格納庫
そろり、と物陰から顔を出し、パックとミリィは広々とした格納庫を見渡した。
誰もいない。
いつもなら、格納庫には数え切れないほどの要員や、来客、離着陸する宇宙艇など、ひと時も休まない喧騒が渦を巻いているはずだが、今は森閑として静まりかえっている。
ただ、天井から投げかけられている照明だけが、寒々とした光を灯していた。その格納庫の床に、一隻の宇宙船が停泊している。
楔形の、見るからに高性能な巡洋艦である。巨大なジェネレーターが船体のほぼ、半分を占め、無反動スラスターの砲列が、この宇宙船の性能を現している。
パックは背後から覗き込んでいるアルニに向け、巡洋艦を指差して声を掛けた。
「あれがそうか?」
アルニは無言で頷く。顔色は蒼白で、極度の緊張に目の瞳孔が黒々と開いているのが判る。
パックは思い切って首を突き出した。
「誰もいない。空っぽだ……」
呟く。ミリィがパックに囁いた。
「信じられないわ。お誂え向き過ぎる!」
言外に「罠ではないか?」という含みがある。パックも同感で、頷いた。
「どうする?」
パックは背後に付き従っている宙森の原型の人々を振り返った。
皆、襤褸を纏い、今にも宙森の【大校母】の手先が現れるものと、覚悟を決めた恐怖の表情を浮かべていた。
その中に指導者サークの身体を納めた透明なタンクを守る一団があった。
大柄な巨人といっていい体格のバングと、いつも陰気な表情を浮かべているルーサンが、タンクを運ぶための斥力プレート筏を守っている。タンクには生命維持装置が繋がれ、一瞬も休まず、内部のサークの命を見守っていた。
ごくり、とバングが唾を飲み込む。その顔には、ふつふつと脂汗が浮かんでいた。
「ここまで来たんだ! こうなったら、迷っている暇は一切ねえ……。行こうぜ!」
パックは大きく頷いた。隣のアルニに顔を向け叫んだ。
「行くぞ!」
ぱっと飛び出した。慌ててアルニが従う。
ちょこちょことした小走りで、できる限り足音を忍ばせている。まるで盗人のようだ……とパックは思ったが、今からすることは、その盗人そのものだと、妙な箇所で皮肉な可笑しみが湧いてきた。
なにしろ、宇宙船泥棒なのだ。
先頭を走るパックとアルニの背後に、ミリィ、ヘロヘロ、それに宙森の原型の全員、およそ百名が、ぞろぞろと列を作った。
巡洋艦【弾頭】のハッチに、アルニが辿り着き、素早くハッチを開くスイッチに手を掛ける。
音もなく【弾頭】のハッチは開いた。
「開いたわ!」
アルニは喜びの声を上げ、真っ先に艦内に飛び込んだ。バングとルーサンがサークの斥力プレート筏を運び込む。その後に宙森の原型の人々が続いた。パックとミリィはハッチの側で油断なく、あたりを見張っていた。
ヘロヘロは艦内に入ろうかどうしようか、迷っている様子だ。ちらちらとミリィを見上げ、片足をハッチに掛けている。
ようやく半分ほどが乗り込んだ時、格納庫に大声が響き渡った。
「やっぱり、こんなことじゃないかと思っていたぜ! お前ら、その宇宙船を、どうするつもりだ?」