第28話「PTAのあり方に関する問いにご回答ください」
「要するに、『PTAはとっても大切』ということですわよね」
トマーユ副校長が一つ手を叩き、明るく微笑みながら告げると、校長の話に困惑していたPTA室の空気がふっと和らいだように感じた。役員会メンバーたちの表情も、安堵したように緩んでいる。副校長のこの一言は、校長の抽象的な発言を現実的に翻訳する意図と同時に、これ以上深い話題に踏み込むことを避ける絶妙な仕切り直しでもあった。
「……ふむ、そういうことにしておきましょうか」
シヴュア校長はトマーユ副校長を見やり、一瞬何かを言いかけるもそれを飲み込んだらしい。そのまま穏やかに頷いた。その様子から、どうやら副校長による「翻訳」は日常的なやり取りなのかもしれないと察せられる。校長が小難しい抽象論や理想を語り、副校長が現実的に整理する。実務もこうして回っているのかもしれないと想像すると、日本の学校でもこうした役割分担の構図があったよな、と想起されて思わず笑みがこぼれてしまった。
「会長殿」
校長が再び軽く咳払いをしてから、俺に向き直る。その眼差しには、純粋な好奇心や探求心の光が宿っているように見受けられた。
「PTAという組織について、どのような印象をお持ちでしょうか。新しく会長をお引き受けいただく立場として、某に率直なお考えをお聞かせいただければ」
その問いかけは、あくまで穏やかで丁寧だった。しかし、単なる社交辞令に留まらない真剣みも含まれているような気がした。これはまた、試されているのか。なんかこういうの多いよな……。
どのように答えるべきか、俺は頭の中で自分の知識を改めて整理してみる。この世界のPTAは戦時中に親たちが自主的に学校を支えたのが始まりで、その後大きな功績を残したものの、時代とともに形骸化が進んでいるという状況だということをアキルの記憶から以前確認している。エデュカスコラのPTAは、現代日本のPTAとは成り立ちこそ違うものの、結果的に似たような課題を抱えているという感想を以前も抱いたんだったな。
ただ、客観的な歴史認識の話というより、ここでは俺自身がどう考えているかを素直に伝えることが望まれているのだろう。
「そうですね……」
俺は役員メンバーの方も気にしながら、慎重に言葉を選んだ。
「正直に申し上げると、私自身はこれまでPTA活動にはほとんど関わってこなかったので、偉そうなことは言えません。ただ、PTAは本来、子どもたちのために親と教師が協力し合う組織だと理解しています」
シヴュア校長が興味深げに頷いたのを見て、俺は続けた。
「先ほど校長が仰った、PTAは学校ひいては教育にとって不可欠な存在だということ。恥ずかしながら、正直に言って私自身まだそこまでの実感はありません。分かるのは、先人たちが繋いでくれた大切なものがここにあるらしいということです。その本質、私達は受け継ぎ、伝えていかなければならないでしょう」
受け継ぎ、それを絶やさないこと。すなわち継続。先程の挨拶でも述べた通り、この場の誰にとっても矛盾のない形で俺のポリシーを伝えていく必要がある。ただ、ここではもう一歩だけ踏み込む。
「ただ、現在のPTAが一部の保護者から支持を得られていないという事実もまた聞き及んでいます。勿論すべての方が両手を上げて賛同者となるような組織はあり得ないし、そのようなものが健全であるとも思いません。それでも、よりよいPTAの形を探して『なぜ私達はここにいて、これをやっているのか』を問い続ける姿勢が大切なんだろうと考えています」
<PTA会長だか何だか知らないが、よその子どものこと気にする暇があったら自分の子供をちゃんと躾けろよ!>
PTAを考えるとき、いつも、この言葉が頭の片隅にある。俺の胸の奥で、あの時の後悔が鈍く熱を持って疼いた。息子を守れなかった無力感。妻を傷つけてしまった罪悪感。ボランティア活動としてのPTAを、与えられた役割を、自分は深く考えず漫然とこなしてきた。それが必ずしも悪いわけではないと思う。「もっと肩の力を抜いていいよ」と声をかけてくれる人もいた。しかし、「長」と付く役職に担ぎ上げられてどこか舞い上がっていなかったか、心から子ども達のために活動できていたか。振り返るとどうしようもない不安に駆られる。
思わず俯きかけ、そんな自身の様子に気づいて意識的に視線を上げた。シヴュア校長と視線が交錯する。
「『なぜ』を問い続ける……なるほど」
校長が深く頷いた。
「興味深い視点ですな。組織とは人を繋げ、束ねること。その本質を見つめ、問いを紡ぎ、解を得ようとすることは、この世界を司る魔詩を読み解くに近しい」
またしても「世界」「魔詩」のワードが登場だ。校長には何か意図があるのか、それとも言いたいだけなのか。この歳で中二病的なセンスだとしたらちょっと苦しいので、前者だと思いたい。




