③
同志幸せな時間だった・・・、やっぱり図書室は正解だったな。
豊穣な時間を過ごしたことに満足しながら、結局図書室では全く読めなかった本を借り、まとめて両手で胸に抱くようにして持ちながら半ば夢見心地で向かっていたのは、自室だった。
あまりにも楽しい会話だったので、正直一日中でも聴き続けていたいという感じだったのだが、しかし相手の二人が先ほど、そろそろ昼食を取ろうという話になって図書室を出て行ってしまったので、仕方なく夢から覚めて俺も図書室を出てきたのだ。・・・実際には夢から覚めきっておらず、こうして夢見心地なわけだが。
まぁ、でも夢の中にいようと夢見心地だろうと、時間が経てば腹は減る。
盗み聞いていた会話にも出た昼食という単語に、俺自身の空腹も刺激されてしまったのであれ以上、図書室に留まることができなかった、という事情もある。
とにかく腹ごしらえをしようと思い、図書室を出ながら向かったのは寮の自室で、理由は勿論、部屋に置いてきた二人のこと、正確にいえばコウのことが頭にあったからだ。
普段なら、昼食はコウと食堂でとっている。結構律儀なコウのことだから、今日も俺と昼食を取ろうと思って部屋で待っているんじゃないかと思ったので、昼食をどうするのかは一旦、部屋に戻ってから決めることにしたのだ。それで図書室を出てから真っ直ぐ寮に戻ろうとしていたのだが・・・、図書室がある共有棟を出て、最短距離になるルートを突っ切っていたところ、あと少しで寮に到着というところでばったりアイツに遭遇してしまう。
アイツ・・・、実はいまだに名前を覚えてない、クラスメイト。間違いなく、コウを除けばクラスの中で一番俺に多く話しかけていたはずの相手。話しかける内容は、俺に対する嫌味だけだけど。
そう、コウの強烈なファンであるアイツが寮に向かう俺とは逆に寮の方向から出て来て、ばったり状態になってしまったのだ。
誰か来るな、と思って顔を上げて誰が来ているのかに気づいた瞬間、真っ先に思ったのは『面倒だな』というそれだけだったので、軽く無視して横を通り過ぎようと思ったのだが、同じタイミングで俺に気づいたらしいアイツは全く俺のスルー作戦を許す気がないようで、わざわざ俺の真正面を塞ぐように立つと、俺を馬鹿にした表情で見下しながらその口を開いたのだ。
「オマエさ・・・、まさかと思うけど、親衛隊、入るつもりじゃないだろうな?」
「・・・は?」
「は、じゃねーよ。その顔で、その平凡さで由梨様の親衛隊に入るつもりじゃないだろーなって言ってんだよ!」
最初、親衛隊と言われて脳裏に浮かんだのは生徒会の面々で、なんで薔薇の巣窟みたいなアイツらの親衛隊に入らなきゃいけないんだとか、いやでも親衛隊自体は百合の巣窟かもとか、図書室の光景を思い出しながら思ってみたのだが、続いたソイツの台詞に、自分の勘違いに気づく。
ただ、気づいた瞬間、圧倒的な疑問が浮かんできて・・・、まず最初に浮かんだ巨大な疑問は、なんでコイツがもうコウの親衛隊の話をしっているんだ、ということだった。
勿論、コウの親衛隊を作りたがっている人間がいることはクラスメイトなら誰でも知っているだろう。いや、クラスメイトじゃなくたって、毎朝長谷が説得しているんだからその様子を見かけた人間なら誰でも知っているだろうから、それはいい。
でもコイツのさっきの言い方だと、親衛隊設立が決定したことを知っているかのようで、昨日、ようやく俺がコウを説得して、今日から設立に向けて話し合いを始めたばかりなのに一体何故、コイツがそれを知っているのかと単純にそれが不思議で仕方がない。
まさか俺達の部屋に勝手に入り込んだんじゃないだろうな、戸締り忘れてたか? とかちょっとした身震いする可能性を思いつき、何かどうでもいいことを言っているらしいその話の内容を丸ごとスルーして「なんでコウの親衛隊のこと、知っているんだよ?」と普通に聞いてみると、途端に今まで以上に馬鹿にした顔をして鼻まで鳴らされる。
「オマエ、本当に馬鹿だな。由梨様ほど綺麗で可愛い方なんて、皆の注目の的に決まっているだろ。そんな方がカフェで親衛隊設立についての話なんかしていたら、五分で学園中に話が知れ渡るんだよ。その程度のこと、聞かなくたって分かることなのに、オマエ、平凡どころか平凡以下だな」
なんていうか、皆の注目の的だということはともかく、ようは他人の話を盗み聞きした奴がいて、その盗み聞いた話を方々へ話しているということなんだろうから、そんな自慢気に断言するような話じゃないだろうと思うし、そんな非常識な馬鹿が何人いたとしても、これだけ広くそれなりの人数が在籍している学園に五分で話が知れ渡るなんてこと、絶対にありえないとも思う。
・・・が、そんなこの馬鹿の妄想なんて今はどうでもよくて、大事なのはコウ達が部屋ではなく、カフェで話していた、という点だ。長谷を部屋に招き入れたのだから、そのまま部屋で話し合いが行われていると思っていたのだが、カフェで話していたということはあの後、場所を移したということになるだろう。
なんでそんな面倒なことを・・・、と疑問を脳裏に浮かべたが、すぐに連動的に浮かんできた次の疑問は昼食はどうなるのか、という物凄く現実的な内容だった。
てっきり、部屋に二人が残っている、あるいは話し合いが終わっているならコウだけが残っている状態なのだと思い込んでいたから部屋に一旦戻ってから昼食をどうするか相談しようと思っていたのに、もしまだカフェにいるなら部屋に戻ったところでその相談ができない。
でも二人、もしくはコウが戻って来るまで待っていたら俺の腹が保たないし、そもそも二人でそのまま昼食に行ってしまうなら、待っていても意味がないし・・・、等と空腹の解消という俺にとっての緊急事態の解決法について考えるのに夢中になっていて、気がつけば完全に目の前の相手を放置している状態になっていた。
勿論、俺が上の空で全く話を聞いていない状態なのは、いくら好き勝手に話していても目の前の馬鹿にもしっかり伝わっていたのだろう。ふと気がつくと、話し声が途切れて妙な沈黙が生まれていて・・・、我に返って意識を目の前に戻すと、僅かに身体を震わせ、目を怒りに燃え立たせている馬鹿が俺を力っぱい睨んでいた。
「・・・絶対、入隊するなよ。オマエみたいな平凡、由梨様の親衛隊にお呼びじゃないんだからな」
「あー・・・、いや、全然入る気ないけど」
何を言っているんだコイツは、とか、上の空だけどさっきからそう言っているじゃん、とか、心の中で言っていただけで実際には言ってはいなかったっけ? とか、まだ頭の半分が他に意識を向けた状態ではあるがそんな諸々の呟きを心の中で漏らしつつも発したその台詞は、我ながら物凄く気の無い、目の前の相手にもその話題にも最大限に無関心なのが丸分かりの声だった。
俺としてみれば、ここまで関心がない声をされていれば、確かにその親衛隊に興味がないのが伝わって、入隊をしてほしくないらしい相手もさぞ安心だろう、と思うのだが、しかしとにかく俺になんでもいいから突っ掛かりたいらしい目の前の馬鹿は、全く安心してくれなかったらしい。むしろ安心どころか、神経を逆撫でしてしまったようで。
ただでさえ怒りに燃え上がっていた目が、更なる怒りに燃え始めたのが分かった。そうして一歩足を踏み出して俺に近づくと、全身を震わせ、震えすぎて上手く開かないでいるらしい唇をどうにか開こうとし始める。まぁ、間違いなく何かを怒鳴ろうとしているのだろう。
でも、目の前で怒りマックスな姿を見ても、正直、何も感想は浮かばない。俺としては、人間的にも全く魅力がなく、百合にも変換できない奴に興味なんて湧くわけがないのだ。だから今すぐにでも怒鳴りたいのに震えすぎて上手く唇が開かず、声を出せないでいる相手の言葉を待つ気もなければ気遣う気にもならないし、この無駄な時間の間に腹の空き具合も酷くなってきているからもうこれ以上コイツに付き合う気なんてなく。
もう脇に避けて部屋に戻るか、うざいしな、と自分の次の行動をあっさりと決断し、目の前の馬鹿の隣を擦り抜けるべく、道幅と馬鹿の位置関係を見てとって・・・、さて、行くかと決断したちょうどその時、それは起きたのだ。
「オマエなんかっ・・・!」
「品も礼儀もなっていない奴を支持する奴は、やっぱり同じように品も礼儀も、あと常識もないんだね」
・・・たぶん、その時、声をかけられた馬鹿以上に俺は大きく震えたと思う。
先に聞こえてきたのは、馬鹿がまた馬鹿っぽいことを言うのが丸分かりの怒鳴り声だった。引き攣った、音量の調整を失ったかのような声が発せられ、何か罵倒の台詞を続けようとしていたのが分かったが、しかし実際にその罵倒が続けられるより先に、そんな罵倒の声なんて一瞬にして忘れるしかないくらい可憐で美しく、それでいて凛とした声が俺の真後ろから聞こえてきたのだ。
その声の主が誰なのかなんて、振り向かなくても分かった。なんなら、考える必要もなく条件反射としてその姿が脳裏に浮かんですらいたのだが、それでも大きく震えた後、物凄い熱々の焼きごてでも押し付けられたかのように飛び上がりながら振り向いたのは、もう生死をかけた場面での反射に近いものがあった。
振り返った先、そこにいたのは当然、想像通りの人。
声の通りに可憐で美しく、凛とした姿で花城先輩がそこに佇んでいた。
ヤベェ! 鼻血吹くかもっ! ・・・という叫びを渾身の力で押さえ込んだ俺は、結構凄いんじゃないかな、と素直に思った。だって、我ながら止める間も無く発射されてもおかしくないレベルの叫びだったのだ。それなのに咄嗟に押さえ込み、一言だって漏らさなかったのだから、そんな偉業を成し遂げた自分を自画自賛したってバチは当たらないだろうという気がして。
でも、偉業というのは成し遂げる為に何らかの犠牲を払うことになる。俺の場合は叫ぶべき言葉を渾身の力で押さえ込んでしまった為に、放出されなかったエネルギーを内に抱え込んでしまったのだ。具体的にどういうことなのかといえば、押さえ込んだ所為で俺の中で燃え盛る・・・、というか萌え盛る叫びが連鎖的に生まれてとんでもない感じになってしまい、結果、目は見えているけれど周りの声が耳に入らない、いや、花城先輩の声だけはちゃんと耳に入っているけど、脳がぱんぱん状態になっていて、その意味を理解することができない状態になっていたのだ。
勿論、花城先輩以外の声、つまり馬鹿のそれなんて理解どころか耳にも入らない状態で。
一応目は開いているので状況は見えているのだが、それも上手く理解ができていなかった。ただ、後から見えていた光景を振り返ってみたところ、花城先輩の登場に焦りを覚えたらしい馬鹿が何かごちゃごちゃと言い訳をしたようだったが、そのつまらない言い訳を花城先輩が美しくも力強いお言葉で叩き落としたらしく、負け犬の見本みたいな姿で馬鹿が顔を俯けて小走りに走り去ったというのがその後の展開のようだ。馬鹿はどうでもいいけど、俺の脳がまともに機能していなかった所為で花城先輩のお言葉が全く理解できないでいたことが本当に悔やまれる。
しかし俺はその間も必死に自分を立て直していた。立て直して、脳の動きをどうにかまともにしようと内心だけで努力していた。まぁ、落ち着けと自分に言い聞かせる程度しかできることはなかったけど、それでも必死に自分で自分を制御しようとしたのだ。
だって、花城先輩が何を言っているのか聞きたかったから。
俺の決死の努力はどうにか身を結び、花城先輩が逃げ去った馬鹿を軽蔑の眼差しで見送った後、思い出したように俺の方へ真っ直ぐその視線を向けて来た時にはどうにか脳の機能は回復していた。・・・勿論、完全な回復ではなく、結構色々支障が出ているレベルの回復だったけれど。
初めてまともに向き合った花城先輩は、それはもう、素敵だった。もうクイーンオブ百合、みたいな感じで、ここにコウがいないのが本当に悔やまれる、なんでいないんだアイツ、いや、いなくても俺が脳内補完してみせるけど! と、向き合ってそのありがたいお姿を拝見している内にせっかく僅かに回復した脳の機能が即座に低下していきそうなレベルの破壊力がある百合加減で。
「言っておくけど、キミを助けたわけじゃないから」
それだけ言って、ぷいっとそっぽを向く、クイーンオブ百合、花城先輩は、新たな属性、ツンデレを手に入れました! ・・・と叫ばなかったのは、先ほどみたいに渾身の力で堪えたからとかではなく、ただたんに、悶えすぎて何も声にならなかったからだ。低下している脳のレベルでも言葉が解析できてしまうくらい、それは凄まじい威力を持つ一言と仕草で。
もう脳内は天国、まさに花畑状態な俺は荒くなりそうな息を押さえ込むだけで精一杯で、花城先輩の言葉に答える余力がない。しかし俺程度の人間の反応なんて大して気にしていないのか、花城先輩はそっぽを向いたまま、尚も言葉を続ける。
「僕はね、たとえ相手が誰であっても、苛めみたいな卑怯なことは嫌いなの。悪い点があってそれを指摘するなら、誰もいないところで一対一で言うべきだし。こんな、誰かの目につくかもしれないような場所で辱めるみたいなことはしないの」
知っています! 校舎の裏に呼び出して、一対一ですよね! ・・・と、コウと向かい合っていた時の光景を思い出し、もう何も考える余地なく首を縦に振りまくる。勿論、そっぽを向いていた花城先輩は気づかなかったけれど。
そうしてひとしきり、ツンデレを披露していた花城先輩は、ようやくそのツンデレモードを解除したのか視線を俺に向け、きつい目つきで俺を見据えながらその目つきと同じくらいきつい口調で告げるのだ。
「キミ、あの子と一緒にいたでしょ」
「あ、へ・・・?」
「あの、外部生のくせに会長に声をかけてもらっていい気になっている、身の程知らず」
「あ、あぁ・・・」
「あの子に言っておいて。親衛隊が出来たくらいでいい気にならないようにって。べつに親衛隊ができたからって会長と同列になるわけじゃないんだから、勘違いしないようにって」
「はっ、あ・・・」
「・・・ぼく、の・・・、僕達の、築き上げたものは、ぽっと出の奴なんかには・・・」
「はいっ!」
「・・・は? はいって・・・?」
「大丈夫です! 完璧です!」
「・・・かん、ぺき・・・? え? なにが・・・?」
脳は、もうショートしていた。そしてそのショートした際の熱で、色んなところが焼き切れた。それはもう、盛大に色々と。
まず、俺の存在に気づいてくれていたという点で第一のショートは起きていた。まさか誰も気にしないような俺のことに気づくなんて、と。
ただ、俺を知っていてもらえて嬉しい、とかじゃない。俺はあくまで傍観者、観客なのだ。出演者、しかも主役レベルの人に知られていて嬉しいとかなんてなく、じゃあ何が嬉しかったかといえば、大して特徴もない俺に気がついてしまうほどコウを気にしていた、その査証に違いないので、その点に萌えたのだ。萌えて、ショートしたのだ。
そして更にはコウに対する対抗意識。お互いがお互いの唯一でありながら同じ少女同志であるが故につい素直になれずに張り合ってしまう、百合の王道展開が繰り広げられ、ショートは連鎖した。色んな機能が馬鹿になるほどに。
極めつけが『僕達の築き上げたもの』だ。『僕達の』、『僕達の』!
コウと二人で何を作り上げちゃったのぉー! みたいなっ!
・・・勿論、とても客観的な俺の一部は、その『僕達』に含まれるのがコウじゃないなんてことくらい、分かっていた。でも、そんな事実はショートしている俺の全身には伝わらないし、万が一、伝わることがあったとしても大勢には影響はない。
俺は俺の幸せの為に、事実と現実を捻じ曲げる用意はできているのだから。
結果、俺はとうとう耐えに耐えていたその口を盛大に開くことになる。脳内妄想、脳内変換は、その脳がショートしていることによって、脳内に全てを留めておく力を失ってしまっていたのだから。
「たっ、たとえ親衛隊ができたとしても、お二人の仲を引き裂くことは誰にもできません!」
「・・・は?」
「俺は先輩とコウを全力で支持します!」
大丈夫ですっ、完璧ですからぁー! という叫びを残して走り去るのが、精一杯だった。何が精一杯かといえば、それ以上叫ばずにいることが精一杯だったのだ。
あの場にあれ以上残れば更に叫びまくることは間違いなく、流石にそれはヤバいと訴える俺の最後の理性がショートしまくっている俺の全身を渾身の力で操り、その場を走り去らせた。あれ以上、叫ばせない為に。
そうして脇目も振らず、振り返りもせずに走り去った俺は、ただひたすら幸せに浸っていただけで、そこに残して来た花城先輩が俺の叫びと姿を見て、何を思っていたのかを知ることはなかったのだった。
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「・・・なに、アレ?」
思わずそんな間の抜けた呟きが漏れたけれど、一人残されたそこで漏らした声に答える人はいない。でも、誰も応える人がいないと承知していて尚、どうしても呟かずにはいられないほど、今、立ち去った人物が残して行った印象は強烈だったのだ。
黙って立っていれば、どこからどう見ても平凡でしかない人物だったのに。
そう、あまりに平凡すぎて、顔を覚えるのに苦労するぐらい、何の引っかかりもない子だった。
正直、今、いなくなった後にその顔を思い出そうとしてもその容姿がぼやけてしまうレベルの顔なのだが、それでも見かければあの子だと分かるレベルまで記憶していたのは、あの忌々しい外部生と一緒にいるところを何度も見て、それで意識して覚えていたからだ。
食堂ではずっとあの外部生の向かいに座っていたし、それ以前に呼び出す前に外部生のことを確認した時も、ほとんど隣にいる子だったから、あの外部生と一番仲の良い子として記憶していた。
でも、それだけ何回も見て覚えようとしなくてはぼんやりとした全体像すら記憶に残せないくらい平凡で、見た目的には大人しそうなだけの子で。
だから絡まれているのを見た時、迷わず声をかけた。いくらあの忌々しい外部生と仲の良い子だからといって、この学園ではどう見ても立場が弱そうな大人しそうで印象のない平凡な子が、反論もできないのに勝手な罵詈雑言を投げつけられているのを見過ごすわけにはいかないと思ったから。
しかも相手はあの外部生の親衛隊入隊を目指すような馬鹿なのだ。とんでもない奴の親衛隊にはとんでもない奴が入ろうとするんだなと思いながら嫌味ったらしく声をかけてやれば、みっともない言い訳を垂れ流しながら逃げて行ったけれど、その姿が本当に惨めでやっぱりあの程度の奴に支持されるようなあの外部生は会長に声をかけて頂くに相応しいとはいえない、という思いを新たにすることになる。
それでついでだとばかりにアイツへの忠告を伝えさせようと思って、その場に立ち尽くしていたあの平凡な子に声をかけたわけなのだけれど・・・、何故かよく分からない、言葉になっていない声ばかりが聞こえてきて。
ただ、それだけならさっきの罵詈雑言の所為で動揺している上に、いきなり上級生に声をかけられて吃驚していて声が出ないとか、何かそういう理由づけができなくもなかった。でも、その後に元気に発せられた発言は全く意味が分からなくて。
しかも、その謎の発言をしている時のあの子の表情と瞳は、一度見たら忘れられないレベルに光り輝いていて。
・・・あれだけ平凡な顔でも、あんなに印象に残る表情を浮かべられるんだ、等と変な感嘆を抱きそうになってしまうくらい、あの輝きは凄かった。凄すぎて、絶対に会話が噛み合っていないのに、それを指摘することもまともにできないくらい、衝撃を受けてしまっていて。
そして衝撃的な謎発言を放ったその子は、こっちが何も反応できないでいるうちに元気よく寮に向かって走り去ってしまい、結局、僕はその発言の意味を一つも理解できないままその姿を見送るしかなくなってしまう。それこそ、その後、あまりに訳が分からなくてその場に立ち尽くしてしまうほどの衝撃を受けて。
でも・・・、それだけ衝撃的なほど意味が分からない発言ではあったのに、なんとなく、たった一つのことだけは感じ取れるのがまた不思議だった。
たぶん、あの子・・・、僕に好意的、だよね・・・?
発言内容は意味不明だが、声の調子やあの輝きからそれだけは伝わってきていた。人に好意を持たれることなんて日常茶飯事なので、そういう感情はすぐ分かるから間違いないとは思うのだが、でも普段抱かれる好意とはまた違う感じもして、その点は謎だ。なにより、あの外部生と親しいはずだし、その外部生をこっちがよく思ってないことはきっと知っていると思うのに、それでも僕に好意的なのが謎すぎて。
そもそも、僕は好意を持たれることも多いけど、妬まれたりすることも多いのに、好かれる理由のない人間にあんなに輝くほどの笑みを向けられるはずなんてないと思うのに。
「・・・変な子」
なんだか、物凄く毒気が抜けてしまった。色々不思議には思うし、その理由が一つも解明されていない状態ではあるけれど、それでもそのことでイライラすることもなく、逆に最近増えていたイライラが霧散してしまうのを感じて。
意味不明なのに妙に和んでしまった先のやり取りを思い出し、口元に苦笑に近い笑みが浮かぶのを感じながら、その時、駆け去った子に対する興味がはっきりと浮かび始めるのを感じていた。