〝管理人〟
【弾頭】は岩の表面に開いた格納庫に向け、静かに進入していく。内部はたっぷり容量があり、宇宙巡洋艦であっても、楽々と収容できた。
【弾頭】が完全に格納庫に着地すると、開いた部分が元に戻っていき、天井が閉まった。
パックたちに呼びかけた声がスピーカーから、また聞こえてくる。
「そのまま、外へ出てきてよろしい。格納庫の中には呼吸可能な空気が満たされている。ただし、重力制御はしていないので、弱い重力に注意するように」
パックは首を竦めた。
「出てきてよろしい……だなんて言っているけど、要するに出て来いと命令しているんじゃないのか?」
ミリィは笑って首を振る。
「いいじゃないの。これでお祖父ちゃんの言う、地球の秘密が判るなら」
「まあね」とパックは同意する。どっちみち、好奇心は風船のように膨れ上がり、今にも爆発しそうになっている。
パックを先頭に、ミリィ、ヘロヘロの順で外へ出て行く。声が説明したとおりに、引力は弱い。普通に歩こうとすると、ふわふわ身体が浮いてしまう。とん、とんと爪先で地面を後方に蹴るような歩き方が効率的だと悟る。
「出てきても良さそうだぜ!」
パックが【弾頭】のハッチから、怖々周りを見回している原型の仲間に向かって叫ぶ。原型たちは用心深く、ぞろぞろと外へ出てきた。
「ようこそ、皆さん。こんなに多くの原型の人々を連れてきてくれ、嬉しい限りです」
不意に声が聞こえ、パックたちは、ぎょっと声の方向を見やる。
異様な人物──いや人なのか?──が立っていた。外見は人のように見える。というより、人間のカリカルチャアと形容したほうが正確であろう。
つるりとして、目も鼻も口もない頭部に、これまた、つるりとした胴体、手足。全体は透明で、ガラスの彫刻のように見える。
「今、声を出したのは、まさか?」
彫刻は頭を傾け、頷いた。
「そう、わたくしです。わたくしは、ずーっと長い間、地球を訪れる原型の人間を、お待ち申しておりました」
彫刻の透明な身体が、声を発するにつれ、様々な色に染められた。さあーっ、と頭部から足下まで、スペクトルの全色に渡って染め上げられる。
声を発し終わると、再び透明な状態に戻る。
ことり、ことりと足音を立て、ガラスの彫刻は近づいてくる。その動きは滑らかで、ガラスというより、人の形をした液体のようだ。
ミリィが一歩、前へ進み出た。
「あなたは、誰なの?」
ガラスの彫刻の腕が上がり、自分を指し示す動作をする。
「わたくしは〝管理人〟です。地球の管理人と言ったほうが正確でしょう。この百年近く、わたくしは、地球を守ってきました。あなたがた、原型の人々にお渡しするため」
ミリィは、さらに質問を重ねる。
「それでフリント教授との関係は?」
「わたくしは……いえ、我々はフリント教授によって製作されました」
「我々……?」とミリィは目を丸くする。
いつの間にか、パックたちの周りを同じようなガラスの管理人が取り巻いている。その数は数十人を数えられた。
「それじゃ、あなたは……あなたがたは、ロボットなの?」
管理人はほんの少し、逡巡する素振りを見せた。
「はい。フリント教授によって製作され、その命令を受けているという意味において、ロボットと言っていいでしょう。わたくしは最初の被創造物です。わたくしは、フリント教授に製作された後、この月に留まり、仲間を増やしていきました」
管理人は姿を表したガラスの彫刻たちに向け、腕をぐるりと回して示す。ガラスの彫刻たちは一斉に頷き返し、声を上げた。
「我々は、フリント教授の命令を守っております!」
「原型の人々に地球をお渡しするために」
「地球の存在を隠して……」
パックがぐい、とミリィの隣に並び叫んだ。
「そうだ! 地球だ! 地球は、どこへ行っちまったんだ?」
管理人はパックのほうに向き直った。目も鼻もないのっぺらぼうであるが、パックはなぜか、じっと見つめられる視線を感じていた。
管理人の答えはパックを、いや、その場にいた全員を仰天させた。
「地球が存在するのは、超空間です!」