第19.5+X話「榚ぴち丳畩胏戭Wッツㄈトヽ隚ぬグEN昂看F」
【起床】
海地陽が目覚めたのは午前8時30分。普段の彼――陽であれアキルであれ――ならば7時前には起きて家事にあたっているはずなので、かなり遅い起床といえる。
陽は最初、ろくに声を出すことも、体を動かすこともできない様子だった。本来の自分自身の身体ではないのだから、それも無理からぬことだ。
やがてアキルの妻・クナが部屋を訪れ、彼女と接触したタイミングで、陽はアキルとしての記憶に触れた。直後、驚くべきことに、彼はすぐにこの土地の言語、パティアレゴス共通語で話し始めたのである。
これは当初の想定からすれば信じがたいことだった。蓄えられた知識があっても、それを会話というリアルタイムのコミュニケーションに活用することは非常に難しい。ある言語について、仮にその完全な辞書を持ち歩いていても、流暢な会話など到底できないのと似ている。つまり陽は、脳内の情報を取捨選択して組み換え、アウトプットに繋げる能力が並外れていると思われる。会話や読み書きができるようになるまでに数日から長くて数週間の期間を要するのではと懸念していたが、喜ばしい誤算といえた。アキラきゅんしゅごい。。
また、陽は自身の肉体が日本における自分のそれではないことを早期に看破した様子であった。さらには、「15分」という表現から、この世界の暦として太陽暦が採用されているのではないかということ、帰結としてそれは何を意味するか、一気に考えを巡らせた様子も見て取ることができた。その冷静な観察と洞察には感銘を受けるが、それ以上に、この世界について懸命に考察しようとする姿勢は率直に好ましい。
その後、陽はPTA会長の引き継ぎの件をクナから聞き、急ぎ身支度に着手した。ごく直近の記憶については移行が不完全であるらしい。この点は課題として継続検討しなければならない。
【出立~学校】
陽は、さほど戸惑うことなく着替えを終えた。クレストと呼ばれている装身具など、王都の行政機関に勤める者の一般的な装いも問題なくこなし、受け入れることができたようだ。クナを見送った後は、アキルの記憶を頼りに学校を目指して出発した。初めて目にする王都エデュカシアの街並みに、流石に忙しなく視線を動かす素振りも見られた。ただ、この程度なら不審に思われないだろうという閾値というか、何かしらの線を自ら引いているらしく、エデュカシアの住人として上手く振る舞っている。内心は間違いなく平静ではいられないはずだが、見知らぬ街に上手く溶け込もうとする努力はどこか微笑ましい。アキラきゅんかわいい。。
足早に学校を目指しながら、交通手段としての「バス」、「ワンコ」「ニャオ」という「魔獣」を目にしていた。これらの単語を連鎖的に記憶から引き出すことで、大量の記憶という「点」を「線」で繋ぐような処理を高速で行っていたように見受けられた。いちいち興味深い。
やがて、陽はアキルの子ども達が通う学校、エデュカスコラに到着する。ここでは来校者名簿を管理しており、生徒・職員以外は氏名・所属などの記帳をパティアレゴス共通語で行う必要がある。陽はこの点もあっさりこなしていた。つい数十分前まではその存在すら知らなかった言語を、平然と文字として記述できるようになっているという事実は異常といって十分差し支えない。しかし、陽に関してはもはや驚く必要はなさそうである。でも、アキラきゅんしゅごい。。
やがてエデュカスコラの校舎に足を踏み入れると、まずは単純に大きさ、そして歴史を裏打ちする厳かさ、それらの威容が陽の心に響いた様子だった。建造物の内装や意匠にじっと見入ったかと思うと、約束の時間ギリギリになっていることに思い至り再度早足で歩き出すということを二回繰り返していた。微笑ましい様子だが、彼の中のアキルの記憶には、アキル自身がこの学校で学んだ記憶が眠っているはずだ。その記憶と現在の印象とが、何かしらの新しい感傷を呼び覚ましている可能性もある。
やがて、ほぼ約束の定刻に陽はミグリャ・カクガルとの邂逅を果たした。カクガルは職能別自治会「工匠」における重鎮であり、PTA会長を2年にわたり務めてきた、文武両面における王都の実力者の一角である。そのカクガルが、PTA室に陽を招じ入れるや否や極めて威圧的な視線を送っていた。気の小さな者ならそれだけで萎縮し、震え上がってもおかしくない。しかし陽は涼やかにそれを受け流し、柔和な表情で挨拶を返した。見知らぬ土地、見知らぬ文化、見知らぬ人々の中、何より全く異なった世界にあって、この胆力は何としたことだろう。
続いて会長を引き受けた理由を問われ、予期せず半ば面接のような状況になった。そこでも、飾らない言葉で敢えて本音を交えて語ることでカクガルの呵々大笑を誘い、信頼を勝ち取ることができたようだ。もともと、アキルをPTA会長の後任にしようというのはカクガルの思いつきに端を発している。彼からすれば、ようやく会うことが叶った意中の相手に対する確認のようなコミュニケーションだったものと思われる。
「結局、誰かのためになることでしか、人は幸せになれないって思うんです」
陽の言葉は、果たして真実だろうか。
私は、どうだろうか。
【出勤~職場】
カクガルからエデュカスコラにおけるPTAの説明を受けた陽は、会長の指輪を引き継いだ際にようやくPTA会長のこの街における立ち位置の一端を伝えられた。すなわち、PTAやその会長という立場は、学校と教育が重視されるこのエデュカシアにあって非常に特異であり、重い存在であるということだ。然るに、PTA会長はほとんど常に命を狙われている。恐らくカクガルにとっては言わずもがなの内容であったために、伝える内容としての優先順位が低かったと思われる。カクガルの大雑把な性格を差し引いても、雑な引き継ぎと言わざるを得ない。アキラきゅんかわいそう。。
なお、魔術具としての会長の指輪、正しくは「カストゥム・パルヴォルム」と名付けられたものだが、陽はアキルの記憶から魔術具一般の使用方法を読み取り、受領した直後に正しく発動させている。指輪を中心に不可視の領域を展開し、当該領域に対する物理的なエネルギーをその進入方向と正逆にそのまま反射させるというのがこの指輪の機能である。なお、このような複雑な機構を内在するカストゥム・パルヴォルムの発動にはかなりの魔力を消費する。思わず笑ってしまったのは、陽がこの指輪を常時発動させていようと決心したらしいことだった。実際、学校の敷地を出てすぐに襲撃を受けた陽は、突進してきた襲撃者を弾き返して重傷を負わせ、さらに高速で飛来した矢を真っ直ぐに跳ね返すことで狙撃手の生命を奪っている。陽は、恐らくこの事実を認識していないか、認識しても敢えて思考の埒外に置いていると思われた。
なお、無論、襲撃側も指輪の存在は認識していたが、その発動は切り札として使用されるのが通常である。故に引き継ぎ直後の不意打ちであれば、簡単に生命を刈り取ることができるはずだった。しかし、まさか陽がカストゥム・パルヴォルムを常時発動しているとは彼らも想像すらしていなかったと思われる。当然のことながら、これ以降、襲撃者らは一気に慎重な姿勢に転じた。
こうした事情もあり、その後は特に妨害を受けることもなく陽はアキルの職場である民務局に問題なくたどり着くことができた。入場の際、識鑑の球とアキル自ら名付けた入館管理の仕組みに弾かれる一幕もあった。アキルの後輩であるカース・リヴィアムが確認した通り、魔術具に登録されていたアキルの魔力と、現在の陽の魔力が異なることが原因である。カースは「魔力紋が変わった」と表現していた。
後輩であるカースによる独特な本人確認を経て、新たに魔力紋を登録することで、陽はアキルの職場に潜り込むことができた。その後、上司である戸籍課の課長、サドゥガ・ターカーに面談を申し込み、自分が命を狙われている件について相談した。すると、いつの間にか何故か陽が戸籍課の業務改革を進めることになっていた。自分でも何を書いているかよく分からなくなってきたが、何だかそんなことになった。予想外である。アキラきゅんドM。。
お昼時になり、カース・リヴィアムと食堂でランチをしながら業務改革の方策を語り合った後は、陽は夕刻までひたすら戸籍管理官としての通常業務をこなした。尋常ならざる集中力で当たり前のように業務を処理し続けていたので忘れそうになるが、陽が戸籍課の業務を担当するのは当然この日が初めてである。新入社員が初日から課長レベルの仕事を役職者と同じ速度でこなしているに等しく、この点も控えめに言って異常だ。
【帰宅~就寝】
仕事を終えると陽は真っ直ぐに家路を急いだ。最終的にはすごい勢いで走って帰宅していた。本人は恐らく気付いていなかったが、途中でワンコバスを追い抜いていた。健脚である。他人の身体の初日なのに。そういえば陽は道中で何度か視線を感じ警戒していた様子だったが、それは襲撃者というより一般市民らの衆目を集めただけだった。健脚が過ぎたようだ。
帰宅後、家族とのふれあいの最中にも、陽は時折暗い表情を覗かせた。「この家族は本当の家族ではない」、「自分は本当の父親ではない」という思いに捉われていたのだろう。実のところ、この点は予測の範疇である。その思いを振り払うかのように、彼は「運動」を始めた。陽が日本で日課としていた「運動」と、アキルの日課としての「運動」。それらは似て非なるものだったが、いずれもそれぞれの世界において常軌を逸していると評されるべきものであった。詳細は別に記す。
そして、陽は自身がアキルではなく陽であるということをクナに打ち明けた。初日にしてここまで思い切るとは少々意外であったが、陽の家族に対する愛情と懸念は、想定以上に大きな心的負荷をもたらしたものと思われる。ならば仕方ない。
秞れトブュヂヽㄘヮㄈㄑテㄈヽよ兦ク寜ぴ〞タナㄈる昂訵よ隚ゅヌョク誵尫ぴぼ〟昂訵よれ〞たぼとゟタナㄈど隚ゅ冂ォ朜ガェよ昂杉や看覷ゞ〞隚る寓旬ァ昂杉祛伷よ尛ぴゃ妋扃ぴゃちエ槵孭ク訵逍ぴぼ〟ばォク諊゜〞隚れ簾卵よ〩タナㄈゅ與軈る仗桙ど冂ォ朜ガむぼ〪ゅちっ誵尫よ飸ゐめちゃぴ゛むぼ〟仗れ俾ふぼちゟるク俾ふエ〟ばォれ隚やたむゃゟ〞犖よ糛祻皡よ袍彎ぴゃちエボチーㄐネやれ抴ちゥっるょち亨宼ぽむぼ〟ヌョれァァ遲咩愼ク覷づぼ槵孭やたむぼど〞隚る宦塒よ汑ク帋ぶばゅれ揄づぼウぴち〟ァれェ徙妐れ賿昫やたエ〟个覞ょばゅク隚よ呖な这ゝゥっょウ〞惇ぬぶォろ毗ひょのォろょウょちゅばオぽむぼ〟
それからクナはカストゥム・パルヴォルムの魔詩の一部に分岐を追記し、使用者の意思によって障壁の領域範囲を半径10メートルほどに拡張可能とする仕様変更を行った。これは、寝室を中心に陽の住む自宅をほぼ完全に覆うサイズである。外部からの攻撃を反射する他、魔力を持つ存在は新たに領域範囲に踏み入ることができない。夜間の防犯対策としてはほとんど完全である。魔術具の発動を維持できれば、という注釈は付くが。
一日の最後に諸々の懸念から解放された陽は、健やかな眠りについた。おやすみ、陽。
この夜、陽に対し夜間の暗殺を企てた襲撃者が、二度ほど突入に失敗して夜空を舞っていた点を付記しておく。
――
「この文書は――何? どういうこと?」
「分かんない。もともと二重に暗号化されてて、ここまでは復号化したんだけど……」
「タイトルと、最後のところが一部読めないね」
「多分、特定の鍵か何か必要なんだと思う。どっちにしてもすぐには解読できなそう」
「これ、3年前によーくんが初めてこっちの世界で目覚めた日の様子ってことだよね」
「そうみたい。誰かがお父さんの様子をずっと見てて、それを……記録していた」
月音は額に人差し指を当て、じっと思考に集中した。しばし後、その視線は目の前の少女に対して再び像を結ぶ。
「星羅、ごめん。これ、すっごく重要なことだ。もう少し手伝って」
第一章 了




