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最終話 無音の唇に真実の愛を誓う


 徒歩移動キッツ。


 食料はいらない。私がその辺から果実を生やせばいい。

 森にあるもので野宿する術を学んだので荷物は必要最低限。

 身軽なはずなのに、きつい。ぬかるみが歩きにくく体力を奪われる。女神の祝福を撒いてるせいで勢いよく木々が育ち、油断していると根っこが現れ足を取られる。


 コケて怪我をすればさぁ大変。

 ドゥさんがめちゃキレる。


 足元を見ろ。怪我が命取りなんだぞ。おとぼけ屋のうっかりさんめ! とのボディランゲージののち頭をぺちりと叩く。地味に痛い。


 必ず助け起こしてくれるし、私を案じての行為なのは承知なのだけど「精一杯やってこのざまなんです!」と叫びたくなる。


 自然足元ばかりを注視しての行軍となる。先行くドゥが急に立ち止まると、その体に思い切りぶつかってしまうわけでして。


 ドゥの背中に高い鼻を強打。

 なんだどうしたとドゥを見やると、穏やかな無表情で左側の景色を指差していた。


「……あのね、ドゥ。月桂樹が黄金に輝いてるの。毘蘭樹の樹皮が剥がれて落ちた。灰色の樹皮がね。赤褐色の木肌がきれい」


 ドゥは両眼を失った。目の代わりに耳や鼻で事物を捉えているらしく、問題ないと教えてもらった。

 目に見えているものをドゥに伝える行為は、私の自己満足に過ぎない。


「ねぇ、ねむの木が太陽に向かって手を伸ばしているの。右手にはねずみもちの木もある。白くて、小さな花がきらめいて……」


 ドゥが私の両肩に手を置く。体を向けるとドゥの顔がすぐそばにあった。空洞の眼窩は私を捉えて離さない。


 ドゥはゆっくりと口を動かした。彼が無言で編んだ言葉が信じられず、まばたきをくり返す。


「ドゥ、今……。『おもしれー女』って……」


 ドゥにとっては家族を失うことになった呪詛である。どうしてそれを今になって?

 彼の真意が掴めず考え込み、はたと思い至る。


「もしかして、その、私が『おもしれー女』っていう男が好きだから……?」


 彼は否定せず、音を立て唾を飲み下した。見れば耳まで真っ赤っか。


 声を出して笑ってしまう。


 馬鹿笑いする私を真剣な眼差しで見つめ続けるドゥが可笑しくて、お腹のあたりがあたたかくて、居ても立っても居られないくらい彼が愛おしくて、私はドゥを抱きしめた。

 形の良い頭部に触れ、髪を耳にかけてやり、そっと囁く。


「あなたは私と番うために生まれたと言ったけど、逆だった。

 私が、あなたを愛するために、この世界に転生してきたの」


 そのままドゥの頬に口づけする。

 ドゥは私を引き剥がし、甘いキスの雨を降らせた。彼の唇は無音で、何度も愛の言葉を形作る。


 酔いどれ司祭は『堕落したこの世に真実の愛などない』と断言した。大司教様は『真実の愛などただの言葉遊びに過ぎない』と絶叫した。

 私もこのふたりの考えに同意する。真実の愛なんて所詮幻想なんだろう。


 幻想だと知りながら、私はその嘘に騙されてみることにした。


 甘いシャワーが終わり、私はドゥの手を取る。ドゥも私の手を握り返す。


「ねぇ、私がんばるから。

 だから私のために幸せになって」


 森の中は薄暗く、先は見えない。終わりがあるかどうかすら分からない。きっと女神だって知りっこない。


「あなたはどんな風に世界が見えてるの? ……私が、黒の……もや?

 ヘンテコで素敵な世界ね」


 ここから始めよう。

 糞女糞神糞が作った、糞みたいな世界で糞糞糞糞な私による、糞糞異世界糞転生を。


「行こう、ドゥ」


 愛しい人と共に。




おわり

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