始動音
ゴロス人エンジニアが大見得を切った直後、物凄い爆発音に似た衝撃が、パブの天井を揺すった。
「な、なんだ……地震か?」
驚き慌てる客たちは次に聞こえた甲高い音に目を剥いた。
じっと耳を澄ませていたゴロス人の一人が、口を開く。
「おい、ありゃ宇宙船の始動音だぞ!」
「馬鹿ぁ言え! 洛陽宇宙港は、こっからどのくらい離れていると思ってるんだ……あっ! まさかっ!」
みな、同じ〝仮説〟を考え付いたようだった。どやどやとパブの出口に殺到し、外へ飛び出ると、空を仰ぐ。
「ひゃあっ!」と頓狂な声が上がる。
パブの近くの中古宇宙船販売店の辺りから、盛大な土埃が舞い上がっている。
がん! ごん! からん!
目の前の道路に様々なスクラップが立て続けに雹のように落下して、騒々しい騒音を立てていた。
土埃の中から、一隻の宇宙船が姿を表した。
目にも鮮やかなオレンジ色の塗装、デザインは百年も前のものだが、船尾の噴射口からは青白い光が放出され、モーターが健在であることを示している。
「ま、まさか、あの小僧、本当に山の中から船を掘り出したってことか?」
販売店の店長であるゴロス人が呻いた。
反重力で浮かぶ宇宙船の船首がまるでゴロス人を見つけたかのようにつーっ、と真ん前に回転して止まる。
ぱかり、と船外ハッチが開き、中から一人の少年が満面の笑みを浮かべて姿を表した。
ゴロス人は呟いた。
「小僧……!」
少年は両手を口に当て、叫ぶ。
「おじさん! あんたの言うとおり、スクラップの山からこいつを見つけたぜ! 確か、山の中から見つけたものは、なんでもタダで貰っていいって言ったよな? 有りがたく、頂くぜ! サンキュー!」
ばたん、とハッチが閉まり、少年は再び船内に戻る。
くるりと船尾を向けると、宇宙船はその場を飛び立ってゆく。
呆然と口を開き、見送るゴロス人の顔色が徐々に真っ赤に染まる。
「畜生!」
怒りに我を忘れ、地団太を踏んだ。
「凄い……原型の少年が、宇宙船を掘り出したんだ……」
声に振り返ると、先ほど隅で固まっていた原型の客たちが飛び去る宇宙船を憧れるような眼差しで見上げている。原型たちの顔には、晴々とした表情が浮かんでいた。
目が合うと、にやりと笑い叫ぶ。
「スカイ・パレスを逆立ちで登るところ、是非とも拝見したいもので……」
ゴロス人は「くっ」と唇を噛んだ。
悔しいことに、言い返せない。
「こいつはいったい、何年ぐらい埋まっていたんだ?」
上機嫌にパックはヘロヘロに訊ねた。ヘロヘロはちょっと考え込む。
「百年……は、優に経っているかな? 憶えていないや」
「その間、お前はずっと、あそこで原型の人間がやってくるのを待っていたって訳か?」
ヘロヘロは頷いた。パックは呆れた。いくらロボットとはいえ、一世紀も待ち続けるとは、尋常ではない。その間、こいつはここで何をしていたのやら……。
そのことを尋ねると、ヘロヘロは恥ずかしそうな表情を浮かべる。
「うーん……まあ、いろいろとね……」
ヘロヘロは言い淀んだ。
パックは肩を竦めて見せた。ロボットが何をしようと興味は無い。
とにかく、今は宇宙船のことで頭が一杯になっている。
宇宙船【呑竜】は洛陽シティ上空へと上昇していく。パックは操縦桿を傾け、水平飛行にさせる。
通信装置が金切り声を上げた。許可を受けていない宇宙船の上昇に、シティの交通局の自動監視装置が反応したのだろう。
パックは監視装置の喚き声を無視して、接続を一方的に切ってしまった。
ヘロヘロが不安そうに尋ねる。
「いいのかい? 無視して」
パックは笑って見せた。
「知らんぷりするに限るさ!」
どうせこれから宇宙へ向かうのである。洛陽シティの交通局なんか知るものか!
ヘロヘロはパックに顔を向け、口を開く。
「ねえ、どこへ行くつもりなんだ? 宇宙へ向かうんじゃないのか?」
「もちろん、そのつもりだ。でも、その前に行くところがある」
パックは【呑竜】の針路を洛陽シティの高級住宅街へと向けた。