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第三十二話 石女女神の祝福

「博識たる私とて明けない夜が延々と続く現象など初めて見たよ。凡百クソ太郎は心折れるだろうが、なんたって私は有能だ。

『広がり続ける』闇、という部分に目をつけた。

 国神たる敗走した勝利の女神、彼女は子を産めなかった女神なんだ。

 女性性を持つ神格の多くが『繁栄』『豊穣』といった祝福を司るに対し、敗走した勝利の女神は『退蔵』や『并呑』といった祝福を司っている」


 彼はくるくると指を回す。まるで生徒に知識を植え付けてくる先生そのものだ。


「この国は敗走した勝利の女神が形作った。女神の祝福は国民にも影響する。

 一番分かりやすいのは出生率。こっちの国じゃ平民が五人や六人産むなんてザラだけど、君らのとこはせいぜい二、三人が限界だろう? 繁茂する力が極端に弱いんだよ。

 代わりに『退蔵』の力、内側に貯める力が強いから、体が頑強で長寿だ。こっちの平民はせいぜい三十、四十超えれば大往生だけど、君らの国は五十六十喜んでだろう?」


 こほん、とアーサーは咳払い。


「王都を定めた人間は女神の祝福とその性質を良く理解している。ここは堅牢な山々に囲まれた盆地。子宮のように閉ざされたこの場所であれば、十二分に『退蔵』という祝福を生かすことができるだろう。

 ひるがえって今起こっている超常現象さ! 『退蔵』の祝福にひたされた国の、力を保持するには最適な場所で、謎の闇が『広がり続け』ている。この矛盾に私は目をつけた。

 ここの謎を解きほぐすことができればあるいは、ね?」


 アーサーは興奮気味にまくし立てる。思惑はどうあれ、彼はまじりっけない本心から、王都の謎を解こうとしていた。


 彼の発言を吟味する。


 村では子供は二人、多くても三人の家庭が多かった。平均して五十後半まで皆生き、七十を超えても元気に田畑を耕す村の翁もいた。


 彼の発言の通りである。


 現代日本の感覚が抜け切っておらず、少し寿命が短いくらいだと簡単に考えていた。

 医療技術もそれほど進歩していないこの世界基準で考えれば、極端な少子長寿。興味深い説だ。


「鍵は『国崩しの舞踏会』で国王と結婚する予定だった平民の娘。彼女は生まれも育ちもこの国であるのに、作物を実らせる力があったらしい。彼女が絡んでいると見て間違いない」


 私のことじゃないか。


 呼吸が乱れひゅこっ、という吐息を漏らしてしまう。


「平民の娘についてだけど……」

「何のことだかさっぱり知らんです」

「……そっかぁ」


 私がその平民の娘だと答えたらどうなるかわかったものではない。脇から変な汗が流れ始める。落ち着け汗。


「その平民の娘はどうして作物を豊かにできたのです? 退蔵だとかの、今までの話と違うじゃないですか」


 話を逸らす意味も込めアーサーに質問する。


「教会は『神の御子』だから作物を実らせた、と乱暴に結論付けていたらしいね。


 私はね、その論に懐疑的なんだよ。


 記録に残る『神の御子』の能力は飢え知らず、超自然治癒等どれも御子自身のみに影響を及ぼす能力だ。外界に影響を及ぼす平民の娘の能力はどうも毛色が違う。

 私はこう思うんだ。

 彼女はなんらかのきっかけで与えられた祝福が変化したんじゃないかって」


 アーサーは顎に手を添え語る。


「……変化?」

「怪我で身体が変形することがあるだろう? それと一緒。生まれ持って与えられた祝福は、変形したり壊れたりが稀にある。ほとんどの人は変化に耐えきれず死ぬんだけど。

 変形のきっかけは色々あるよ。たとえば、臨床体験。修行でも多少祝福を変化させられる。

 あとそうだなぁ、呪いとか」


 最後の言葉にどきりと胸が跳ねる。老婆が夢で言っていたではないか。


 私は赤児の呪いを持っていると。


 ドゥをちらと盗み見る。彼の横顔はあいもかわらず美しい。


 村が豊作に湧いたのはドゥに呪いを払ってもらった次の季節から。


 パズルのピースがはまる音がする。


「ねぇ、綺麗なお嬢さん。私は相応の下調べをしてこの城へ詣でたよ。

 黒髪に、琥珀のような肌、凄絶な美貌。

 王妃様の独特な見た目を知らないわけがないだろう」


 言葉こそ強いが、アーサーの口調は柔らかい。


「素性を隠したがる気持ちは理解できる。それを承知で君に全てを話してもらいたい。

 現状、君が原因で王都が闇に包まれたのか否かの切り分けもできていないんだ。

 変化した祝福が原因で王都が闇に包まれたというのなら、修行して己の祝福をコントロールできるようになればいい。

 私を信じてくれ」


 アーサーの情熱に当てられ、私の警戒心は溶けていく。


 何から話せばいいのだろう。この世界に転生したことから? 呪いのこと? 力について?

 唇がやけに厚ぼったく感じられ、言葉は喉の奥にはりついたまま出て来ない。

 アーサーは微笑を浮かべた。


「どうせ夜は明けないんだ。良ければどうだい? 私のお気に入りさ」


 アーサーが麻袋から出したのはラベルの貼られた赤ワイン。かしげちゃんのお陰で文字だって読めてしまう。


「メルシャン・ワイン……!」


『メルシャンという町がある。

 そこで作られるワインは根強い人気があってなぁ』


 いつかの満月の夜に話した会話が脳裏を過ぎる。


『……お土産! お酒! メルシャン!』

『阿呆。仕事そっちのけにしてでも必ず手に入れるわ』


 果たされなかった過去の約束が私の頬を濡らす。アーサーはメルシャン・ワインが注がれたグラスを差し出した。

 誰にも聞こえぬ声で、アーサーが囁くのだ。


「どうぞお召し上がりください……」

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