トリカブトの証
人が嫌い。
ずる賢いから。馬鹿だから。愚かだから。嘘つきだから。強欲だから。我儘だから。
人が嫌い、と言うよりも貴族が嫌いだ。
貴族以外、つまりは平民。平民は嫌いではない。好きではないだけ。貴族だろうと平民だろうと嘘を付く。嘘を付くだけなら別にいい。身を守る術の一つだから。平民は良くて、貴族は駄目な理由。それは権力だ。貴族は偉い。そう決まっている。人々を国として纏める王。秩序を保ち王を、国を支える貴族。貴族に従い、労働をする平民。そう在るべきなのに、この国はどうだろう。
貴族達の顔を伺い、言いなりになり自らの保身ばかりを考えるお飾りの王。
王を傀儡として、己の欲を満たすために王を操り、民を虐げ女や男、挙げ句子供に暴力を振るい犯す。腐った貴族。
貴族に取り入るしか能のない準貴族。
平民に権力はなく逆らうこともない。逆らったら殺されるから。
貴族は皆、笑って誤魔化す。平気な顔して、嘘なんて付いてませんよと言って嘘を付く。己の潔白を訴えても、腹の中は真っ黒だ。
貴族の女達は互いに皮肉を言い、毒を盛りあい、男達は決闘だといって真剣で斬り合う。どちらも甘い蜜を吸おうと裏で脅し合い殺し合う。
そんな奴らに人として生きる価値はない。
あれらのせいで死ぬ者がいる。あれらのせいで悲しむ者がいる。怒る者がいる。絶望する者がいる。
ならば、殺してしまおう
魔女。
それは、忌むべき異端者。魔法と呼ばれる怪しげな術を使い恐れられている者。黒き髪と瞳をもつ闇に生きる者。ある時は傾国の美女も、黒髪黒目でなくとも魔女と呼ばれ、処刑したそうだ。
魔女の定義は様々で、美しいから魔女。醜いから魔女。歯向かってくるから魔女、年を取っているから魔女。時には、物語の主人公のように正義を掲げ、希望を信じた者も魔女とされた。
貴族達は私を魔女だと言う。
魔女と呼び罵り、殴り、陰口を言う。いや、目の前で言うのだから陰口ではないのか。
魔女と呼ばれる私。そんな私が唯一持っている者。魔女と呼ばれる私に忠誠を誓い、仕える存在。彼もまた、異端者なのだろう。
声がする。
アリア様
アリア様
繰り返し呼ばれる名に反応し、「なに」と言葉を返す。
私の名を呼ぶのは彼しかいない。魔女と呼ばれる、私の名を。
閉じていた目を開け、周囲を確認する。薄汚れた無駄に広い部屋。そこには硬くみずぼらしいベッド、古くぼろぼろのテーブルと椅子が一つ。それ以外の家具は存在しない。昔は在ったのかもしれないが、今はない。いつもとなんら変わりない私の部屋。視線を前に向けると私に向けて跪いた青年が一人。今の私と同じく黒髪黒目の者。視線で促すと口を開いた。
「眠りました」
短く、無駄のない報告。事実を静かに述べる姿は好ましい。
「そう」
返事をし、テーブルの上の短剣を掴む。柄に繊細な模様の入った実用には向かない物。たが、それでいい。これでなくては意味が無い。
用意は整った。後は、舞台に立つだけだ。
静かに部屋を後にする。私と同じく異端者である彼を伴って。
最初は──英雄の騎士
コツ
暗い部屋に足音が響く。
音が出てしまい少し警戒したが、反応は無い。部屋には変わらず男のいびきが響いている。
音を立たせずに降りていた彼はバルコニーを背後に控えている。
横目で確認してベッドで眠る男に近づく。
大きないびきをかいて眠る男は幸せそうな寝顔だ。呑気な顔。これから死ぬとも知らずに。
目を閉じると、この男の行動が思い出される。
この男はこの国の騎士。騎士団長の地位に就いている。いや、これからは騎士団長″だった″となるのか。
よく言えば単純。悪く言えば馬鹿。熱血漢な男だった。自分が正しいと信じて疑わずに自分の理想を押し付けてくるような奴。否定されると物に当たって脅すようなこともしていた。力が強いため、誰も逆らわない。私のことを剣で斬りつけてきたこともあった。
目を開けて騎士団長の顔を見ると、今すぐにでも殺してやりたい衝動に駆られる。
だが、まだだ。死にそうで死なない状態で苦しめてから殺す。
そのためには、騎士団長を起こすための準備をしなくては。
彼が差し出してくれた布を受け取り騎士団長に近づく。布を口に詰めて猿轡をかませる。騎士団長は小さく身じろぎをしてまた眠る。これで叫ばれる事はない。
彼に椅子を持ってきてもらい、騎士団長を座らせて追加の布で椅子ごとベッドに固定する。きつく、きつく。念入りに。腕を後ろで縛って騎士団長を起こす。
固定の時もかなり揺れたが、起きる様子はない。
「睡眠薬が多かったんでしょうか」
「そうかもしれない」
薬が効きやすい体質なのだろうか。
起こすときは手荒な事をする気はなかったんだが、起きないならばしょうがない。
短剣の柄の部分で騎士団長の頭を殴った。
鈍い音がして、騎士団長が目を覚ます。
「!」
流石に起きたか。
自身の状況に困惑している騎士団長に私は感情の抜け落ちた声で告げた。
「おはようございます。悪夢をお楽しみください」
楽しませる気は全く無いが、退屈はしないだろう。そんなこと、考える暇も無いのだから。
ここから死ぬまでの時間は苦しむことしかしない。自分は誰よりも強いと、最強だと、無敵だと周囲に自慢していたこいつにはこれから味わうことは屈辱でしかないだろう。
何か喋っているが、くぐもった声で何を言っているかはわからない。
さあ、悪夢の始まりだ
腕に短剣を突き刺して捻る。
男が声のような奇声を上げて暴れるが、縛られているので動けない。気にせず反対の腕にも同じように傷をつける。捻ると傷口がぐちゃぐちゃになり、今、見つかっても縫い合わせる等の治療はできなくなる。放っておけば、いずれ死ぬ。だが、それでは終わらせない。
「痛いですか?でも、これじゃ足りない。・・・・・・私達はもっと痛かった。味わってください。自分がしてきたことを」
興奮しているのだろうか、いつもより饒舌になる。こんな事、言ってもなにも変わらない。こいつは死ぬ。ただ、それだけだ。
ぽたり ぽたり
傷口から大量の血が流れ落ちる。
次は足。血だらけの短剣を足の甲に刺して抜く。赤黒い血が床に広がった。
少しの間、放置してから心臓をえぐった。
ぐしゃり
最初に比べて勢いが弱まった奇声が聞こえて、動かなくなった。
死んだだろうか。まだ死んでなかったとしてもいずれ死ぬだろう。
こんなものか。と、漠然と思った。人の死は、案外あっけないらしい。殺して気分が晴れた訳でも、嬉しいと喜べる訳でも無い。
短剣を頭に刺して鞘をベッドに置き、彼を伴い部屋を後にする。
自分が暮らす、薄汚れた部屋に戻ってベッドの上に寝転がる。
「アリア様、着替えを」
着替え。ああ、いつの間にか服に血が付いていた。
「わかった」
起き上がり彼に近づく。渡された服を受け取り着替える。汚れた服を彼に渡し、ベッドに戻ろうとすると呼び止められる。
「失礼します」
彼の手が私の顔に触れ、布で顔を拭われる。
顔にも血が付いていたようだ。
「ありがとう」
礼を言いベッドで横になる。
寝ようとしてもなかなか眠れない。明日は迎えが来る。早く起きなくてはならない。早く寝なくては。
心臓の鼓動が早い。明日が楽しみだ。そう、思えるならばまだ、私に感情は残っているようだ。
「失礼します」
戻ってきた彼がベッドに入ってくる。狭いベッドに二人、狭いが彼を床で寝させる気はない。距離が近くなるが嫌悪感はない。
「おやすみ」
「はい」
暗い暗い部屋の中、意識が沈んで行くのを感じていた。




