第24話「新しい会長としてご挨拶ください」
「申し訳、ありません!」
ベルシュト・フランプルと名指しされた男性は、余程急いで走ってきたのだろうか、レフィーヤの指摘に息を切らしながら応じた。
「寝不足で、バスを間違えてしまって……」
走ってきたのに、表情からは血の気が引いて青白い顔をしている。分かるよフランプル、レフィーヤの圧はなんかこう……理屈抜きに怖い。
「理由は聞いていません。速やかに着席しなさい」
そうだけど。確かに聞いてないんだけど、言い訳くらいさせてやったらいいんじゃないか? そもそも遅刻といっても2分半くらいだし、そんなに目くじらを立てることでもないのでは? ……という言葉は、取り敢えず飲み込むことにした。しかし、同じ副会長なのに少し言葉がきついような気がする。二人の関係性はどうなっているんだろうか。
フランプルは、そもそも大きくない身体を縮こませるようにして足早に部屋の奥へ進み、俺の右隣、俺と正面が直角になる位置に腰を下ろした。彼の席は副会長であるレフィーヤと正対しているので、なおのこと居づらそうに見える。
「会長、ご挨拶の途中で申し訳ありません。改めて宜しくお願い致します」
レフィーヤの声に、はたと我に返る。そうだ、途中だった。
自身が俺の挨拶を中断させてしまったらしいと気づいたベルシュト・フランプルが絶望的な目で俺を見つめてくるが、大丈夫、と目で笑って頷いておく。
「改めまして、新年度から会長を拝命しましたカイ・アキルと申します。4月から長女が8年生、長男と次男が6年生と5年生になります。まだ分からないことばかりですが、少しでも子ども達のためになるよう、皆さんと力を合わせて楽しく活動していきたいと考えています。どうぞ宜しくお願いします」
話しながらひとりひとり全員の顔を見て、最後に一礼した。挨拶は短いに限る。まだまだ様子見ということもあり、無難な内容に留めてみた。しかし、全員の注目は途切れず、拍手が始まる雰囲気もない。……あれ?
「終わり……ですか?」
レフィーヤが控えめに囁いた。声に困惑が滲んでいる。しまった、短かったか……。
尺、すなわち使うべき時間の認識違いから無用な戸惑いを生じることは日本社会でもままある。だからこそ最初は前例を踏襲しながら、はみ出してよい度合いを判断しながら進めたかったのだが、早速すれ違ってしまったらしい。引き継ぎを端折ったカクガルのおっさんこと雑脳筋には、今度会ったら一言言ってやらねばなるまい。
「すみません、短かった……の、ですよね。普通どれくらいですか?」
少し屈むようにして、レフィーヤに小声で尋ねる。
「カクガル前会長は少し短くされていましたが、それでも5分程はお話されていました」
5分!? 5分は長いんじゃないか。原稿が欲しいレベルだよ。適当に思いつくまま喋るならできなくはないが、会長挨拶の初手でダラダラ喋るのはあり得ない。しかしここのまま終わると「新しい会長は駄目なやつ」の第一印象になる虞がある。一度ついたイメージは存外に引きずるものだし、後々やりづらくなるのも困る。ならば、と俺は再度室内の全員の顔を見回した。
「すみません。実はきちんとした引き継ぎができておりませんで……本来はある程度決まった挨拶があるそうなのですが、今回は自分の言葉で話しています。あまり短くても格好がつかないようなので、もう少しだけお話させてください」
先に予防線を張る。正々堂々という感じではないが、役員会メンバーの人となりがまだ分からないのでやむを得ない。とにかく今は無難に、欲を言えば好印象を残して切り抜けたい。
「再度改めまして、となってしまいますが、会長を拝命したカイ・アキルです。正式には、総会で承認されてから、ということになると思いますので拝命する予定の、と申し上げたほうがよいですね」
ちらりとレフィーヤの顔を窺うと、小さく頷いている。合ってたみたいだ。
「私は民務局・戸籍課に勤める、三人きょうだいの父です。現在七年生の長女セーラ、六年生の長男スバールバルライチ、三年生の次男アルタ。毎朝子ども達を起こし、可能な限りですが学業を見守り、学校の様子を聞きながら、『学校は家庭と地域とで育てるもの』と感じる機会が増えてきました」
この辺は、現在の働き方を顧みるとやや正確ではない。実のところ、あまり子ども達の様子を詳しく把握できていない。といっても、アキルというより俺自身が日本で会長として歩んできた実感を踏まえている。
「まず、九十七代までの歴代役員の皆様、そして前会長ミグリャ・カクガル氏へ深い敬意を表します。平時も戦時も変わらず『子どもの安全と学び』を守ってこられたその足跡に、新参者としてただ頭を垂れるばかりです。恥ずかしながら右も左もわからぬまま、この席に立っております。会計の数字の読み方、行事の裏方仕事、地域との連携……いずれも私にとって未知の領分です。まずは知ること、学ぶこと、手を動かすことから始めたいと考えています」
ここで少し、部屋の空気が変わった。少しだけ弛緩したように感じる。これまで会員としても役員としても活動していなかった未知の人物が突然会長になったことで、こいつが何を考え、どうしようとしているのか、特に継続して役員を受けているメンバーにとっては不安もあったに違いない。恐らく、前会長への敬意や「これから知っていく」という姿勢を打ち出したことで、そこまで大きな破壊は起きないのではと予想したのだろう。
再度、全員の顔をゆっくりと見渡すようにしてから、俺は続けた。
「何が問題で、PTAには何ができるのか。一歩深く耳を澄まし、皆さんの知恵を束ねる。出した答えを自らも汗をかいてやり切る。失敗があれば責任を取り、次へ繋ぎ、活かす。これが会長として私がやるべきこと、やりたいと考えていることです。……まだ抽象的で申し訳ないのですが」
数名が頷くのが見えた。視界の端では、アキルの旧友・エアロも口の端を上げるようにして微笑んでいる。
「守衛のボルムさんに伺ったのですが、中庭のサクラの花が綻び始めたそうです。私達はどうしても花にばかり目を奪われてしまいますが、その美しさはあまり目立たない幹と根に支えられています。PTAもきっと同じで、私達保護者や先生方が静かに力強く支えてこそ、子ども達が花を咲かせられるのだと信じています。しっかりと幹と根を支える一年にしたいと思います。どうか未熟な私に、ご指導・ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げ、挨拶といたします」
深く一礼すると、しばしの沈黙。それから、拍手が上がった。さっと見渡すと、全員が手を叩いている。レフィーヤは相変わらずの無表情だが、お座なりでない程度には手を叩いてくれており、内申でほっと安堵した。
どうやら、最初の挨拶はそれなりに上手くいったらしい。




