消火液
夕日が逆光になって、一人の人物がシルエットとなって立ちはだかっている。
「教授は……死んだのか?」
太く、轟くような声。ミリィは大きく目を見開いた。
「あなたは……シルバー!」
ゆらり、と人影が動き、足が一歩を無遠慮に踏み出し、室内に入ってくる。
銀色の顔、軍の制服を身につけ、胸には数々の勲章や階級章が光っている。
シルバーであった。
まるで、その沈鬱な場の様子を気にすることもなく、シルバーは無神経に歩いてくると、横たわる教授の顔を覗きこんだ。
「どうやら、死んでいるらしいな。気の毒なことだ」
だが、まるっきり哀悼の口調ではない。どちらかというと、面白がっているような調子だ。
ミリィは徐々に怒りが高まってくるのを感じていた。
「何しに来たの? あんたが引き起こした戦争で、お祖父ちゃんは死んだわ!」
「おれが? 戦争を?」
シルバーは肩を竦めた。
「おれが引き起こした訳ではないよ。ただ、あちこちの政治家を、ちょいと突っついてやっただけの話だ。戦争を決定したのは、奴らだ! おれは軍の代表として、その命令に従っただけさ」
まるで悪びれることもなく、しゃあしゃあと言ってのける。
シルバーの視線がミリィの手にあるメモリー・クリスタルに止まった。
「そいつは……教授のメモリー・クリスタルだな!」
ミリィは、はっとなってメモリー・クリスタルを握りしめた。
「あんたに何の関係があるの!」
シルバーは手を伸ばしてきた。その手を躱し、ミリィは立ち上がって部屋の隅へと逃げた。
「よこせ! そいつがおれの思っているものなら、それを使うのは、おれの権利でもある!」
「あんたの権利? あんたに何の権利があるって言うのよ!」
シルバーは、ぐいっと身につけている制服の胸をはだけた。銀色のボディが剥き出しになる。
「おれをこんな身体にしたのは、フリント教授だ! 教授の研究には、おれを本物の人間にしてくれる秘密が記されているはずだ!」
ミリィはあっけにとられた。
「本物の人間? 何を言っているの! あんたは、お祖父ちゃんにその身体にしてもらって、あれほど喜んでいたじゃないの!」
シルバーは吠えた。
「違う! おれの今の身体は、教授の研究していた超〝種族〟のためだ! あれから、おれは人間たちと暮らし、本物の血と肉とできている人間たちがおれには手が届かない感覚を持っていることに気付いた。おれは……おれは……人間になりたい……!」
ぎらぎらとした目で、シルバーはミリィに詰め寄った。
「フリント教授は話していた。原型こそが、この銀河系で重要な役割を果たすと……。ミリィ、おれは原型の人間になりたい! 教授の研究に、その答えがあるんだ。おれなら教授の研究を役立たせることができる! この銀河系で〝種族〟に馬鹿にされ、蔑みの対象となっている原型たちに、力を貸してやれるんだ! さあ、お前の手にあるメモリーを、こっちへよこせ!」
そろそろとシルバーの背後からヘロヘロが近づいてきている。
ヘロヘロは太い電源コードを手にしていた。その先端は千切れ、内部の電線が剥き出しになっている。コードの先には、教授が研究のため利用している装置のための変圧器に繋がっている。
はっ、とシルバーは気配を察知して振り返った。
ヘロヘロは一気に飛び上がり、コードを振り回す。シルバーが片手を上げ、剥き出しの腕に、ヘロヘロの振り翳したコードの先端が触れた!
「ぐわあああああっ!」
シルバーの獣のような咆哮が室内に響き渡る。大電圧に身体を貫かれ、がくがくがくと壊れた人形のように、全身が痙攣した!
びしっ! とコードの先の変圧器がサージ電流に耐え切れず、白煙を吹き出して燃え上がる。
即座に家の中に備え付けられた消火装置が働き、猛然と幾つもの噴出口から真っ白な泡が迸った。たちまちシルバーは白い泡に全身が包まれていく。
ヘロヘロがミリィに駆け寄った。
「ミリィ! 逃げようっ!」
ミリィは我に帰った。
さっと、ヘロヘロと一緒に家の中から外へ飛び出す!
納屋に駆け込み、中からスクーターを引き出すと、全速力で走り出した。
目指すは【呑竜】が停泊している宇宙港である。
ちらりと振り返ると、シルバーが家から飛び出し、何か喚いていた。
全身から消火液の白い泡が垂れていた。