覚悟
宙森の宇宙船内部から、妙な形の機械が引き出されてきた。先端に無数の走査針がびっしりと生えた禍々しい形の機械が、斥力プレートに載せられ立方体に近づく。
論理破城槌とは、ゲーデル(一九〇六~七八)の不完全性定理に基づいて設計制作された数学的分析装置である。完全なものは数学的に存在しないという定理に基づき、論理的な弱点を探索するための計測器だ。
移動橇に乗った巨大頭の〝種族〟が機械の操作卓に座り、細長い指先で素早く起動させる。機械の先端の針先がさ迷うように立方体に向かい、ざわざわと動き回った。
唇を引き締め、巨大頭は真剣な顔つきになった。
針先が壁面の論理的な弱点を探る。初歩的な〝ゼノンのパラドックス〟から自己言及パラドックスなど様々なパラドックスが数式に還元され、論理整合の軋みを露呈させようと次々と投げかけられる。
しかし壁面は、びくとも反応しない。巨大頭は戦法を変えることにした。
質的な攻撃法から、量的な攻撃法に変更する。無限に関する様々な数学論理が、壁面にぶつけられた。
巨大頭の唇に、会心の笑みが浮かぶ。
遂に、壁面の弱点が顕わになる。鍵は、虚数域に存在する!
「タキオン放射を試してみます。上手く行けば……」
巨大頭は呟くと、別のスイッチを動かした。
ぐあん……と立方体が震えた!
「反応したぞ!」
シルバーが喜びの声を上げた。巨大頭も嬉しげな表情になる。
「もし、あれがブラック・ホールの特性を持っていると仮定するならば、タキオン放射により因果律の破れが観測されると予想したのですが、上手く行きました! つまり……」
巨大頭が滔々と説明を続けようとするのを、シルバーは手を振って押し留めた。
「よしよし。小難しい理屈は、おれには判らん。とにかく、弱点が露呈されたのだ。あとは、こいつを破る仕事が残っているだけだ!」
シルバーは立方体を見上げた。その視線の先に、宙森が浮かんでいる。
宙森を見上げるシルバーの胸に、ふとした疑念が浮かんでくる。この立方体に隠されている秘密が【大校母】に関し、どう利することになるのか……。あいつは原型の絶滅を狙っている。
唇を噛みしめ、新たな覚悟がシルバーの胸に湧き上がる。
そんな暴挙を許すわけには断固いかない! もしものときは、おれが……。