記憶
「お前の望みとは、何だね?」
シルバーの返事は呻き声になった。
「おれは、原型の身体を得たいのだ! おれのこの不死身の身体は、おれにとっては牢獄そのものだ! あらゆる感覚は確かに、おれのものだ。だが、生きる喜びには程遠い。この金属の身体は、肝心の生きている実感を、おれには決して与えてくれぬ」
教授は否定するように首を振った。
「原型の身体に記憶を移植することは不可能だ。成人の原型の脳細胞は、そのような操作をするには不向きで、無理矢理そのような移植をすれば、蛋白質でできている脳細胞は壊れてしまうぞ」
シルバーは教授の言葉に目を光らせた。
「成人の原型の脳、と言ったな? それでは赤ん坊の脳なら、どうだ? 赤ん坊の脳は真っ白な白紙だ。それなら、記憶移植もできるのではないか?」
教授は憤然と返答する。
「何だと? お前は、自分の欲望のために人間の赤ん坊を使うつもりか? そんなことは許されない! しかし、どうしてもお前が原型の人間に生まれ変わりたいというのなら……」
シルバーの表情に希望が浮かぶ。
「何か手があるというのか?」
「お前のゲルマニウム・ゲノムをシミュレートして、DNAを設計する。それを人工胎盤で成長させれば、炭素を主体とした原型の人体が生まれるだろう。その脳に、お前の魂を移植する。記憶ではなく、お前の個性そのものだな。シルバーとしての個人の記憶は失われるが、お前の個性は引き継がれる。それなら、お前が原型の人間に生まれ変わるという望みは叶えられる」
シルバーは喜びの声を上げた。
「そうか! それなら、希望はある。個性が引き継がれるなら、今の瓦落多な記憶など、あっさり溝に捨てても構わん! おれはやるぞ! それで、銀河系が破滅に瀕しているというのは?」
話題が元に戻り、教授は再び講義然とした口調になった。
「さっきも言ったように〝種族〟のゲノムは、遺伝子エッチングにより複雑さを増している。〝種族〟の野放図な増殖は宇宙空間に歪みを与え、時空間は輻輳し、物理定数は混乱するだろう。その結果、超空間ジェネレーターは効果を働かせなくなり、銀河系で総ての〝種族〟は孤立してしまう。わしは、それを防ぐため、この立方体を造り上げた」
フリント教授は両手を広げた。
「ここには、地球の総ての生命体の遺伝子情報が集まっている。すでに気がついた者もいろうだろうが、壁面に現れる斑模様は、超空間に見られるそれと酷似している。なぜなら、地球の二十億年にわたる生命の連鎖の記憶が、原型に超空間ジェネレーターを起動させる原動力なのだ。だから、原型以外には超空間ジェネレーターを起動させられないのだ。〝種族〟の遺伝子は、地球との連鎖が断ち切られているから」
教授が言葉を切ると、その場を監視していた【大校母】が怒りの声を、通信機を通じて発した。
「それでは〝種族〟は、どのようなことがあっても超空間ジェネレーターを起動させることはできないと申されるのですか? フリント教授」
ぎくり、と教授は顔を上げた。
侵攻してきた〝種族〟が持ち込んだ通信機のモニターには【大校母】の怒りに満ちた顔が映し出されている。