序章
序章
「……ようやく成功したぞ! 何をしておる、そこの者! 急ぎ救世主様に衣服を!」
いつもと変わらない、学校からの帰り道。
ボクこと綾瀬つむぎは、その途中で急に意識が暗転したと同時に気を失い、しばらくして老人の怒号で意識を覚醒させた。
目を開くと、何故か衣服を一切身に着けていないボクの体の下には、微かに光を放ち続けている魔法陣のような模様。
傍にはゲームや漫画の世界でしか見たことがないような鎧に身を包んだ人物が、ボクにローブのような布を掛けてくれている。
少し離れた場所には、同じようなローブを身に着けた老人が、杖を持ったまま気絶しているのか、鎧を着た人達によってどこかに運ばれている。
一体何が……?
突然の状況変化に混乱しつつも起き上がって辺りを見渡す。
すると、高級感の漂う調度品に囲まれた広間の中央に、明らかにこの場にいる誰よりも身分が高そうな衣服を纏った初老の男性が、玉座と思われる椅子に座っていた。
さっきの大声は恐らくこの方のものだろうと考えるのと、ボクは自分が今、何か異常事態に陥っていると理解するのは、ほぼ同時だった。
「えっと……。すみません、ここは……?」
「おお、救世主様……。異界より手荒な招待、この国王ゲルダ。心より謝罪致しましょう。されど、どうか我らの世界を救うために、力を貸しては頂けないでしょうか?」
ボクが混乱しているであろうことを承知しているのか、自らを国王と名乗った男性は、安心させるようにそう言ってことの経緯を説明し始めた。
この世界は、ファンタジー作品によくある魔王やモンスターが本当に実在する世界で、それによりこの世界の人類は危うい状況にあるらしい。
そこで元最高神官でもある国王は、この世界の女神に神託を行い、こう告げられたそうだ。
『異界の門を開くのです。さすれば女神と見紛うような救世主がこの地に舞い降り、世界に光をもたらすでしょう』と。
「そして我は、その日より異界より救世主を呼ぶ魔法。すなわち召喚士の育成に取り組んでおりましたのです。……だと言うのに」
そう言うと、国王は苦々しい顔をしながら、ため息と共に言葉を続ける。
「嘆かわしいことに、召喚される英雄はどれも男ばかりでしてな」
「……? ええっと。男の方だと、何か問題があるのですか?」
「救世主様は妙なことを仰いますな。それは当然でしょう。女神さまは『女神と見紛う救世主』と申していた。つまり、救世主は女性であると考えるのが自然でしょうとも」
「…………」
ええっと……。
これは、訂正した方がいいの、かな……?
「そんな状況が続き、我が世界の魔法はこうも低能なのかと頭を悩ませながらも、法整備や男を召喚した召喚士の処刑を続けて数十年……」
「え?」
「ん? どうした、つむぎ殿」
「……あっ、いえ大丈夫です。続けてください」
「……? そうか。そして、もう諦めるしかないと思っていた所に現れたのが、つむぎ殿であったのだ。いやはや、その可憐な容姿。元の世界でもさぞ魅力的な女性であっただろう。まさに女神様のご神託通りである」
「あっ、あははは……。それは、大変でしたね……」
ようやく肩の荷が下りたとばかりに微笑みかける国王を前に、ボクは乾いた笑みしか浮かべることが出来なかった。
……国王さまは勘違いしているみたいだけど。
ボクは、れっきとした『男』である。
たしかに男としては身長も低いし、声も少し高めだし、どちらかと言えば体系も華奢な方だし、芸能スカウトの人からは十中八九女の子と思われて声を掛けられるけど、それでもボクは男だ!
と、咄嗟に訂正しないで良かった。
この世界での基準は分らないけれど、言葉の端々に散りばめられた物騒なワードから察するに、目の前に座るあの国王がガチでヤバい人だというのは間違いないだろう。
もしもボクが男だと分かれば、ボクの命だけでなく、ボクを召喚した召喚士の人の命だって危ういのは明白だ。
「ふむ……。時に救世主殿、貴殿は女性であるよな?」
「へ? あっ、はい……」
ボクは咄嗟に嘘をついてしまった。
だがしかし、国王はそれだけでは納得できないといった様子で言葉を続ける。
「いや申し訳ない。今まで召喚された者達が男ばかりで、どうにも不安でして。一人称はボクだし」
「こっ、こちらの世界では、わりとポピュラーな一人称なんですが……」
「それにさっきから妙な反応をしているような気がしてな。ちと確かめさせてはもらえないか?」
そう言いながら、国王が手をワキワキさせながら玉座から立つ。
マズい……!
ボクは今、裸にローブを纏っているだけの状態。
あの手で一体どうやって確かめるつもりなのかは分からないけど、そんなことされれば一発でボクが男だってバレてしまう!
と、ボクが命と貞操の危機を感じながら国王から後ずさりしていると、
「恐れ多くも国王様! 御注進いたします。救世主様の世界ではそのような事案に対し非常に厳しく、もし対処を間違えれば助力を断られるやもと、私の祖父より言付かっております!」
「……貴様は。おお、そういえば近衛兵。救世主様を召喚したのは其方の祖父であったな」
「ハッ! それに御身で確認せずとも、救世主様はこの美貌の持ち主です。このように可憐な男などいるはずがありません!」
「それもそうであるな。重ねて失礼を詫びる、救世主殿」
ボクとしては複雑な気持ちではあるけれど、どうやら納得してくれたらしい国王はそう詫びると玉座に戻り、それを見たボクと近衛兵の男性は胸を撫で下ろした。
……?
なんで近衛兵の人もホッとしているんだろう?
「さて、この世界の状況に関してはご理解いただけましたかな? 不躾な願いであることは百も承知しております。異界の民である貴女様には、ご迷惑であることも存じております。しかしどうか、我々を救っては下さいませぬか。救世主様……!」
そう言うと、国王だけではなくその場にいた兵士全員が、ザッとボクに頭を下げてきた。
……この状況で断れる人間は、果たしてどれくらい居るんだろうか?
「ええっと、よろしくお願いします……?」
ボクのか細い返答は、国王と兵士の方々の歓声によってかき消された。