あとがきにかえて
某国の民話には褪せ肌の魔女と呼ばれる乙女が登場する。目なし口なしの大男と共に国を遍歴する彼女は、春をもたらす女神の使者だ。
彼女に関連した、風変わりな慣習がある。
春が来ても一週間は外に出てはいけない。できることなら窓を閉め切り、開けてもいけないのだという。
褪せ肌の魔女は大層美しく、彼女を見た者の魂を抜き取ってしまうためだ。
*
三十年間行方知れずとなっていた子供が村に帰ってきた。子は老いず、当時の姿のままだったと云う。
何があったかたずねられて、子曰く、
親と些末な事柄で口論となり、家に帰らぬ覚悟で森の奥地に入った。
夜中の森でひとり泣いていると、この世のものとは思えないほど美しい女と、黒い大男に出会った。
美しい女に帰る家はどこだとたずねられたが、そんなものはない、と答えた。
女と大男は色々とやり取りをし、では我々についてくるか、と女に聞かれた。
ついていく、と答えると大男が子を抱き上げた。子はふたりに連れられ、この国を練り歩いた。
女は瞬く間に果実を実らせ、男は見えない手足を生やし宙を歩いてみせたという。
ある時、子の村のそばを通ると、郷愁の念が湧き、ふたりに黙って村に戻ったのだという。
子は再び森へ入ったが、彼らと出会うことはなかった。
*
『死体引き』
昔々、悪事ばかりを働く男がおった。
その日も男は悪さをするため山へ入ると、女が獣道を歩いていた。うっとりするほどべっぴんだった。
女はえんえんと涙を流し、四角い木箱を引いている。
男は女をものにしてやりたいと思い、女に近づいてあれやこれやをたずねた。
名は?
女は答えない。
なぜ泣く?
女は答えない。
その大きな木箱はなんだ?
女は答えない。
どうしてひとり歩く?
「罰だから」
女は小さな声でそう答えると、糸が切れたように倒れてしまった。
風変わりな女だと思いつつ、男は女を担ぐ。自分の嫁にするためだ。
男は木箱を開ける。自分の財産にするためだ。木箱を開けた男はおったまげた。
木箱には人の死体が詰められていた。死んで随分経つのだろう、どんな顔なのかも分からない。かろうじてわかるのは黒い髪の大男の死体であることばかり。
男はべっぴんな女が急に恐ろしく思えてきて、女を放り捨て逃げたんだそうな。
不用意に山へ入ってはいけないよ。山は神々の領分なのだから。
とっぴんぱらりのぷう。
*
この国には闇に覆われた都がある。化学の進歩著しい昨今においても、その闇の正体は未だ不明。
闇の都に踏み入れれば方位磁石は狂い、帰り道を失い、生きては帰れぬという。
若い男が死に場所を求め闇の都を訪れた。闇の都は雪に覆われ、あまりの寒さに、これから死ぬとはいえ、防寒具を着込むべきであったなぁ、と男は後悔していた。
あなたは誰?
典雅なる声に振り返り見れば、この世のものとは思えぬ美しき小娘。男はすぐさま化生の存在だと看破した。
美しき小娘が腕に人の頭蓋骨を抱いていたためである。
男はガックリと肩を下ろす。
俺は化生に喰われ死ぬのか。
あなた、この世界は好き?
男は恐ろしく思うも、ままよと胸中を吐露する。
こんな世界、糞喰らえだ。
神は死に腐り、奸臣佞臣が跳梁跋扈し、人々に信仰はなく、他を出し抜き裏切りは誉とされ、男女は和合することなく、子らは自らの性に惑う。
俺はこの世界が嫌いだ。滅んでしまえ。
化生は鈴が鳴るようにころころ笑う。
では、ますます生きなくてはね。
化生が男の脇を通り抜け、ずいずいと進んだ。
壊れてしまった器の破片を集めて、直すのにずいぶん時間をかけてしまったけれど。
古き誓いを果たします。
化生は腕に抱いた髑髏を掲げた。
すると化生の周囲に地上を覆っていた闇が集まり、ぐいぐいと吸われて消えてゆくではないか。男はたまらず目を閉じる。
男が目を開くと、王都を覆う闇は消えていた。化生の姿もない。
残されたのは、うぶれた廃屋、太陽に照らされ白く光る雪、果てなく澄み渡る青空のみ。
男は呆と空を見上げるばかり。
久方ぶりにまじまじと太陽を眺めた男はなんとはなしに、生きねば、とひとりごちる。
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