サイレン
船倉は狭苦しく、ごたごたと様々な荷物が積み重なって、薄暗い。パックは照明のスイッチを手探りして入れた。
ぱっと照明が灯り、目の前に現れた物を見てパックはぎくりと立ち竦んだ。
「こりゃ……何だ?」
一人の少女が立っていた。いや、改めて眺めれば、少女の立像である。
真っ赤な髪の毛、肌は抜けるように白く、顔には細かな雀斑が散っている。見開いた両目の瞳は鮮やかなグリーン。細い、尖り気味の顎と、低い鼻の女の子で、美人ではないが印象的な表情をしている。
立像は、まるで何かを言いかける途中のような口を微かに開けたままのポーズで立っていた。
最初は生きているのかと思ったが、女の子の立像のあちこちに埃が薄っすらと積もり、ぴくりとも動かないので、どうやら立像であると判断したのである。
それにしても、まるで生きているかのような迫真力である。
恐る恐るパックは手を伸ばした。上げている右手の指に触れた。
固い。まるで大理石を触っているかのようだ。
やっぱり立像……いや! 違うぞ!
パックは、あることを思い出した。
これは停滞状態の、本物の人間なのではないか?
停滞状態とは、時間が止まった状態を指す。
超光速の研究で副次的に生まれた発見で、停滞フィールドというのが発明された。
この停滞フィールドに包まれた物は時間が止まる。その一瞬が凍りつき、永遠にそのままで保存される。
洛陽シティの王立博物館では、古代の文物で時の経過に耐えられない展示物を、この停滞フィールドを利用して展示している。
この女の子も、多分そうなのだ。何か事情があって、停滞フィールドに避難したのではないだろうか?
気配に振り向くと、ヘロヘロが上目遣いに立っている。パックと目が合うと、ついと視線を逸らす。
「ヘロヘロ、これ、知っているのか?」
「知らない……」
ヘロヘロは横を向いている。しかしその表情は明らかに「嘘をついています」と大声で叫んでいるかのようだ。
大抵の場合、ロボットは嘘が苦手である。本質的に人間の命令に忠実に従う本能を植え込まれているので、嘘をつくという行為は、その本能に逆らうものだからだ。
パックはヘロヘロに向き直った。
「おいっ! ヘロヘロ、こっちを向け!」
できる限りの威厳を込めて命令する。
ヘロヘロは、ぎくしゃくとした不自然な動きで、パックに向き直る。
パックが目に力を込めぐっと睨むと、ヘロヘロは金縛りになったかのように凍りついた。
一語一語、パックは区切るように命令を下した。
「いいか、良く聞けよ。これは命令だ! め、い、れ、い、だ! この女の子はいったい何者だ? 教えるんだ。繰り返す、これは命令だ!」
大声を張り上げると、ヘロヘロは細かく震えだした。今にも部品が吹っ飛んで自然分解しそうだ。
こいつは相当に強く命令を受けているな。なんとしても、この女の子の正体を明かさないよう命令されているんだ。
パックは戦略を変えた。
「それじゃ、この女の子の名前はなんだ?」
「ミリィ……」
か細い、雑音のような声で、ヘロヘロは答える。
ミリィか。やっと名前だけは答えた。
次に何を訊くか考えている時、操舵室からけたたましい騒音が聞こえてきた。はっ、とパックは顔を上げた。
ありゃ、警察のサイレンだ。