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第三十六話 お別れはいつだって

 王城で運命の選択から半年が過ぎようとしていた。私とドゥは馬車に乗り、街道を駆ける。


 アーサーから突きつけられた二つの選択肢。


 私は人として死ぬことを選んだ。


 私たちは白のローブを纏う。絹のような肌触りで汚れがつきにくく、それなりに気に入っている。

 となりに座るドゥは目隠しを巻き、ぽんやりと外の景色を眺めていた。


「君が王都を出てから腐れ祝福は伸長をやめた。私の仮説は正しかったよ。

 広がらないだけで空に残ってはいるけどね」


 アーサーの仮説「私が離れれば腐れ祝福(暗闇)は広がらない」を証明するため、私とドゥはアーサーの従僕と共に、半年の間王都を離れていた。


「残された腐れ祝福はどうなるだろうねぇ。しばらくはあのままだけどその先は……。私にも見えない」


 アーサーは単身王都に残留。腐れ祝福を観察し続けた。


「このまま王都に『退蔵』され続けるかもしれないし、溶け出して国を蝕む呪いとなるかもしれない。案外勝手に消滅するかもね!

 現状どうしようもないんだ。後生畏るべしとも言うし、あとのことは子孫に任せよう」


 無責任な、と言いかけるが、そのような状況を作り出したのは他ならぬ私である。


「人里を避け、言葉に気をつけなさい。大声を出さないだけでなく、女神を侮辱する言葉を口にしないように。いいね?」

「あの、いいですか?」


 アーサーは視線で私の質問を許可する。


「かの女神ならば、心も読めるのでは?」


 女神は出会い頭に私の過去をのぞいたのだ。心が読めても不思議ではない。


「心内でなら悪罵を吐いても許される理由は? いや私は腹の内で女神を罵倒したことなんて一度もないのでよくわかんないんですけども」

「君は嘘をつく訓練をしたほうがいいね」


 内心何度も女神を毒づいてきたこの私。いつ天誅が下ってもおかしくないのに、いつまで経っても死にやしない。


 なぜ?


 なぜだか不思議と、彼ならこの疑問に答えてくれるような気がしたのだ。


「そうだなぁ、単純に心を読む能力がないとみなしたほうが明快だけど……。

 仮に女神が思考や心を読めるとしてさ」


 アーサーは車内を飛び回るハエを指差した。


「ほら、この虫の言葉を私が理解できるとしよう。『アーサー様素敵!』『抱いて!』と健気に叫ぶんだ。かわいいね」


 ブンブン飛び回るハエと戯れる中年の姿は、さながら汚いディズニープリンセス。アーサーは虫を指二本で捕える。

 ハエの動きを先読みしたかのような、素早い動きだった。


「これの心情がわかるとしてもさ、キモくね? ゆうて下等種だよ? わざわざ心をのぞくわけないじゃん。女神だって同じさ」

 

 ハエがプチリと潰される。汚ねぇと言い、アーサーは身につけていた手袋ごとハエを窓から放り捨ててしまった。

 どうしてアーサーにこの質問をしてしまったか理解する。この男の痛々しいまでの不遜さが、物語の結末を飾る悪党のような底意地の悪さが、女神とダブって見えるのだ。

 


 響くは蹄鉄の音。

 街道を抜け、枯れた木々の乱立する森の近くで馬車が止まる。


「見送りはここまでだ。降りなさい」


 顔覆いをつけた御者のひとりが戸を開ける。

 ドゥが先に降り、私もそれに続く。


 地に足をつけると若葉が芽生える。風は女神の祝福を運び枯れ木に青々とした枝葉をつけた。春の訪れを感じさせる景色にアーサーが口笛を吹いた。


「いつ見ても圧巻だね! 流石化け物! 殺したらどうなるもんか知れないや。化け物への対処は、隔離か追放のみ!

 ……さて、私は君に二つの選択肢を与えた。


 ひとつは王都に留まり続けること。


 腐れ祝福は伸長するとは言ってもその速度はとろい。国全土を覆うにしても五十年はかかる。我が国に腐れ祝福がかかるのは更にその先。そもそも国全土を覆うほど腐れ祝福が生まれ続けるか? という疑問もある。

 君は言葉で他者を殺害できる女神の耳目。生ける災厄だ。

 王都に居座られても困るけど、下手に外を歩き回られても厄介。いっそ王都に留まり続けてもらって、人でなしの半神になっててもらった方がマシ。

 こっちの方が管理しやすいし、君にも負担はない。

 君は愚かにも、困難である別な道を選んだ」


 私は目を閉じ、体を抜ける風を浴びる。王都では感じることのできない、生命のにおいをかぐ。


「女神が国に祝福を撒かないというのなら、代わりに祝福を一身に受けるものがそれを大地に撒けばいい。

 君は死の土地と化したこの国を遍歴し、女神の代わりに祝福を撒きなさい。ひとたび足を止めればそこに腐れ祝福が生まれる。

 歩き続けるんだ。死ぬまで歩き続けるんだ。死んでも歩みを止めてはならない」


 アーサーは淡々と言葉を続ける。


「敗走した勝利の女神の意志に反する行動を始めるんだ。女神は怒り、君に祝福を与えなくなるかもしれない。君を呪うかもしれない。

 全ては女神の胸三寸で決まる。


 たとえ祝福を与えられなくても歩き続けなさい。祝福の代わりに自分の命を散らし、他者を生かしなさい。

 たとえ非業の死を遂げたとて、誰かを憎んではいけないよ。君が選んだ道だからだ。


 人前に現れてはいけない。繰り返すが君は災厄だ。人を狂わせ惑わせ害をなす存在なんだ。

 誰に感謝されなくても世界のために歩き続けろ。人々から恨まれてもその人々のために歩け。忘れ去られても世界の辺境を歩み続けろ。


 これこそ君が選択した運命、人として死ぬ道だ。


 どう? 怖くなった? 王都戻って腐れ引きこもり生活する? まだ間に合うよ?」


 振り返り、アーサーを見やる。眼帯で覆われたその顔の真意は読めない。

 言葉に力が宿らないように注意しながら本心を語る。


「王都には帰りません」


 ドゥは王都に居続けるべきだと主張した。女神の機嫌次第で私が死ぬからだ。


「私は素敵の人たちと巡り逢えた世界を愛しています。だから、少しでもこの世界に恩返しがしたいんです。

 たとえ、女神に祟り殺されたり、命を他人に分け与えることになっても……。この世界に何か返したい」


 私はアーサーに頭を下げた。


「アーサーさん、お世話になりました。お陰様で一歩、踏み出すことができました。


 御恩は忘れません。


 あなたは王都の腐れ祝福を子孫に任せると言いました。……必ず、私の手で解決してみせます。

 それがあなたとこの世界への、一番の恩返しになると思うから」


 ローブを握り声高に宣誓する。

 できるかどうかわからない。大言壮語も大概にすべき。

 他人から嗤われても、軋轢を生もうとも、意志を告げると決めたのだ。

 アーサーが腹立たしげに頭を掻いた。


「……生まれ持った容貌で、人生を緩く簡単に渡り歩いてきた、君のような糞女が大嫌いなんだ。

 それ以上に、愚かでありながら、少しでも良く生きようと足掻く人間を可憐に思ってしまう。愛しいと思ってしまう。

 糞、あぁ、糞が……」


 予言してやろう、と彼が言う。


「君は幾度となくこの選択を後悔する。

 数万の朝日を浴びるたび死に焦がれ、数億の侘しい夜を過ごすだろう。


 だからこそ生きなさい。尚生きなさい。


 君は苦しむ。あぁ苦しむだろうさ。だがそれに勝るとも劣らない歓びが、君を待っている。

 少しでも善く死ぬために、善く生きなさい」


 それだけ言うとアーサーは背を向けた。

 なんと応えればいいか分からず立ち尽くしていると、ドゥが手を引く。


「さようなら」


 お別れはいつだってそっけない。

 踵を返して一呼吸。

 私はドゥと荒れ果てた森へと入った。

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