壁面
白い壁面を見上げたシルバーは、壁面に取り付いている奇妙な姿をした〝種族〟を、ちらりと眺めた。
頭がひどく大きく、身体は申し訳程度についているに過ぎない。自分で移動できないのか、専用の移動橇に乗って、あちらこちらと壁面を食い入るように見つめている。細い指先が、花弁のような形の分析装置を操り、壁面の弱点を探している。
【弾頭】が着陸し、そのまま動かないことを確かめ、どうやらミリィたちはこの建物に入ったようだと確信して、シルバーは宙森の宇宙戦艦を指揮してやってきたのである。【大校母】は宙森から動けないため、シルバーがこの場の指揮を執ることになった。
空を見上げると、宙森のリング状の円環部分が浮かんでいる。もっとも、シルバーが視覚を望遠にしてやっと見える程度である。宙森は地球の静止軌道に留まり、【大校母】は多数の〝種族〟で構成された侵攻部隊を組織したのである。
部隊を編成するとき、【大校母】はこの巨大頭の〝種族〟を連れて行くよう、シルバーに強制した。こういった分析には不可欠な数学的能力を高めた〝種族〟だとのこと。シルバーは、それは表向きの理由で、実際は監視役なのだろうと理解していた。
まあ、監視役だろうがなんだろうが、役に立てばよい。
宙森の宇宙戦艦は、例によって植物性のものだった。巨大な蚕豆……いや、宙森だから宙豆と呼ぶべきだ……の形をして、外板は頑丈なクチクラ組織で覆われている。今は、どっしりと着陸脚を地面に伸ばし、シルバーの【弾頭】の側に停泊していた。
全身、これ頭ばかりと思える〝種族〟が、顔を上げた。巨大な頭蓋骨の下に隠れるように、大きな丸い目と華奢な顎をした〝種族〟は、絶望的な表情を見せた。
ぶるん、と巨大な頭を振る。まるで一メートルもある巨大な茸に目鼻がついているような趣である。
「駄目です! この壁面は、分析を受け付けません! あらゆる波長で調べていますが、すべての波長は壁面に吸い込まれてしまいます」
シルバーは唇を噛みしめた。
「糞! はるばると遠路ここまでやって来て、そんな詰まらん与太を耳にしなければならんとは……。なんとか破る方法はないのか?」
無駄だと思っても、なにか行動したいという欲求に動かされ、シルバーはレーザー・ガンを構えた。
「どいてろ!」
シルバーに急かされ、橇に乗っていた〝種族〟は慌てて脇にどく。すでにシルバーが握る銃口の周りからは、光束発射準備のためのイオンが放出され、陽炎のような空気の揺らめきが認められていた。
シルバーは引き金を引き絞った。
銃口から壁面に向けてレーザーが放たれる。
引き金を一杯に引き絞ったシルバーは、眉を顰めた。壁面に銃口を向けたシルバーの腕は、ぴたりと静止したまま微動だにしない。
そのうち、レーザー・ガンのエネルギーが尽きてしまった。
大股に壁面に近づき、レーザーを浴びせた部分に顔を近づける。
壁面には、全く何の変化も見受けられない。
そっとシルバーは壁面を触ってみた。
冷たい。あんなにレーザーを全出力で浴びせたのに関わらず、壁面には一カロリーの熱も存在していなかった。
ふと思いつき、シルバーは頭の大きな〝種族〟に話しかけた。
「この立方体の大きさは?」
あまりに初歩的な質問に、巨大頭の〝種族〟は当惑したように目をぱちくりさせた。
「そ、それは……」
手元の分析器を使い、立方体に向ける。その顔に驚きが浮かぶ。
「妙です! これによると、無限大と表示されます。レーザーを使った計測なので、こんな結果が出るとは信じられません」
シルバーは腕組みをして考え込んだ。
「総ての波長は吸い込まれる、と言ったな。つまり、反射が戻らないということか。まるで完全黒体みたいだな。あるいは……」
「ブラック・ホールの特性に似ていますね」
巨大頭の返事に、シルバーは「うむ」と重々しく頷く。ぐいと巨大頭に向き直り、矢継ぎ早に命令を下した。
「論理破城槌を用意しろ! どうやら、あの立方体は、物質的なものではなさそうだ。物理的な力では破壊できない性質なのかもしれない」
シルバーの命令で、その場にいた全員が動き出す。