第27話「校長並びに副校長にご応対ください」
ゆっくりと響くノックの音に、レフィーヤは俺に向かって小さく会釈するように頷くと、一度そっと目を伏せ、澄んだ声で告げた。
「どうぞ」
レフィーヤの声に、これまでとは微妙に異なる響きが混じるのを感じる。敬意、それとも緊張というべきか。彼女は、ノックの主が誰なのか知っているらしい。
扉がゆっくりと押し開かれ、まず現れたのは細身の長身で品の良い濃紺の教員服を身に纏った老紳士だった。白髪混じりの頭髪を首元で丁寧に結い、丸い眼鏡の奥から柔らかな眼差しを覗かせている。その佇まいはどこかの国の魔法学校の著名な校長先生を否が応にも彷彿とさせた。室内をぐるりと見回し、俺と目が合うとそっと口元を綻ばせた。柔らかい微笑み――だが、何故か少しだけぞっとした。人の奥底まで見透かすような深い視線だ。
続いて入室したのは、艷やかな深緑のロングスカートとカーディガンを着用した女性。年齢は50代だろうか、手には美しく装飾された大きな手帳を携えている。絶やさぬ笑顔は穏やかで優しげな雰囲気を醸しており、ゆるふわ系といった印象を受けた。
アキルの記憶が教えるところによれば、この二人がエデュカスコラの顔とも言える存在。
「……ふむ、では」
老紳士が軽く咳払いをしてから、室内の全員を見渡した。ゆったりとしたその仕草一つにも、品格を漂わせてくる。俺じゃこうはいかないな。
「役員の皆様、早朝よりお疲れさまです。校長のイレムドール・シヴュアと申します」
丁寧で格式高い、しかし決して堅苦しくない語り口。これまで、子どもたちの入学式などで彼の挨拶を聞いたことがあるだろうかとアキルの記憶を辿るも特に思い当たるものがないのは、彼が。
続いて緑基調の出で立ちの女性が、ぱっと華やかな笑顔を浮かべて告げる。
「副校長のヴァンス・トマーユですわ。本日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます」
こちらも初対面だが、トマーユ副校長の声は少しハスキーで、現場で生徒たちに大きな声で向き合い続けてきた積み重ね、重みのようなものを想起させた。
PTA室にそれまでとは明らかに異なる空気が流れ込んだのを感じる。レフィーヤの張り詰めた緊張感とは対照的な、穏やかで包容力のある雰囲気。ただし同時に、単にそれだけではない深みを感じさせるので気を抜けない。俺が立ち上がり挨拶を返そうとすると、シヴュア校長が小さく手を振った。
「どうぞ、そのままで。我々は挨拶に伺っただけですから」
「新年度からPTA会長を務めます、カイ・アキルです。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
俺は座ったまま深く頭を下げた。
この二人あればこそ、エデュカスコラは王国最高の学び舎と評されている、という記憶が蘇る。約十年という長期にわたって校長を務めるシヴュアと、同時期より副校長として校長を支え続けるトマーユ女史。確かに、ただならぬ存在感というか、オーラがある。日本の校長先生にもたまにすごいオーラを感じる人がいるが、この人達の場合は世界の都合上、物理的な戦闘経験も実務として豊富なのだろうという底知れない凄みを感じる。
「ふむ……前会長のミグリャ・カクガル氏とは随分と異なる印象ですな」
シヴュア校長がゆっくりと俺を見つめながら呟いた。その眼差しには、何かを見出すような光がある。まるで俺の正体を見透かしているかのような――いや、そんなはずはない。ないが、なぜかそんな錯覚さえ覚えてしまう。
「校長の仰る通り。前会長とは違う風を吹かせてくださることを期待していますわ」
トマーユ副校長が穏やかに微笑みながら校長に続く。その言葉に単なる社交辞令を超えた意味が込められているように感じてしまうのは邪推だろうか。
そこで、しばし静観していたレフィーヤが口を開いた。
「校長先生、副校長先生、お忙しい中ありがとうございます。副会長以下、この場に役員会メンバー全員が揃っています。私から役職と名前をご紹介します。まずは引き続き副会長を務めます、シン・レフィーヤです。続いて、同じく副会長、ベルシュト・フランプル」
副会長、ベルシュト・フランプル。(気の弱そうな眼鏡の古書店主パパ)
会計、ルヴァ・グレンカ。(銀行勤めのカッチリ系ママ)
会計、ラグレット・エルナルナ。(明るく元気なパン屋の看板ママ)
書記、クレーヴィン・ミレイネ。(仕事が早そうな公務員ママ)
書記、ランザム・エアロス。(アキルの親友で剣術マスターのパパ)
学年部部長、オードネル・ベラ。(母性あふれるふんわり系ママ)
広報部部長、エヴァンス・クレナイ。(行動力溢れるジャーナリスト系ママ)
校外部部長、ハルトマン・ジェノヴィア。(落ち着いてるけど明らかに超強い軍人ママ)
それぞれ、名前を呼ばれると校長・副校長にお辞儀をして応えていく。なお、()内は記憶を定着させるための俺の脳内補足だ。人の顔と名前と背景情報を覚えるのって、意識しないと結構難しいんだよな。
「PTAという組織は」
一人ひとりに笑顔で頷いた後、シヴュア校長は再び軽く咳払いをしてから、語り始めた。
「単なる保護者の集まりではありません。保護者と教員とが繋がり、相互に響き合い奏でゆくことで、学校ひいては教育を支える要、礎の一つとなる存在であると某は捉えています。学校とはすなわち教育、教育とは子どもの未来。さらに言えば、この世界の未来そのものです。そのような意味の連関において、PTAのこの世界に対する有り様は、魔術の神秘における魔詩の一節が如きものであると言えるかもしれませんな」
――今、校長は何と言った?
PTAが、魔術に対する魔詩に似ているということだろうか。難しいな、何を意図している?
周囲をちらりと見やるが、ほとんどの役員会メンバーは少し首を傾げたような、理解に苦しむような表情をしている。そもそも魔術師にしかその感覚は分からないのかもしれない。魔術師であるレフィーヤの表情を盗み見ても、何の感想も読み取れないが。
あ、それからこの人。
一人称が「某」だ。初めて聞いた。なんかすごい。武士か。




