第二十九話 国崩しの舞踏会
「僕は女神の意志をこの目で聞きました!」
大司教様は吸い寄せられるように燃え尽きた王の元へ歩み寄る。
「真実の愛などただの言葉遊びに過ぎないと仰せなのですね。
人間は愚かです、誘惑に脆く意志が弱く、信仰はたやすく唾棄される。
我らに必要なのは女神の慈愛による救済ではなく、激怒による懲罰!」
イントネーションと音程がめちゃくちゃな、彼の言葉はさながらリミックスを大失敗した流行歌。
「世界に知ろしめしましょう、御身の存在を! 気高き忿怒によって、秀美たる焔によって!
その御身は焔にのみ宿る!」
大司教様が壊れ物のように醜王を抱く。恍惚とした表情の彼はまさに恋する乙女。
「兄上。僕よりも遥かに愚昧で、知略は幼児に劣る兄上。眼中になかった欠陥品たるあなた。
僕は猛烈に嫉妬している!
あぁ、兄上。
女神の意志を一身に受けた神の御子!」
大司教様が醜王に口付けした。焼け爛れた唇に舌を割り入れ口内を舐る姿はカマキリの捕食のよう。双方の唇に糸が引く。
大司教様は醜王を天へ掲げた。
「合唱『花園に住う我らが女神』!」
大司教様の命令に呪術騎士団は戸惑うも大司教様に従う他ない。
「『我らが主 敗走した勝利の女神
我らに永遠を お与えください
我らを千年の都に お招きください』」
口を塞いでいた何かがなくなり自由を得る。胸が騒ぐ。私は歩み去ってしまった大司教様へ手を伸ばす。
「『我らに神の力を お与えください
我らに願いを お教えください
我らは主の手足なれば』」
「女神よ! 僕の最愛の女性よ! 兄上に意志を示したように、僕にもあなた様の意志を宿らしめてください!」
「だめ……」
蚊の鳴くような私の声は届かない。大司教様は両腕を大仰に開いた。
「孕み子に欲情した邪神めが!」
かつて父が放った言葉を、先程醜王が半泣きで吐いた言葉を、大司教様がなぞる。
光が見えた。
大司教様はとろけた表情で合掌した。
きめ細かな肌も、日に焼けておらぬ艶めく金髪も、大空を思わせる青い瞳も、炎に巻かれればただの炭。嬌声に似た叫びは圧巻の一言。
大司教様だけはでない。
あっ、と若い男の声がした。呪術騎士団のある男の背から火が出た。
当人は熱い熱いと言うばかり。周囲の黒ずくめは距離を取る。今度は中央部にいた男が燃える。火はあっという間に伝染し、呪術騎士団全員が炎に呑まれた。
豊かな口髭をたくわえた貴族が燃えた。
恰幅の良い夫人が炎に巻かれた。
扉前で押し合いへし合いをしていた老貴族が燃える。
老貴族から兵士へ着火。
兵士から子供へ着火。
グロテスクな老若男女無差別着火バケツリレー。
出口は塞がれ人々は逃げ惑う。逃げ道はなく、逃げたところで体は勝手に発火する。
人々の間を縫うようにして、ドゥへにじり寄る。彼は床に突っ伏して動かない。
「ドゥ、ドゥ。お願い、死なないで、お願い……!」
ドゥへ覆いかぶさるように抱きつく。彼の心音と呼吸を感じ取る。私は彼を庇うようにして横たわった。
最期はドゥのとなりで終わりたい。
彼の髪のにおいを嗅ぎ、こめかみに口付け。彼の美しい横顔を見つめる。
「ドゥ」
ズシリと体が重い。そうだ、疲れていたのだった。意識しただけで耐え難い睡魔が襲ってきた。
抵抗を試みる前に、意識は闇に落ちる。