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第11話「今後の業務の展望についてご検討ください」

 聖人サドゥさんが、俺にだけ冷たい? そんなわけあるか。何か明確な理由がある、はずだ。根本的に何かがすれ違っている気がする。この齟齬の原因は、アキルの記憶をあたっても見当たらない。

 直接尋ねてしまおうと口を開きかけた時、高いノックの音が二つ、静かな保管室を駆けた。


「はい、どうしました?」

「お話中すみません、貴族対応で局長が課長をお呼びです」


 やや申し訳無さそうな女性の声が返ると、その申し訳無さが拡大して伝染したかのようにサドゥさんは眉根を寄せ、表情を曇らせた。そして、それを感じさせない平静な声で答える。


「ありがとう。すぐに向かうとお伝えください」


 自身の首の後ろに手をやって、彼は息をついた。


「カイさん、申し訳ありません。お話するのは大事な仕事だと言った舌の根も乾かぬうちに……」

「いえ、とんでもない。タイミングが悪かっただけです」


 サドゥさんは深々と頭を下げるが、やむを得ないことで彼に思うところは何もない。とはいえ、これだけは話しておきたいということがあった。


「すみません、最後に二点だけよろしいでしょうか」

「無論です」

「ありがとうございます。まず、私が外回りに出ると、同行してくれる課員に危険が及ぶかもしれません。暫くは内勤にしていただくか、単独での外出を許可していただけないでしょうか」

「仰る通りですね。承知しました」

「もう一つ、今後私がPTAの活動で仕事を抜けなければならないタイミングがどうしても出てしまうと思います」

「はい、心得ています。正直に言えばなかなかの痛手ではありますが、私も分かっていて背中を押しましたから」


 変わらず穏やかに、サドゥさんは頷いた。そう、アキルはPTA会長の打診を受けた際、諾否の判断について課長に相談していた。職場との調整は必要になるので、当たり前といえば当たり前のことだ。

 その際にもサドゥさんは、「是非引き受けて子ども達と教育に貢献して欲しい」、「君の抜ける分の穴は自分が何とかするから」と笑って送り出してくれた。聖人だ。


「でも、結果としてサドゥさんや他のメンバーにしわ寄せが行くのは違うと思うんです。もっと大きな組織なら上手く負荷を分散できるのかもしれませんが、現状の戸籍課では不可能です」


 サドゥさんは頷いて俺に先を促す。


「だから、課の仕事を減らす仕事を俺に任せてもらえませんか」


 予想外の俺の言葉に、サドゥさんの目に驚きの色が混じった。


「というのは、どういうことですか?」

「業務のあり方を変えて、仕事量を減らす方法を提案します。まだ細部まで具体化できていませんが、必ずみんながもっと人間らしく働けるようにします」


 戸籍課は、国内の「人」の情報を一手に管理している。これにより、徴税、国防、教育、医療などあらゆる政策の基礎となる情報を王と国家に提供するという非常に重要な責務を負っている。

 しかし、その職務内容の重要性は一般にはほとんど認識されていない。業務量の多さ・要求される正確性に比して、人員が全く足りていない。課員は職務に忙殺され、その大切さ、仕事の魅力を外部に伝える余力は残らない。故にというべきか、わざわざ戸籍課を希望してくる学生などほぼ皆無である。

 戸籍管理は国家における情報面の基盤、まさにインフラストラクチャーと呼ぶべき仕組みである。インフラは正常に機能しているのが当たり前で、何かしらトラブルが発覚した場合には管理者は激しく糾弾される。そして、平時問題なくこれを運用するのがどんなに困難でも、称賛を受けることはない。要するに、その価値は正しく認識されていない。

 さらに、この王都エデュカシアだけで約10万人、国内全域で約30万人の戸籍を手作業で正しく保ち続けるのは、最早神業と呼んで差し支えない。現在それがどこまで実現できているかは脇に置くとしても、それを少数で維持しようと努める課員達は常に疲弊している。


 ならば、仕事を変える他ない。俺の抜ける程度の小さな穴で業務が流れないのであれば、単に穴を埋めるのではなく別に最短経路を作ってそちらを走ればいい。


 サドゥさんは少し考えて、心配そうに俺を見つめた。


「大変ありがたい申し出ですが、カイさんの負荷が高すぎるように感じてしまいます」

「片手間に趣味でやるので問題ありません。それに、手伝ってくれそうな奴に心当たりもあります」

「ならば……方向性が定まったらすぐに教えて下さい。それから、最低一週間に一度は状況と進捗を教えてください」


 俺が頷くと、サドゥガ・ターカー課長は、深々と俺に頭を下げた。


「宜しくお願いします」

「機会をいただき、ありがとうございます」


 俺は負けないくらい深い礼を返した。

 サドゥさんが早足に資料室を後にした後、俺は一人で思考を巡らせた。いくつかヒントはあると思う。

 例えば、既存業務のプロセスを見直して、地道に改善する。以前、会社で手掛けたプロセス改善のプロジェクトの経験を頼るのもいいだろう。その時に紹介され、参考にした「ECRSイクルス」と呼ばれるフレームワークがある。Eliminate:取り除く、Combine:結合する、Rearrange:組み替える、Simplify:単純化する、の頭文字を取ったもので、これらの観点で各業務の見直しを行う手法だったと記憶している。

 しかし、現状の分析から新しい業務フローの策定、それを定着化させていくという流れには、相当の時間がかかってしまうし、この世界の業務に対しては実績がなく、効果も未知数である。恐らく中長期的には考慮すべき観点だが、今俺が求めている短期的な改善には向かないように思われる。


 ただ、こうした正攻法とは別に、まだ朧気だが一つ心当たりがある。そう、ヒントはあの「識鑑の球」だ。俺はアキルの記憶と合わせてその可能性を吟味しながら、ゆっくりと椅子から立ち上がった。

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