第23話「役員会メンバーは入室してください」
時刻は役員会の開始8分前を指している。そろそろ役員会メンバーが続々と現れる頃だろう。
「おはようございます」
ドアを押し開き、レフィーヤに続いて現れたのは、女性の二人組だった。
一人は栗色の短い髪をきっちりとまとめ、細いフレームの眼鏡をかけている。目元は油断なく光っており、かっちりした印象を受ける。もう一人は対照的に柔和な雰囲気で、明るい茶色のショートボブの女性だ。いずれも少し緊張の色が見える。
「おはようございます、会長のカイ・アキルです」
俺は立ち上がって挨拶を返すと、微笑みながら同様に名乗った。二人の女性が頭を下げて応じたところに、隣からレフィーヤの声が冷ややかに響いた。
「会長。すぐに定刻になり、全員が集まるでしょう。挨拶や紹介はその後で」
「承知しました。仰る通りですね」
少しでも雑談などできればと思ったが、鉄壁のガードだ。氷の壁を連想してしまう。レフィーヤの指摘が合理的なのは明らかなので、明るい声色ですぐに引き下がる。
二人の女性はレフィーヤの隣の席に並んで腰を下ろした。
すぐにまたノックの音がして、今度は4名が続々と入室した。女性が三名と、ドアを支えて入室を促す男性。その中に、見知った――といっても勿論アキルの記憶だが――顔を見つけ、俺は驚いて声を漏らしていた。
「エアロ……!?」
彼の方も俺に気付いてにっと笑った。気のせいかもしれないが、隣から凍えそうな圧力を感じるので、声をかけることはしない。大事な会議が始まるのに、私語はしない。これが大人の常識。イエス、アイ・アム・アダルト。
ちなみにエアロことランザム・エアロスは、学生時代からのアキルの友人である。アキルにとっては、互いに家族を持った今も変わらず接してくれる大切な存在であるらしい。「剣塾」という剣その他武器術全般を教える私塾の代表を務めており、うちの子ども達も世話になっている。子ども達がエアロのことを「塾長」と呼ぶのはそのためだ。塾長という字面だけ見ると「魁!男!」という印象がどうしても拭えない。ああ、そういえばスバルは剣塾を辞めちゃったんだっけな……。
などと記憶を紐解きながら思考を巡らせていると、さらに女性が入室してくる。ダークグリーンの短髪が印象的な彼女は相当の長身で、動きやすそうなショートジャケットを着こなしている。かっこいい。
挨拶を交わして全員が席につくと、俺の左隣が空いている。副会長の席だろうか。日本のPTAでも、副会長が二名以上いることは多いようだ。ちらりとレフィーヤの方を見やると、彼女は小さく嘆息したようだった。
「定刻です。PTA役員会を開始します」
レフィーヤの静やかだが不思議とよく通る声が響いた。とりあえず始めるらしい。どんな流れになるのか全く分からないので少しドキドキするな。不意に挨拶を振られる可能性もあるので心の準備だけはしておこう。さっきレフィーヤと話すべきだったのは、寧ろ今日の議事内容についてだったかもしれない。
「改めまして、副会長のシン・レフィーヤです。まずは早朝にもかかわらずお集まりいただきありがとうございます。」
役員会は、レフィーヤによる労いの言葉から始まった。表情がなく、感情が乗らないため、言葉とは裏腹に感謝の気持ちは全く伝わってこない。形式のみの表現と受け取られても仕方ないような気がするが、彼女の真意は分からない。
「このメンバーが第98代エデュカスコラPTAにおいて中心となる役員及び部長の皆さんです。それぞれお見知りおきください」
言われて、参加者それぞれが全員の顔ぶれを確認すべく周囲を見回している。俺と目が合うと、会釈を返す者、ぎこちなく微笑む者、値踏みするように見つめる者、一瞬変顔をする者、反応は様々である。
ちなみに、98代という表現は、一年度を1代として数えているものと思われる。学校自体が過年度で百周年だったはずなので、恐らく間違いないだろう。つまり、仮に来年度も俺が継続して会長を務める場合、99代役員に名を連ねることになると思われる。
「では、まず98代PTA会長を務めていただくカイ・アキル会長よりご挨拶をいただきます」
来た。しかし――話し始めようとしてふと不安になる。かなりかっちりした会になりそうだが、思いつくまま自由に話してしまっていいのだろうか。隣のレフィーヤに小声で話しかける。
「すみません。内容は簡単な自己紹介と今後の抱負のようなものでよいでしょうか?」
レフィーヤは再度その切れ長の目を見開くようにして、それから眉根を寄せて小声で返した。
「前会長――ミグリャ・カクガルから引き継ぎを受けておられないでしょうか? 形式的ですが、定型文があるのですが」
「すみません、この点については何も……」
やはり定まった挨拶があったらしい。
別に型にはまるつもりはないが、新たに組織に関わる場合には、まずは「今どうなっているのか、どうしているのか」をしっかり確認し、少なくとも尊重する姿勢を見せるべきというのが、日本のPTAで学んだやり方だ。
一見不合理に見えても、既存のやり方には歴史があり、意味がある場合がある。それに対し思い入れや愛着を持っている人間もいる。悪習であると一太刀に切って捨てるのは小気味よいかもしれないが、心はそれに追いつかないことがある。
つまり、ここではその種の定型文があるのであれば、少なくとも右も左も分からない今は、これを踏襲し、その中に少しずつオリジナリティを加味していくような動きをするのが理想的だと俺は考えている。日本のPTAでも概ねそうしてきた。
が、今回はその定型文は全く引き継がれていない。困った。
レフィーヤは目を伏せると、カクガルから引き継ぎがなされていないことについてだろう、わずかに怒気を滲ませ呟いた。
「あの雑脳筋……」
「……は?」
「いえ。では申し訳ありませんが、この場はご自身の言葉でお願いします」
なんか今、雑巾みたいな言葉が聞こえた気がしたが、気のせいだろうか。カクガルのおじさん、レフィーヤさんからはそんな感じの扱いだったんだな……。脳裏に、カクガルの豪放磊落な笑顔が浮かんでは消えた。
俺はレフィーヤの言葉に頷き、ゆっくりと立ち上がった。既に今のひそひそ話の段階で、全員の視線は俺に注がれている。
「ご紹介に預かりました――」
俺が声を発したその時、PTA室の重い扉に何かがぶつかるような音がして、それから一気に開いた。崩折れるようにして部屋に入ってきたのは、小柄な男性だった。
「す、み、ません……! 遅く、なり、ました……」
肩で息をしながらようやくそれだけ言葉を発すると、男性は顔を上げた。茶色の髪を眉上で切り揃え、丸眼鏡をかけたどこか内気そうな表情。平均より身長が低いように見えるのは、猫背気味の姿勢によるところもありそうだ。
小さな舌打ちが聞こえ、俺は左隣に視線を転じた。
「副会長、ベルシュト・フランプル。2分34秒の遅刻です」
氷のような瞳と声色で、レフィーヤが静かに告げる声がPTA室を支配した。




