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ミューズ人

 浴室からビーチャが出ると、さっと数匹の妖精ブラウニーが出迎え、小麦色の肌にガウンを掛ける。化粧台に座ると、妖精は髪の毛に取り付き、手早く最新の髪型に纏め上げる。


 妖精はピグミー・マーモセットの遺伝子を改良し、愛らしい姿形を与え、有る程度の会話能力を持たされた流行のペットだ。人間には絶対服従で、生殖能力を制限しているから、繁殖行動に伴う反抗心も皆無である。


 ビーチャによる遺伝子デザインの成果である。妖精は洛陽シティのセレブたちに大歓迎を受け、デザイナーのビーチャには、膨大な権利料が入ってくる。


 ビーチャは遺伝子デザイナーなのだ。


 高級住宅街の、数百階建てのマンション屋上に、ビーチャは住まいを持っている。

 室内はすべて、ミューズ人によるデザインの家具で占められている。居間には同じくミューズ人芸術家の手による空間偏光彫刻のオブジェが、ゆっくりとした光の乱舞を見せていた。

 ミューズ人は芸術家であり、デザイナーである。絵画、音楽、演技など、ありとあらゆる芸術分野にミューズ人は活躍していた。


 逆に言うとミューズ人以外の芸術家は事実上、存在しない。ミューズ人の手によらない芸術作品、あるいはデザイン、音楽……そういった作品は〝ノー・ブランド〟であり、市場において相手にされないのだ。


 ソファに横座りになると、それまでベランダに立っていたもう一人のミューズ人の男性が室内に入ってきて、手にしたグラスを差し出した。

 それまでビーチャに群がり、なにくれと世話を焼いていた妖精たちが男性の入室でさっと四方に散り、大人しく自分たちに用意された控えの窪みに戻る。


 男性は黒檀のような黒い肌をしている。


 がっしりとした逞しい身体つき、顔は男性の理想形といっていいほどハンサム。この男性もまた、ミューズ人である。

 礼を言ってビーチャはグラスを受け取り、唇に近づけた。火照った頬に冷たいグラスが心地よい。

 ミューズ人の男性は口を開いた。


「結婚を申し込まれたんだって?」

 男性の口許には面白がっているような笑みが浮かんでいる。

 ビーチャは首を小さく振った。

「その話は、よしにして、アラン……」

 アランと呼ばれたミューズ人男性の眉が持ち上がった。

「なぜだい? 原型の……確かパックという男の子だったな。それが、ミューズ人の女性に結婚を申し込むなんて、そうあることじゃない。興味津々なんだ、僕は。なんでもパック君とやらは、君に宇宙船を手に入れると大見得を切ったそうだね」

「あたしは断ったわ。それでいいでしょう。もう、この話は止めにしましょう」

 ビーチャの声には憂鬱そうな響きが込められている。アランはちょっと肩を竦めて再びベランダに出た。


 夜が迫って、濃いプルシャン・ブルーに染まった夜空には星が輝き出している。


「宇宙船か! 原型の人間が宇宙船を所有するなんて、考えられんよ!」

 空を見上げるアランは眉を寄せた。

「ありゃ、なんだ……!」

 アランの声にビーチャは顔を上げた。


 きい──ん……


 甲高い音が近づいてくる。ビーチャの住まいに一隻の宇宙船が接近してくる。


 驚いて、ビーチャはベランダに歩み寄った。アランが側に立つと、ビーチャの肩を抱いた。

 反重力場による気流の乱流がビーチャのガウンの裾を翻させる。形のいい両足が剥き出しになった。

 宇宙船はベランダに着陸し、ハッチが開くと、パックが上半身を乗り出した。


「ビーチャ! おれは約束どおり、宇宙船を手に入れたぜ!」


 宇宙船のモーターの音に負けないよう大声を張り上げたパックは、ビーチャの隣に立つアランを見て顔色を変えた。

「ビーチャ、そいつは、なんだ?」

 アランは叫び返した。

「君がパックか! お初にお目にかかる。僕はアラン! ビーチャの婚約者だ!」

 パックは仰天した。

「婚約者!」

 ビーチャはアランの顔を見上げた。

「アラン……あなた?」

 アランは笑顔でビーチャに答える。

「どうした、ビーチャ。僕では不足かい?」

 さっとビーチャは俯いた。


 その様子を見て、パックは怒りの表情を浮かべる。口許が、きりきりきりと引き結ばれた。


「そうか……よおく判った! 君の幸せを祈ってるさ!」

 言葉は祝福を送るものだが、怒号していた。ばたんと音を立てハッチを閉める。


 再び宇宙船は甲高いモーターの音を立てて宙に浮かんだ。と見るや、あっという間に飛び去った。

 見送ったアランは、ほっと溜息をつき、ビーチャに言葉を掛ける。


「やれやれ、本当に手に入れるとは、驚いた原型の男の子だな」


 ビーチャは飛び去った宇宙船を無言のまま、じっと見つめていた。

 アランはあやふやな動作でビーチャの肩を抱いた手を離した。キスをしようと顔を近づけたが、ビーチャが応じる気配がないので諦める。その動作の一つ一つが、まるで芝居でも演じているように決まっていた。

 ミューズ人は決して、どんなときでも格好の悪いことはしない。できないのだ。そう、遺伝子に書き込まれているのだから。

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