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第四話 ほのぼの討伐クエスト

 死にたくないと言ったものの餓死直前の私たちである。


 もう一度月が回れば実りの季節。狩りも解禁される時期。森は黄金色に輝き村人は祭りでばか騒ぎする明るい季節。


 そんなん待っていたら腹が減って死ぬ。

 昨日はフェンネルの葉(腹を下さない草。味の評価は人による)を食んでいたが、いくらなんでも限界というものがある。


 裏の畑は墓地と化した。食糧を求めるならば森しかないが、森には危険な獣がいると聞く。道に迷う可能性もある。転生してからはフィジカルが脆くなっているのだ、力尽きてDeathを迎えてもおかしくない。あとシンプルに森怖い。

 森の動植物は国王の財産である。定められた期間以外で狩りをすることは禁じられている。バレたら鞭打ちと罰金刑だ。

 明らかにデメリットの方が多い。


 腹が鳴る。

 女が上げていいタイプの腹の音ではなかった。朦朧とした頭で決意する。


 よし、密猟するか。


  *


 休日になると村人たちは教会に集まる。

 村に住む神父がマンネリ気味の聖句を唱え、みんなしょぼくれた顔で祈りを捧げる。

 形骸化しているものの、これも大切な人付き合いだ。参加しない者は後ろ指を指され、井戸端会議で根も葉もないが、悪意だけはある噂をじゃばじゃばされる。嫌々ながらみんな教会へ行く訳である。

 この隙に密猟することにした。

 言い訳も立つ。親近者が亡くなってすぐは行事に参加しなくても良い、という不文律がある。

 それでもばばあの口を塞ぐことはできない。言いたい放題言われるだろう。この人口五十前後の狭い村での人間関係クラッシュは即死を意味する。

 密猟が成功したとて今後の生活に支障をきたすのはまずいのではなかろうか。


 腹の鳴る音がする。

 いつの間にか小屋に来ていたドゥが、切なげな緑の瞳を私に向けていた。


 考えるのめんどくせぇ狩るか。


 村人が教会へ向かうのを確認し、私は森へ足を踏み入れた。


  *


 まもなくあのナナカマドは赤い実をつける。となりに生えたカバノキは春になると、まぶしい黄色の花をつける。ハクウンボクの樹皮は、滑らかな白っぽい灰色でいぶし銀。

 日本で見るスギ林とは異なり、この森には多種多様な樹木が乱立している。いろどり豊かな森は「森=緑一色」と思い込んでいた私に、ちょっとしたカルチャーショックを与えた。

 

 幹に目立つ色の紐を巻き付ける。帰るための目印だ。

 森へ入るのは初めてではないが、今までは老婆や村人がいた。ドゥは教会に行かせた。彼に犯罪の片棒を担がせるわけにはいかない。


 頼りは己だけ。

 ひやりとした現実に心臓が高鳴る。


 腐植土のやわらかな地を歩く。村人には見られていない。密猟の第一段階は成功したと言っていいだろう。さてここからが問題である。


 どうやって獣を仕留めようかしらん。


 どんぐりやきのこ、薬草等の採集経験はあるが狩りは全くの未経験である。というかこの世界の女は基本狩りをしない。

 村人に見つからないよう配慮に配慮を重ね過ぎて、肝心の狩りの部分まで勘案していなかった。空腹で頭がどうかしていたとはいえ、バカすぎやしないか?

 ナイフは持ってきているがこれ一本で獣を狩れると思えない。やはり罠がベターであろう。罠ってどうやって作るんだ……?

 自分の軽率さに頭が痛くなってくる。いや痛いのは空腹のせいか?

 私がなろう小説の主人公だったら、前世で仕入れたなんやかんやの知識を披露して状況を打開できたのだろうか。

 残念ながら前世は酒とネットサーフィンが趣味のしがないOLである。Excelのマクロは組めても罠なんて組めない。


 なろう主人公になりてぇ……!


 深呼吸をし、ぺちぺちおでこを叩く。

 ふざけ過ぎている。落ち着け。

 いっぱいいっぱいになると剽軽になろうとする悪癖が出た。目を閉じ、二十数年と九年ぶんの記憶を引っ張り上げる。

 漫画『ゴールデンカムイ』に小動物の首を絞める罠の作り方が載っていた気がする。ストーリーを追うことに夢中で細かい部分まで読み込んでおらず、ふんわりした記憶しか残っていない。

 漫画で紹介されていた罠は縄で輪っかを作り、小動物が輪を通るとキュッと縄が締まるものだったような。その結び方が分からない。豆結びと蝶々結びしかマスターしていない私には難し過ぎる。時間だけが無為に過ぎていく。

 私は古典的な罠を設置した。

 重い岩に一本枝を噛ませ、小動物が枝をずらしたら岩が落ちてくる罠だ。

 あまりにも簡素な罠を前に当然の疑問がわいてくる。


 こんなんで狩れるんか?


 疑問を握りつぶし、この罠を各所に設置していった。何かの間違いでいい、どれかひとつに獲物がかかればいいのだから。


  *


 罠を設置し二十数個。一向に獣がかかる様子がない。

 鳥の鳴く声が空々しく響く。最初は草木が揺れるたびにビビり散らかしたが、段々と気にならなくなってきた。

 おびただしい汗が首筋を伝う。茂みにしゃがんでいるだけなのに息が切れる。体力の限界が近づいていた。

 太陽が中天にかかり始めている。村人たちが家に戻り始めてもおかしくない。


 何もかも最悪だ。

 罠が稚拙に過ぎた。

 設置している場所も悪かったのだろう。

 体力と、道に迷った時のことを考え森の奥まで行かなかった。人里に近過ぎて獣は寄り付かないのかもしれない。

 数時間で獲物を捕まえる算段だったことが間違いだ。男たちは一日がかりで獣を追う。

 反省と後悔で胸が潰れそうになる。鼻の奥がツンとした。こんな時でも腹は鳴る。


 ふと目を脇に向ける。

 手を伸ばせば届きそうな距離に、茶色いうさぎっぽい小動物がいた。私をじっと見つめているのだ。


 あ?


「あっああぁあああぁぁぁあ!?(濁声)」


 気がついたら絶叫が口から漏れていた。

 やっべ逃げるじゃんやっちまった私のハゲ!


 小汚ねぇ悲鳴を至近距離で浴びてしまった生物はビクリと体を震わせ、目を見開き、糸を切られたマリオネットが如く地に伏した。


 何が起きていたのか理解できなかった。理解より先に体が動く。

 数秒後にはうさぎっぽい小動物を抱え猛然と駆け出していた。


 獲った! 私は獲ったんだ!!


 何度も足はもつれ頭からすっ転ぶ。思うように早く走れない。内臓がひしぐような痛みを訴える。酸素が足りずに視界が狭くなっていく。


 うるせー! 知らねー!


 初めて獲物を捕らえた高揚感で頭がどうにかなっていた。老婆の小屋へたどり着くと、うさぎを固く抱きしめたまま気を失った。

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