キューブ
パックは【呑竜】のエア・ロックから格納甲板に飛び出し、喚いた。
「なんでだよ! 何で、燃料を抜き取るんだ?」
四本腕のゴロス人甲板員たちは、なぜか【呑竜】への燃料供給の作業を中止し、それどころか、せっかく補給した燃料を逆に抜き取る作業を始めたのである。
主任らしきゴロス人が、四本腕の肩を同時に竦めて見せた。
「なぜって……代金を払ってもらえないことが判ったからだよ。金を払えなきゃ、燃料は渡せないな」
「えっ?」とパックは絶句した。
背後からミリィとヘロヘロがエア・ロックから姿を見せた。
パックはミリィに駆け寄った。
「料金未納だって言いやがる! どういうことだい?」
ミリィは首を振った。ミリィにも判らないらしい。
不審顔になって、ゴロス人たちに近寄り声を掛けた。
「どういうこと? どうして料金が払えないの?」
「さあなあ……」と主任は首を振る。
と、そこへ近寄ってくるボーラン人を見つけ、声を掛けた。
「甲板長! この娘の船の燃料代金のこってすが……」
ボーラン人の甲板長は頷き、早足で近づいた。両足の膝は人間と逆についていて、足先を蹴り出すような独特の動きを見せる。キチン質の爪先が床に当たってカチャカチャと音を立てた。
「君がこの船の責任者かね?」
ミリィに顔を向け、話し出す。
「そうです」
「ふむ、君の船の〝キューブ〟の情報は、当方にとって禁じられた情報が含まれているのが判ったので、受領拒否された。よって情報料金は支払えず、燃料代金未納という扱いになる。悪く思わんでくれ」
「受領拒否ですってえ!」
ミリィは顔を真っ赤にさせ、叫んだ。
あまりの大声に、ボーラン人の甲板長はびくりと身を震わせた。神経質そうにぴくぴくと、額の触覚をひくつかせる。
「大声を出さんでくれないか」
「説明して! なぜ、あたしの〝キューブ〟の情報が受け取れないの?」
ミリィは必死に怒りを抑えているようだが、両手はありもしない光線銃を探しているように腰の辺りをまさぐっている。
「〝いにしへ言葉〟が含まれていたのだよ。つまり、古語だな。君の〝キューブ〟には、そういった現在では使われることを禁じられている〝いにしへ言葉〟があった。よって情報は受領拒否された、という訳だ」
総ての恒星間宇宙船には〝キューブ〟と呼ばれている透明な立方体が装備されている。
この立方体は記憶装置で、ほぼ無限といっていい情報を保存できる。宇宙船が立ち寄る宇宙港には〝キューブ〟の情報を受け取る受信装置が装備されていて、宇宙船が到着すると〝キューブ〟の中に含まれている情報を受信し、その内容に対し情報料金が支払われる仕組みだ。
出発のとき、宇宙船には宇宙港から最新の情報が書き込まれ、次に立ち寄る宇宙港まで運ばれる。こういうシステムによって、銀河系のありとあらゆる星系に様々な情報が伝えられていくのだ。
なぜ、このような仕組みが作られたかというと、光の速度を超える超空間ジャンプも、通信は光の速度を超えることができないからである。情報は恒星間宇宙船をもって運ぶのが、最も早いのだ。宇宙船が銀河系を飛び回る限り、あらゆる情報はゆっくりとだが、確実に全銀河系に浸透していく。
情報の受領拒否など、本来は絶対ありえないことだ。あらゆる情報は公平に受信されなければならない! これが宇宙船を迎える総ての宇宙港施設の不問律でもある。
「詳しく説明なさい! 〝いにしへ言葉〟とは何なの」
ミリィは憤然となってボーラン人に詰め寄る。
ボーラン人は躊躇っているように、全身を細かく震わせている。ミリィのように、猛然と噛み付く相手には、うまく対処できない性格なのだ。
「判った、説明しよう。しかし、ここでは拙い。【大校母】様に会わせる!」
パックとミリィは顔を見合わせた。またしても、判らない言葉が出てきた。
「【大校母】? 何、それ」
ボーラン人は何かを仰ぎ見るように天を仰ぎ、両手を持ち上げた。
「われらの母上! この宙森の総てを統括なさる、偉大なる母だ!」
パックはその場にいたゴロス人を見た。ゴロス人はボーラン人が口にした【大校母】という言葉に、敏感に反応している。
さっとゴロス人の顔色が変わり、恐怖に似た感情があらわになる。
いったい、どんな相手なんだ?