上海巡撫は元文学少女
1~3枚目の挿絵の画像は、みこと様より頂戴致しました。
そして4枚目の挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
松江府出身の韓邦慶が記した「海上花列伝」を記念する文学碑の除幕式に立ち会えたのは、私こと朱雀媛にとって誠に名誉な事でした。
上海市の地方自治を司る上海巡撫として、そして何より幼い頃からの読書家として。
これ程の僥倖は御座いませんよ。
しかし誉れ高き出来事は、これだけではなかったのです。
「巡撫、貴賓室にて殿下が御呼びです。」
「分かりました、馬松華。」
右布政使に笑顔で応じたものの、この時の私は内心ではひどく動揺していたのです。
『殿下に何か御無礼があったのでは…』
そんな不安に思考を支配されていたのでした。
「巡撫、御顔の色が優れませんが、何処か具合でも…」
「いえ…御気になさらず、明梓晴…」
御陰で部下の左布政使にも余計な気を使わせてしまいましたよ。
しかし私の不安は単なる杞憂に過ぎなかったのです。
貴賓室に入室した私を、殿下は穏やかな微笑で迎えて下さったのです。
「朱雀媛、此度の除幕式は大儀であった。妾も参列出来て光栄である。実は貴公に別途引き受けて貰いたい事があってな。」
「はっ、愛新覚羅麗蘭第一王女殿下!何なりと御申し付け下さいませ!」
拱手で礼を示す私に、殿下は余裕に満ちた微笑で応じされたのです。
「そう恐縮せんで良い。此度に備えて妾も『海上花列伝』を読み返したのじゃが、これが面白くてな。これを機に上海に纏わる小説に触れて理解を深めようと思うての。聞けば若き日の貴公は、寝食忘れて読書に勤しんでいたそうな。妾に御勧めの上海文学を教授して貰えまいか?」
「御勧めで…御座いますか?」
正直な話、御勧めしたい本は枚挙に暇が御座いません。
しかし先方様は、中華王朝次期天子であらせる愛新覚羅麗蘭第一王女殿下。
選書にも細心の注意が必要ですね。
「上海が舞台の小説ですと、まずは芥川龍之介の『アグニの神』が挙げられます。そして…」
「ふむ、他には?」
殿下に請われるまま、私は租界時代の上海が舞台の恋愛小説や武侠小説を幾つか御勧め致しました。
「太傅に先程メールで問い合わせたが、貴公の申した本は書庫にもあるそうじゃ。貴公の教授、感謝するぞ。」
そうして上海での御公務を終えられた殿下が帰城されて数日後の事。
私の手元に紫禁城から螺鈿細工の栞が届いたのでした。
それは何と、麗蘭王女殿下からの下賜品だったのです。
「殿下、御喜び頂けて光栄の極みです…」
自分の愛読書で、尊き方に喜んで頂ける。
正しく、読書家冥利に尽きる僥倖で御座いますよ。