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第三十四話 神騙りと神語りの乙女

 愛しさが暴発し彼にしがみつく。ドゥは拒絶しなかった。


「やぁやぁこれはボーイフレンドのドゥワァ君! 遅いお目覚めですねこんばんは! 私は隣国のすごくとっても偉い人、アーサー・オールドマン……」


 アーサーが粘つく笑みを深める。ドゥはアーサーに体を向けたまま、ただならぬ怒気を発していた。


「おやおやおやおやドゥワァ君。もしかして、そこの女と私が懇意に話してたのが気に食わなかったのかい?

 君のお古に興味ないからどうか安心して欲しいな!」


 ドゥの体が強張った。強烈な腐りかけの果実の香りで視界がけぶる。香りの元はドゥ。

 透明な腕が蛇のようにうねりアーサーの首を狙う。アーサーはドゥを指差した。


「残念。ペケふたつだ」


 首に届く寸前で透明な腕がずたずたに切り裂かれて空に溶ける。ドゥが膝から崩れ落ち、四つん這いになってがくがくと震え始める。


「ドゥ!」


 ドゥに触れようとした途端、変化に気づく。彼の体が急激に縮み始めていた。ドゥの髪は白髪混じりとなり、ハリのあった肌は水分を失って皺だらけになる。

 瞬く間にドゥは小さな老人となった。

 何が起こっているのか理解できず、私はただあ、う、と言ってドゥの両肩に手を添えるばかり。


「ルーキー狩りは楽しいや。

 私はね、才能と力に恵まれた若者を、ハメ殺しにするのが三度の飯より好きなんだ」


 唯一状況を理解できている男は笑い通しだ。


「ドゥワァ君が使ってる力は禍ツ力……こっちの国ではカミガタリの力の方が通りがいいかな?

 カミガタリは神から力を借りて、現実の事象に干渉する。神は力を貸す代わりに、自分の願いを人間に叶えてもらおうとするんだ。


 たとえば異界の大淫婦であれば愛した人に会いたい、敗走した勝利の女神であれば我が子を抱きたい……。


 でも、そんなのできっこないね?


 だから神様に嘘をつく。

 俺ならできます! 信じてください! みたいな感じでね。

 神も藁に縋る想いでついつい力を貸しちゃうんだ、叶わないと知りながら。ふふっ。


 神を騙して力を借りる……。

 まさに『神騙り(カミガタリ)』ってね。


 神も愚かではない。願いを叶えてくれぬと知れれば、即神の住う異界に落とし贄とする。

 弟王たる大司教さんは神騙りの身代わりに孤児を利用したみたいだね。神をも恐れぬ罰当たり、そんな愚か者を奉る国なんて滅んじゃって当然だよね!」


 ドゥの苦しげな呼吸に胸が痛む。私は子宮に溜まる力をドゥに譲り渡せないか模索する。


「ドゥワァ君も神騙りの力を使ってる訳だけど……。すごいね、神の残り香と敵対勢力である妖魔の加護が君を包んでいる。意味わかんない!

 ……そうか! 妖魔の力を借りて、神から姿を隠してるんだ!

 まるで雲隠れするお月様みたい。我ながら詩的な例えで感動しちゃう。

 だから神騙りの力を阿呆ほど使ってもペナルティを受けない。なるほどねズルくない?


 でもさぁ、神の耳目たる『神語り』がいたら話は別だよねぇ。多少力を使う分にはバレないだろうけど、フルパワーで神騙りの力使っちゃ見つかるよ。

 これがペケひとつめ」


 私はドゥの耳元で彼の名前を呼ぶ。彼の体に力が巡り、時間をかけてドゥの体が若返ってゆく。


「もうひとつは招かれてない宴で大暴れしちゃったこと。彼女は私が『どうぞ召し上がりください』と宴に招いたけど、ドゥワァ君を招いていない。


 妖魔は礼節を重んじる。


 どのような契約であろうと、非礼な輩は十全に妖魔の力を引き出せない。

 これがペケふたつめ。


 てかさぁ、ドゥワァ君ずっと寝てたのどうせ神騙りの力使い過ぎたせいでしょ? 寝起きにそんな無理するからいけないんだ。

 惚れた女を守りたいっていう男心は分からんでもないけどさぁ。


 ……私は優しいからね、これは警告だ。

 ドゥワァ君、もう君は神騙りの力を使うべきじゃない。次は老いだけじゃ済まされないよ。

 指を咥えて事の顛末を見てて」


 年齢が戻ったドゥは空の眼窩でアーサーを睨め付ける。


「さて、女神の耳目たる麗しの君よ。『国崩しの舞踏会』では王が女神に放言し、逆鱗に触れたため殺されたという。敗走した勝利の女神は己への悪罵を赦しはしない。


 さてここで出てくる当然の疑問。


 王が口にした女神を呪うスラングは広く人口に膾炙している、ありふれたものだったという。私も王都に入る前、試しに言ってみたけどなーんにも起こらなかったよ。

 ねぇ女神の耳目さん。

『国崩しの舞踏会』でスラングを口にした王は、どうして死んだのかな?」

「やめて……」

「そうだね、君を通して女神がその悪罵を聞いたからだ。君が『国崩しの舞踏会』にいたからだ!

 調べさせてもらったけど、君の親父さんも小さい時焼死したんだってね。君がいなきゃ親父さん死なずに済んだかもしれないのにさぁ。

 さっき話してくれたよね。

 転生? だっけ? をした時、何かを蹴り飛ばし子宮に入った感覚があったって。

 本来産まれてくる命を殺し、家庭内不和を引き起こすに止まらず、父親を女神に殺させて……。

 すごいねぇ。どうしてそうのうのうと生きてられるの?」

「やめて!」


 アーサーの人懐っこい笑みが恐ろしくてたまらない。


「言い忘れてたんだけど。『国崩しの舞踏会』って三年前の出来事なんだよねぇ」


 ドゥが息を呑み、私は瞠目した。


 三年?


 あれから、三年?

 衝撃のあまり耳鳴りがする。

 いくらなんでもそれほど時間は過ぎていないはずだ。花を喰らい眠って三年?

 嘘だ。だって、そんなはずない。髪が恐ろしく伸びたくらいで、私は、老いを体感するようなことは、何ひとつ起こっていない!

 ドゥを見ろ。彼は老けていない。ずっと、変わらず、若々しい!


「いやぁびっくりしたよね。存命の参加者から平民の王妃様と乱入したバダブの民の見た目は聞いていたけど、少年少女のまま!

 年は取らず、不可視の力を行使し、君の前で神を呪えば聖なる炎に包まれる……。君は人間というより神に近しい存在になりつつある」


 アーサーが楽しそうに首を傾けた。


「ねぇ。永遠の乙女、褪せ肌の魔女よ。

 頼むから死んでくれないか?」

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