表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/45

第七話 永き悪夢はお見舞いイベの後に

 ここからは長い後日談。


 ドゥが寝ている間に身なりを整える。ドゥの父親へ挨拶に伺うのだ。ドゥの父親に息子を返せと怒られたらどうしよう。胃が痛かった。

 人目を引いてしまう黒髪と半端な色の肌をマントで隠し、彼の家の戸を叩く。中年の男性が出てきた。

 短い金髪はM字に禿げ上がり、額には三本のシワがくっきりと刻まれている。左頬に大きなシミがひとつ。彼がドゥの父親であり、私の転生した影響をモロに受けた被害者だ。

 私は生唾を飲み込む。頭を深く下げながら風邪をうつしてしまったことの謝罪、ドゥを預かっている旨を父親に伝える。

 彼の父親は興味なさげにそうか、勝手にしてくれとだけ言って戸を閉めた。



 ドゥが全快したので、お礼に豪華な晩御飯を用意する。木苺パイ、川で釣れたなんか魚、イチジク、それから赤ワイン。


「本当は大人になってからなんだけどね」


 私たちは静かに乾杯をした。



 老婆の置き土産たる偶像になむなむしていると、ドゥが不思議そうな顔をしている。お祈りの仕方を教えると、一緒になむなむしてくれるようになった。紅葉のような手を合わせ、真剣にお祈りしている姿は微笑ましいものがある。



 ドゥが狩猟に興味を持ち始めた。キジを取った成功体験を忘れられないようで、朝早くに森へ入り夜しょんぼりしながら帰ってくる。危ないからひとりで森へ行かないよう言い聞かせているけれど、子供は言うことを聞かない。



 食事に関してドゥは味見の概念を知るや否や、驚異的な成長を見せた。

 私が作ると『腹を下さなければ良い! 雑草 with 砂利スープ』だったのが、ドゥが作れば『グリーンスープ 〜季節のバジルを添えて〜』に大変身。あまりに美味しくて「草! すごい、草!」と言ったらドゥが拗ねた。草呼ばわりしたのが気に食わないらしい。すみません。

 将来は村のコックさんだね、と冗談めかして言ったら否定された。どうやら将来は強い兵隊さんになりたいらしい。実に男の子ですね。

 自分で料理を作り始めたせいか、ドゥがバジル嫌いを克服した。

 強い兵隊さんになるなら好き嫌いもなくさなきゃね、と言ったら首を振られた。将来の夢は猟師さんに変わったらしい。

 庭で昼寝するドゥに毛布をかけてやる。


 明日の彼の夢はなんでしょうね?


「大きくなるんだよ」


 私の呼びかけに、お昼寝ドゥワァは口をむぐむぐするばかり。



 狩った動物たちの毛皮がそれなりの値段で売れる。なんとか今年の冬も越えられそうで胸を撫で下ろす。



 冬支度が終わらない。森で小枝集めをしながら元いた世界の歌を口ずさむ。

 米津玄師、YOASOBI、スピッツ。ポルカドットスティングレイにトーマ、それからずっと真夜中でいいのに。

 ドゥはポルノグラフィティの『パレット』がお気に入りだ。いい趣味している。



 うさぎの毛皮でドゥにマフラーと手袋を作ってやる。マフラーは横幅がまちまちで、手袋の指の部分には大きな穴がひとつ空いてしまっている。不恰好な防寒着なのにドゥは喜んでくれた。


「来年はもっと上手く作ってあげるからね」


 彼は目を細め、見るものをほっとさせるような優しい笑みを浮かべた。家の中でもずっとうさぎの防寒着を身につけている。



 冬の足音が聞こえる。


  *


 奇妙な夢を見る。

 女の子の夢だ。名をマリアと言った。彼女は天井のない荒屋で母親と二人暮らし。

 父親は分からない。母親は「村のみんながあなたのパパよ」とマリアに教えていた。

 マリアの母親は知能障害がある人らしかった。発言は支離滅裂で、虚言癖があった。

 彼女曰く、自分は王族の血筋であったが、マリアを産んでしまったためその座を追われた。

 お前のせいだと怒鳴りながら夜毎母親はマリアを打つ。

 村人からマリアの母親は「淫愛の魔女」と呼ばれていた。

 褒められた母親でなかったが、マリアにとってはかけがえのない存在だった。


 マリアは母親を愛していた。


 ある日マリアが扉を開けると、全裸の母親が胎を滅多刺しにして殺されていた。

 村の女たちはどこか清々しい表情を浮かべ、男たちは気まずそうに俯く。誰もマリアを助けようとする者はいなかった。

 マリアはたった六歳だった。

 

  *


 異世界の冬は長い。挙げ句雪が積もる。東北地方並に雪が積もる。こっそり雪を「白クソ」と呼んでしまうくらい積もる。


「外、白クソすごいよ」


 暖炉のそばから動かないドゥに声をかける。薪を焚べても焚べても吐く息白く鼻頭は真っ赤っか。

 隙間風が容赦なく吹き抜ける我が家だ、断熱仕様なんてありゃしない。下手したら外より寒い。

 ドゥは何枚も布を羽織り、首にはうさぎのマフラーを巻いていた。

 

「ふぶいている中家に帰るのも大変だろうし……。ドゥ、今晩も泊まっていく?」


 ドゥは首肯する。風邪を引いて以来、たびたび彼は小屋で寝泊まりするようになった。

 私は両手に息を吹きかけ、かじかむ手をこすり合わせる。

 ご飯にしようか、と言いかけて咳き込んでしまう。臓腑が焼けるような、痛く苦しい咳だった。口元をおさえた手に血がついていた。


 ぶるりと体が震える。


 このところ手先の痺れが取れない。口内炎もずっとできたまま。ものを食べても吐くか、腹痛を伴う下痢になる。身に覚えのない痣が体中にある。痣をよく見ると、赤児の手のような形をしている。

 幻聴を聞くようになった。いないはずの赤児の泣き声が家中から聞こえてくる。

 激痛で目が覚め、一睡もできない。


 私はこの冬を越えられるのだろうか?


 顔を上げると、緑の瞳が私を見つめていた。私は努めて笑顔を作る。


「大丈夫だよ」


 発した言葉はドゥではなく、私自身に向けられていた。ドゥに見られないよう、そっと服の裾で吐血を拭う。

 ドゥのおかげで冬支度を終えられた。あとは頭を低くしてこの季節を乗り切るばかり。

 大丈夫、大丈夫だ。

 春になったら老婆の部屋を片付けて、ドゥが寝泊まりできる場所を作ってあげよう。ずっと居間に寝かせるのも忍びない。


 この子を残して死ぬわけにはいかない。


 月のない吹雪の夜だった。

 久方ぶりに深い眠りについた私は、長い長い夢を見る。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ