転移
月のフリント教授の装置で、シルバーの新たな原型の身体が作られた。シルバーのゲルマニウムを基とするゲノムが、蛋白質に翻案され、急速な成長を施された原型の身体は、ぴかぴかのプラチナ重合体であるシルバーの元の身体と瓜二つであった。
再びシルバーは転移装置に横たわっている。隣には原型の身体が眠るように装置に寝かされていた。
その身体を見ながら、シルバーは見守っているミリィとパックに声を掛けた。
「それじゃ、お別れだ。今のおれは、お前たちを忘れるが、お前たちは新しいおれに出会うことになる。よろしく頼む!」
ぴかぴかと光る装置が頭に近づき、シルバーは目を閉じた。
ガラスの管理人は黙々と操作を続けている。
低い唸り声をあげ、暫く装置は二つの身体を繋ぎとめていた。
作業を見守るミリィの顔に、複雑な表情が浮かぶ。惧れ半分、期待半分といったところであろうか。見守るミリィは、両手をぎゅっと握り締めていた。
そのうち、装置の唸りは止まった。管理人は顔を上げた。
「終わったのか?」
パックの質問に管理人は頷く。
と、原型の身体の目がぱっちりと開いた。
「シルバー……」
ミリィが呟く。その声に、原型のシルバーは口を開いた。
「シルバー? それは、おれの名前か?」
がばり、と原型のシルバーは身体を起こした。しげしげと自分の両手を見つめている。
「これがおれの身体……。不思議だ……。確かに、おれのものなのに、奇妙に新しい」
ヘロヘロがおずおずと尋ねた。
「気分はどうだい?」
シルバーは顔を上げ、にやりと笑った。
「気分? おれの気分か……。そうだな、まるで生まれ変わった気分だ……。おれは……おれは……」
何か言いたそうであるが、言葉が出てこない。やがて両目が大きく見開かれた。
「そうだ! おれは今、生まれた! おれは今から生きるんだ!」
立ち上がる。全身に力が漲り、活気が充満するかのようだ。
と、その目がある一点に集中した。
「あれは、宇宙船だな?」
シルバーの言葉にパックが返事する。
「ああ、あれは【呑竜】といって……」
返事も待たず、シルバーは出し抜けに走り出した。「あっ」と追いかけるパックとミリィを尻目に、シルバーは飛ぶように【呑竜】に駆け寄り、その船内に飛び込んだ。
「これは、おれが頂く!」
エア・ロックから宣言すると、シルバーは操縦席に座った。エア・ロックが閉まって【呑竜】は浮かび上がる。
「シルバー! 何をするっ!」
パックの叫びも耳に入らず、シルバーは【呑竜】を発進させた。月の開いた格納庫から宇宙へ飛び出し、あっという間に見えなくなる。
「泥棒っ! あたしの船を返して……!」
ミリィが叫ぶが、もう遅い。管理人はモニターから顔を上げ話しかけた。
「超空間フィールドが展開しました。あの船は、行ってしまいました」
「どこへ?」
ミリィの問い掛けに、管理人は首を振った。
「判りません。どういうわけか、計器が矛盾した答えしか返さないのです」
ミリィとパックは顔を見合わせた。
「シュレーディンガー航法!」
二人同時に叫ぶ。ミリィは頭を抱える。
「やられたわ……!」
パックはミリィを見つめ、尋ねた。
「これから、どうする?」
ぐい、とミリィは顔を上げパックを見つめ返した。その目がらんらんと闘志に満ちている。
「決まってるわ! シルバーを追いかけて、あたしの船を取り返す!」
それを聞いてパックは、にやりと笑った。
「そうじゃなくちゃ! おれも手伝うぜ」
ヘロヘロが二人を見上げた。
「僕もさ!」