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【05】モーニカのその後と、彼女から見たガーティについて

 モーニカ・ヘソナイトは、青春を将来のためにささげた。

 つまり、勉強に全振りしたのだった。


 もちろん友人を作ったり、彼らと交友はした。

 だが、恋人を作ろうとするような行為は一切しなかった。


「もう男はいいわ」


 それより、役人になりたかった。


 実家の目下最大の課題である治水工事。

 順調に進んではいるものの、定期的に問題が発生し、両親や兄たちが頭を悩ませている。


 しかし領内の問題は、それだけではない。

 そうした様々な問題に対処出来る立場になろうと、モーニカは心に決めていたのだった。


 こうしてモーニカは学院内でよい成績を修め実家に帰り、そして領地経営に携わる役人となった。



 ◆



 役人になってからも、モーニカには男の影はない。


 領主の娘であり、顔も悪くないし性格も朗らかでサッパリしている。

 平民との距離が幼い頃から割合近かった事もあり、平民への強い差別意識もない。

 すべての家事を彼女がこなすような完全な平民生活は無理でも、ある程度家事をする手伝いが雇える程度の生活水準さえ保てれば、普通に平民の生活も出来そうである。

 今は爵位を持っておらず、彼女と結婚しても、結婚相手が貴族の身分になる事はない。

 しかしモーニカはまだ若いので、将来的には親(あるいは跡を継ぐ兄)から一代限りであろうが爵位を得る可能性も十分にある。


 将来的な事を考えても、彼女は良い相手であった。

 貴族同士の結婚の話が聞こえてこないという理由もあり、彼女の夫の地位を狙う男はそれなりにいたが、結婚を申し込まれたりするたびに、モーニカはきっぱりバッサリ相手を振った。


「結婚願望はないの。私に時間を使う分、他の方に目を向けた方が良いわ」


 その言葉は嘘ではないというのが、ともに仕事をしていればだんだんと分かってくる。

 そうした考えと態度が浸透していくにつれ、周りの人々もモーニカにそういう目を向ける事がなくなった。たまに外から来る人間がモーニカを狙う事もあったが、そうすると同僚たちが「彼女は結婚願望がないんだよ」「仕事と結婚しているんだ」などと止め、ガードしてくれるようにすらなったのであった。



 ◆



 ――そのようなモーニカの状況で一番に衝撃を受けていたのは、彼女の母である男爵夫人である。


 ヘソナイト男爵夫人は、当初、大人になれば娘がまた恋をするようになると思っていた。


 ところが大人になって働き始めても全くその気配がなく、いまだに男と交際する気もないモーニカに悲しんだ。


 男爵夫人は一般的とされている貴族女性の幸せな人生をたどった女性だ。

 貴族家に生まれ。

 幸運な事に、領地を持つ貴族家の跡取りと結ばれ。

 夫との間に男児一人、女児一人を儲けた。


 若い頃の接点はともかく、現時点で深くかかわっているような女性は、男爵夫人とそう変わらない人生を送っている令夫人ばかりであった。自然、彼女にとっての幸せの形は、自分と同じような人生という事になる。


 そんな男爵夫人(ははおや)にとって、モーニカ(むすめ)の生き方は不幸でしかなかった。


 度々、今度こそ周りからの評判も良い貴族令息の釣書を持っていき、そのたびにモーニカに呆れた顔で追い返される……という事を繰り返していた。


「お義母様。モーニカの事は、少し何もせず放っておいてあげてくださいませ」


 義理の娘となったドロテーエにそういわれ、渋々、引き下がった。ただ、その後も異性とそういう話題は全く上がらず……そんな折、知り合いから、異性にひどい目にあって以降、異性不信になり、同性の恋人を作るようになった人がいると聞いた。

 モーニカに男性不信の様子はない。兄や父親という親しい身内だけでなく、職場でも問題なく触れ合っている。

 ただ、同僚と恋人や伴侶では別という可能性もある。

 もしかすれば、学院時代か、あるいは今の職場で、同性の秘密の恋人がいるのかもしれない――そう考えた男爵夫人は、モーニカに分からないように彼女の周囲を調べた。


 ……が。


 結論としては、同性の中にも、モーニカと恋仲の相手はいなかったのであった。


 結局、モーニカは誰かと恋をする事そのものを遠ざけているという事実が、浮彫になっただけであった。


「私たちがガーティとの関係を強要していたせいで……! モーニカは……」


 そう嘆く男爵夫人(つま)を、夫であるヘソナイト男爵はそっと慰めた。慰めながらも、気持ちは同じであった。



 治水工事を成功させるために、子の思いを蔑ろにした。

 治水工事には、多くの領民や将来の領民の命もかかわってくる。だから政略結婚を結んだ事自体は、間違っていなかったと思っている。


 だが、明らかに合わないと、あれほど息子(オーディロ)に訴えられていたのに、その言葉に耳を傾けなかった。

 ガーティと会うどころか、ムーンストーン子爵家に行くのさえ嫌がり始めていたモーニカともっと向き合うべきだった。


 幼い頃から交友を深めさせて距離を縮めて、などとしなければ……もしかしたら大丈夫だったかもしれない……と、同じことばかりを繰り返し思うのであった。


 そうでなくとも、どうしようもなく子供たちがすれ違っていると分かった時に、腹をくくって、別の形でムーンストーン子爵家と関わりを強める方法だってあったのだ。それを、新しいすべを模索する事をせず、モーニカとガーティにあれこれと押し付けた。


 結果は、今の通りである。



 ◆



 両親がそんな風に悲しんでいる事を、モーニカはなんとなく感じていた。

 だが、モーニカはもう結婚も、なんなら恋も、綺麗なものとは思えなかった。


 貴族学院時代、恋をしている同級生は沢山いた。


 仲には婚約者同士という者もいたし、そうではなく将来性は分からないが今好き合っているという者もいた。


 多くの人が幸せそうにしていた。


 それをモーニカは見てきたが――それを見て、羨ましいという感情すら、モーニカにはなかったのだ。


 その感情は、大人になった今でも同じである。


 ただ、トラウマゆえにそうなったという感じではない。少なくとも、モーニカの自己認識ではそうであった。

 なんなら今はもう、ガーティを見ても特に心が揺れる事もない。

 周囲はとても気を使ってくれているが、モーニカとガーティが顔を合わせてしまう事は度々あった。


 モーニカはヘソナイト男爵領で働く役人。

 ガーティはムーンストーン子爵家の跡取りで、こちらは、子爵(おや)の下で役人として働いている。


 いつもではないが、時折、顔を合わせてしまう。


 向こうはモーニカの顔を見ると申し訳なさげというか、罪悪感がにじんだ顔で、軽く礼をし、サッサと離れていく事が多かった。

 或いは話さなくてはならないときは、酷く言葉につまりながら返答してくる事が多い。


 幼い頃はガーティに上から目線で語られてばかりであったモーニカにとっては、なんだかとっても不思議な事である。

 たまに向こうから話しかけられるとしたら、ドロテーエの現状についてか。


「……ドロテーエは、その、元気だろうか……」


 そんな風に斜め下を見ながら聞いてくるガーティに、モーニカは「元気ですわ」と答える。嘘ではない。義姉となったドロテーエはイキイキとして、次期当主夫人として動いている。

 そう答えるとガーティはホッとした顔で「そうか」と言う。ここで会話は終了するのだ。



 ◆



 婚約破棄を宣言した前と後のガーティの事を、役人として働いているモーニカは(オーディロ)から聞いている。


 まず、前。


 そもそも賭博にハマった原因の一つは、付き合った友人の一人にあまりよくないのがいた事だったらしい。

 腐った果物をそのまま箱の中に入れておくと、他の果物も早くに腐るという。

 それと同じく、その一人と付き合っていた令息たちは、皆、悪い影響を受けて賭博場に出入りするようになった。


 そうしてハマッた後、止めてくれる家族もいない分、あっという間にガーティは賭け事にハマりこんでいった。


 この賭博場は、賭博を行っている場の中でも性質が悪い方の場所だったらしく、出入りしていた人間の殆どがよろしくない思考の持ち主であった。

 周囲が皆そんなであれば、「それが正しいんだ」「当然なんだ」と思うようになるもので……ガーティと友人たちはあっという間に、()()()()()()()()()()()()()考え方に染まっていったのだ。


 そして、借金で首が回らなくなり、お金を得るために相手の有責で嫌いなモーニカとの婚約を破棄し、お金を手に入れて借金返済! という無理筋過ぎる事を考えたのだという。

 なおこの考え、友人たちには支持されていたというので、友人たちの人となりも想像が容易い。


 だがこの作戦は失敗し、ガーティが有責で婚約は破棄となった。慰謝料も、ガーティが払う側になった。


(この話を聞いたおかげで、私は貴族学院での友人関係について気を付けられたわね)


 両親はできる限り何も話さないようにしていたが、オーディロが「反面教師に出来る部分もあるから、聞きたければ教える」と言ってくれたおかげで、事前にそういう()()()()()を聞けたのだった。

 兄の判断に、モーニカは感謝している。



 そうして、婚約破棄後。


 ガーティは両親からこれでもかというほど叱られて、常識を語られ、自分が愚かなことをしていたと認識していった。

 そのうちに姉の前の婚約がだめになったりし、自分がどれだけ周りに迷惑をかける行為をしていたかも、理解していったのだという。


 ガーティはモーニカがいないタイミングで、貴族学院に復学し、卒業した。


(この判断は、助かったわ…………学院は広いけれど、万が一にでも接触してしまう可能性はあるもの。あと、妙な噂が立つ可能性もあったから)


 子爵家の跡を継ぐ以上、貴族学院を卒業したという認定を持たないのは外聞が悪い。

 今の時点で既に十分なぐらいに外聞が悪いが、更に外聞を悪くする利点はない。時間はかかったが、卒業したといえるほうが、幾分かましであった。

 そのために、子爵もガーティを復学させたのであろう。


 そこで、モーニカが卒業するまでの四年(休学を始めた年を入れれば五年だ)もの間、休学させたのは、子爵家からしても難しい判断であったはずだ。さっさと卒業させるなら、一年でも早く行動させたかったはず。

 そうしなかったのは、モーニカへの配慮故だと思われた。


(その点に関しては、子爵夫妻(おじさまたち)には感謝ね)


 まあ、その五年のブランクの間に、下っ端から働かせていたらしいが。貴族の時間を無駄にするのは領民からすれば無駄な税金を使われるのに等しいので、何かしら仕事をさせるのは当然だったのだが――一般的には、跡取りが完全な下っ端から働かされるという事はまずない。

 上司からしても、将来的に自分の上に付くと分かり切っている人間を部下として扱うのはやりづらいものだ。


 だが、ガーティは多大な金銭と人員を送り込んでいる治水工事を終わらせかねない失態を犯している。

 一度大きな失敗をしたからには、領民からの信頼を取り戻すための仕事の功績が必要だ。


 ある種、領民へのパフォーマンスだったのかもしれない。

 当主は息子の愚かな行為を許していない――という。


 復学した後は、とてもおとなしく過ごしたそうだ。嘘ではないというのは、実際に大人しいガーティを見ているので、モーニカもわかる。


 そして卒業後は、復学前にもともと働いていた部署からやり直し、現在はそこそこの地位にいる――のだが、仕事での功績はある程度認められている一方、結婚の話はちっともない。


 一度やらかしているとはいえ、領地を持つ家の跡取りなのだ。一人もいないというのもおかしな話であるが――どうやら、話が有っても断っているらしい。


(妙なところで似た行動を取っているようになっていて、いやね)


 とモーニカは思った。


 ガーティがどのような心理で結婚の話を断っているのかはわからない。

 だが傍から見ると、モーニカもガーティも婚約破棄事件がきっかけで恋愛も結婚も遠ざけている人間にしか見えないだろう。


(まあ、もうガーティは私の人生には関係のない人だから良いのだけれど)

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