第26話「副会長の心情吐露にご傾聴ください」
俺が微かに首を傾げたのを見て取り、レフィーヤは少し怪訝そうに目を細めた。いや、別に何でも、と俺が口を開きかけたところで、
「レフィーヤ副会長の自己紹介は聞けないのかなぁ」
声は予期せぬ方向から飛んできて、全員の視線がそちらに集中する。
「……って、アキル会長は思ってるみたいですよ」
少し間を取ってから肩を竦めてみせるのは、アキルの旧友、エアロだ。それを受けて、再び視線がこちらに戻って来る。エアロ、お前さぁ……。いや、合ってるんだけれども。何と言うか、場のコントロールが抜群に上手いような気がする。こいつ、こんなんだったっけか。
「会長、彼の言葉は正しいでしょうか」
「――はい、すみません。自己紹介をなさらないのは、何かお考えがあるのかとも思ったんですが」
正面からレフィーヤに聞かれたので、俺は肯定する他なかった。レフィーヤは一瞬目を伏せると、小さく息をつく。それから、静かに椅子を引き、その場に立ち上がった。
「シン・レフィーヤ。昨年度から副会長を拝命しております。王務局軍務課所属の魔術師です。現在六年生の娘と、三年生の息子が在籍しています」
彼女はこれまでよりやや声を張っている。恐らく他のメンバーにとってはレフィーヤの自己紹介は不要だったのだろうと、全員の雰囲気から何となく察した。俺のために申し訳ない。
軍務課所属ということは、先ほど自己紹介してくれた校外部部長のハルトマン・ジェノヴィアと同じく軍人ということになる。元々仕事で顔見知りだったりもするんだろうか。彼女の規律を重んじる性向は正にそれらしいと感じてしまう。出会ってすぐに聞いていたようにレフィーヤは魔術師という希少な存在であるため、いわゆる一般的な軍人とは少しあり方が異なるのかもしれないが、言われてみると軍人だよな、とやけにしっくり来る。とはいえ、アキルの記憶が教えるところによれば、魔術師という存在はほとんど軍に取られてしまうらしい。運用によっては強力な暴力装置となる魔術師は戦争や戦闘でこそ圧倒的に必要とされるためだ。それを考慮すれば、単純に軍人だから、という色眼鏡で見るのもあまり宜しくないという気もする。いや、そもそも職業と個人の性質を結びつけるのが駄目だな。自省。
それから、お子さんが六年生と三年生ということは、うちの下二人と同じ学年か。二人も被っているのに全く知らなかった。これまでアキルはほとんど学校と関わってこなかったので、同級生の保護者との面識もなかったようだが、少々気まずいな。今後は少しずつでも、せめて子どもの同級生の保護者くらいは把握していくようにしないと。
端的に最低限の内容を伝え、彼女の自己紹介はこれで終わりかと思ったところで、逡巡の表情を刹那の間浮かべた後、銀髪の副会長は再度口を開いた。
「近年、我が校でもPTAに加入しない家庭が複数現れています。また、PTAの活動に対し公然と否定的な見解を述べる保護者や教員も存在すると聞き及んでいます」
PTAを取り巻くその状況については、近年よく耳にするものだった。しかしそれは日本のPTAについてのものだ。この世界でも同様なのか、と少し驚いてしまう。それがPTAを取り巻く客観的な状況だとして、彼女は何を言いたいのだろうか。
「私は、この状況を決して看過できません。PTAは、早急にかつての権威と実力を十全に取り戻す必要があると考えます。皆様のご尽力をお願いします」
PTA室に静寂が満ちる。誰も口を開かず、拍手もない。その語り口は決然としており、その主張は誰かの意見を容れる余地のないものと受け止められたろう。要は、「PTAが舐められてるのは許せねー。誰にも文句は言わせねー。みんなそのつもりで気張れや」みたいなことだろうか。……え、本当にそうなのか。
視線を泳がせていると、エアロと目が合った。流石に苦笑いをしている。どうやら俺と同じように解釈したらしい。「どうする?」と目で問いかけているようにも見えたが、まだどうするもこうするもない。
ただ、仮にレフィーヤが「PTAに権力を集中させ、加入を実質的に義務付け、執行部のやることには文句を言わせない」といった強権的な体制を望んでいるのだとしたら、それは歪んでいると言わざるを得ない。この感覚は日本のPTAを経験した俺のものであると同時に、アキルの想定するこの世界の一般的な感覚とも概ね一致する。だからこそ、メンバーの多くが反応に困っているのだと思われる。
時間経過とともに、役員会メンバーの視線が徐々に自分に集まっているように感じられた。やはりここは俺が会長として彼女の真意を尋ねるべきなのだろうか。もう少しレフィーヤと親交のある人もいるだろうに、ここは会長なのか……。
意を決し、俺はそっと右手をこめかみの辺りまで上げると口を開いた。
「あの、レフィーヤ副会長――」
「申し訳ありません、少し長くなりました」
俺の言葉と、レフィーヤの進行のための発話はほぼ同時だった。視線が交錯する。互いに口にした内容は概ね聞き取れていたと思う。レフィーヤは少しだけ困ったように眉根を寄せた。
「会長、ご質問でしょうか。申し訳ありませんが、実はそろそろ時間が――」
彼女の言葉が終わらないうち、PTA室の重い扉がノックされた。




