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第29話「散会後の立ち居振る舞いにご留意ください」

「素敵なお考えですわ、アキル会長」


 トマーユ副校長が両手を合わせ、パン、と軽やかな音を響かせる。彼女は朗らかに、ゆったりと言い含めるように続けた。


「理想を追求することは大切です。ただ、先程仰った『継続』――組織として継続性を保つためには、ある程度の『型』も必要ですわよね。私としては、今あるものも大切にしていただけると嬉しいわ」


 この人は、ほんわかした雰囲気と裏腹に現実的で的確な指摘をする。どんなに理想を掲げても、それを支える仕組みがなければ、組織は機能しない。


「おっしゃる通りです」


 俺は微笑んで頷いた。


「変化が必要だとしても段階的に、皆で話し合いながら進めていくべきだと思っています。会長になったばかりですし、まずはしっかり勉強します。本当に子ども達のためになることをみんなで考えていければと思います」


 勿論これも本音だ。PTA改革を謳い、鼻息荒くPTAに乗り込んでくる保護者もたまにいるが、「変えること」ありきではなくまずは現在の活動を冷静に見つめなければならない。その上で、残すべきは残し、変えるべきは優先順位を付けながら変えていく。これが俺の基本スタンスになる。


 トマーユ副校長は笑みを深くした。恐らく満足のいく答えだったのだろう。


「あなたのような方が会長を引き受けてくださったことを喜ばしく思います。――さて校長、そろそろ移動のお時間ですわね」


 老校長は「ふむ」と短く呟き、PTA室の顔ぶれを見回した。


「慌ただしく申し訳ありませんな。では我々はここで失礼致します。新年度も、世界の叡智の加護が皆様にありますよう」


 役員会メンバーの全員がさっと頭を下げる。半拍遅れて俺もそれに倣った。これも形式的な挨拶で、知識としては持っているが不意に迫られると焦る。そこは敢えて悠然とお辞儀することで、余裕を持った態度を装った。


 校長と副校長が厳かに退室した後、レフィーヤの進行で議事が再開された。年間行事や活動予定の確認、予算の調整、各部の活動方針についての発表と、議題は淡々と進む。校長・副校長との挨拶で既に時間は押していたのだろう、ファシリテーターを務めるレフィーヤの淀みない進行からはささやかな駆け足が感じられた。注意していなければ気づかないレベルの無理のない誘導、しかしそのお陰で議事の進捗は確実に円滑化している。まだ接し始めて間もないが、現代日本でもこんなに仕事ができる人はかなり珍しいのではないだろうか。


 そのレフィーヤの手腕を、役員の高出力メンバーが支える。

 グレンカの淀みない予算説明にはいちいち納得感があり、未経験者である俺に対して端的な補足説明まで行ってくれるので質問の余地がない。ちなみに、広報委員長のクレナイが広報誌の予算について質問した際は、レフィーヤが一言「後日」と一刀両断にしていた。

 書記であるミレイネのペン先は目視が難しい速度で動き続け、美しい手書きの議事録を生み出していく。書記としての発言を行いながらもその手は休まることがなかった。隣でうんうん頷いているだけの、同じく書記のエアロの様子は最早ちょっと不憫ですらあったが個人的には面白かった。

 他のメンバーもそれぞれの個性を見せながらも真摯な発言や受け答えを続けており、各自しっかりとPTAに取り組んでいこうという姿勢を見ることができた。率直に言って心強い。唯一気になったのは、副会長であるフランプルに一切発言が振られなかったことだ。たまに口を開きかけても、レフィーヤが割り込むようにして会話を巻き取ってしまう。俺が気づいただけでも何度かあったので、意図したものであることは明白だった。


「申し訳ありません、予定時刻を3分ほど超過してしまいました。以上を以て臨時役員会を終了します」


 すべての議事を消化すると、レフィーヤが簡潔に会議の終了を宣言した。時計を見やると、現在時刻は10時33分。実は俺はそもそも終了予定時刻を把握していなかったが、今から急げば職場の朝の会議に間に合うかもしれない。役員会のメンバーらが次々と席を立つ中、俺は急いで配布された紙の資料をまとめた。ボルムさんに教えてもらった中庭の桜のことが不意に頭を過る。せっかく咲き始めたと聞いていたが、今日は諦めたほうが良さそうだ。申し訳ない。


 学校を出たら走るか。書類を鞄に詰め込み、PTA室を後にしながらそんなことを考えていると、廊下で肩を叩かれた。


「積もる話もあるが、忙しそうだな。今夜あたり家に寄るよ」


 エアロだ。一言告げると、そのまま学校の奥へと消えていった。どこへいくのか知らないが、色々聞きたいこともあるし後で話せるならありがたい。今日は早めに帰れるといいな。


 正面玄関を目指し足早に廊下を歩いていると、後ろから小走りで追いかけてくる足音が聞こえた。振り返ると、フランプルが息を切らしながら近づいてくる。


「会長、アキル会長!すみません」


 彼は立ち止まると、いきなり深々と頭を下げた。サラサラのストレートヘアが重力に導かれ、一緒にお辞儀をしているかのように錯覚する。


「今日は遅刻してしまって、本当に申し訳ありませんでした」

「いえいえ、大丈夫です。本当に気になさらないでください。誰にでもそういうことはありますから」


 俺は歩きながら手を振った。この人には少なくとも邪気がない。であれば、できる限り寛容でありたいと思う。


「確か寝坊ということでしたが――」


 フランプルの表情には、単なる遅刻以上の疲労が見て取れた。古書店の経営もしているということだし、俺が想像する以上に大変なのかもしれない。「もしかして何か事情がおありですか」と続けようとして飲み込んだ。もう少し話を聞いてみたいところだが、時間が押している。


「お疲れの様子なので、ご自愛ください。また今度、ゆっくりお話しましょう」


 ありがとうございます、とフランプルは再度深々と頭を下げた。俺は少し恐縮しながら、そのまま彼に見送られる形で玄関を出た。守衛所にはボルムさんの姿はなく、俺は少し申し訳ないような気持ちで入校記録に退出時刻を記入して校門を出た。それから一歩、二歩と足を進める。校門に向かって歩いていた女性とすれ違う。さあ、ここからは走るか――という思考が頭を掠めた刹那だった。


 すれ違いざま、女性の身が翻る。手元が一瞬輝いて見えた。

 ――俺は、会長の指輪の防御を起動していない。そして、魔力を込めて防壁を発動するには数秒を要する。つまり間に合わない。

 異世界のPTA役員会という非日常、まずはそれを無事に終えることができたという安堵感、これから職場に急がなければならないという焦り、それらすべてが折り重なって生じた隙を、襲撃者は見逃さなかった。


 完全に不意を突かれた。彼女の手にした抜身の刀身が、吸い寄せられるように俺の左の脇腹に向かってその舌を伸ばしていく。

 時間が限りなく引き延ばされたように感じられる中、俺は静かに悟った。

 身体が動かない。これは、回避できない。

 家族の顔が、脳裏をよぎった。

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