるだけ。この程度の毒では殺すことなどできない。

 少量で足りないのならば、殺せるだけの量を摂取させればいい。

「ゆっくりじっくり、苦しんで下さいね。宰相閣下」

 即死なんてさせない、じわじわと苦しめばいい。

 腹や首、足など仰向けにした時に上を向く箇所に刺していく。首に刺すのは最初の一本のみにして、太い血管はできるだけ避けて刺す。

 淡々と刺し続けていくと、宰相の顔色がだんだんと悪くなり、脂汗が顔を伝っていく。ふー、ふー、と

 呼吸も荒くなってきているようだ。もういいか、と思い、箱の蓋に張り付けていた少し太い針を心臓に刺した。

 この針は先程まで刺していた針とは別の毒を塗ってある。これは先程の針よりも強い毒であり、効果も期待できるだろう。

 するりと、片腕を縛る縄が緩み解けた。

 少し見つめていると、宰相がこちらに震えた手を伸ばしてきて、届く前に落ちた。

 毒が効いたんだろう。想定よりも早く効果が出た事に少し驚きつつ心臓の拍動の停止を確認して、猿轡を解き、残りの拘束を外す。

 宰相の体をベッドに運び仰向けに寝かせてハサミで服と髪の一部を切り、残りの針を体中に刺していく。

 将軍の時は断念したが、宰相程度の重さならなんとか動かすことができる。

 全ての針を刺し終え、鞄から布にくるまれた花を出してベッドの上に花弁をちぎって散らす。黒い花弁が散らされたベッド。鞄から取り出した花瓶に最後の一輪を挿し、ベッドサイドテーブルに移動させる。

 痕跡が無いか確認して部屋を後にした。




 部屋に戻り、彼が鞄を片付けている間に服を着替える。今日は殺害方法もあり特に血は付いていないが、明日、着替える前に使用人が来ないとも限らない為、着替えておいた方が安全だ。不安要素は潰しておくに限る。服をたたむと、彼が横から回収して片付ける。いつの間にか戻ってきていたらしい。ベッドに腰掛け、纏めていた髪をほぐす。手櫛に掛けるとパリパリ、と音を立てる。全体、特に毛先が傷んだ髪と先程見た宰相の艶やかな髪との差に自嘲するように笑ってしまう。くるくると指先で髪を弄んでいると、彼が戻って来た。

 ベッドに横になり、彼を呼ぶ。

「・・・失礼します」

「ああ、おやすみ」

 いつものように躊躇しながら入ってくる姿に苦笑交じりに言葉を掛け目を閉じる。

「、はい。・・・・・・おやすみなさい」

 おやすみなさい、と小さな声で囁ように返された。いつも「はい」としか言わないというのに珍しいなと思いつつ、追及する必要もないだろうとそのまま眠りについた。

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