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わりとカオスな彼らの日常  作者: 東東
【1章】赤見ても、白を見ている心意気
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「花城先輩・・・、マジで最高だったな・・・。あ、でも、お姉さま系の絡みも最高だったけど・・・。あの光景を見る為なら、目の前でどんな薔薇が咲こうとも耐えられる・・・」

「・・・それ、僕と四十万会長のこと?」

「耐えるって言うか、どうでもいいって言うか・・・」

「少しは応援してよ!」

「反対されないだけマシだと思えばいいだろ」

「反対される覚えなんてないよ!」

「あるだろう。周りの反応が凄すぎる感じになっていたじゃん。もう、収集がつかない感じ」

「それは、まぁ・・・。でも、あの反応は仕方がないよ。僕だって自分で分かっているもん。僕なんかは四十万会長とお話しすることすら相応しくない人間なんだって。だからあんな騒ぎになっちゃうんだって・・・、そんなことくらい分かっているけど・・・。僕なんかがあんなにお話ししたことを、申し訳ないとも思っているけど・・・、分かっている、分かってはいるけど・・・、でも、僕だって四十万会長のこと・・・」

「障害はあればあるほど燃えるものだからな。大丈夫! 誰がどう見たって、あんなに美しい百合はない! コウだからこそ共に咲き合うことができるんだ! 誰が何を言うとも、俺は応援する!」

「・・・ねぇ、誰のことを応援しているわけ?」

「コウ達に決まっているだろ!」

「達、って、僕と誰?」

「そりゃ、この学園のナンバーワン百合、花城先輩に決まっているじゃん!」

「決まってないよ! 僕が今、話しているのは四十万会長のことだし、好きなにも四十万会長! あと、この学園のナンバーワン百合って、何回も言うけどそもそもこの学園には百合は咲いてないの!」

「咲いてない不毛の地にも種を蒔いて花を咲かす、それが俺達百合愛好家の使命だ!」

「そんな使命要らないよ! 訳の分からない使命を主張していないで、少しは僕の恋を応援してよ!」


 寮の部屋に戻ってすぐ、午後の授業そっちのけで思い出してばかりだった花城先輩のあの美しきお姿や、生徒会副会長と会計とのお姉さま系百合の萌え必須の絡みなどが脳裏を強烈に横切り、つい漏らした感嘆の呟きにコウは結局何の理解も示さず、俺の首を締めんばかりの力を込めて襟を掴み、物凄い力で俺の身体を前後に振り出した。

 そして俺には全く関係ないことに対する応援を求めているようだが、しかし薔薇の育成には全く興味がないのでいくら締め上げられてもその気にはならないし、意識が飛びそうなレベルで締められれば、心は楽しい記憶に飛ぶだけだ。

 もっとも、今回は締め上げられなくても楽しい記憶に飛び立っているのだが。


 あの食堂での騒ぎは、実質、十分も続いていなかった。


 当然のことながら、会長だって昼食を食べに来たのだからあのままコウと戯れ続けているわけにもいかない。暫くコウに何か話しかけた後、軽く手を振って他のメンバーも引き連れて食堂の奥へと歩き去って行ったのだが、その際、コウの頭を軽く撫でていったので、その瞬間、最大風速みたいな絶叫が食堂内に響き渡っていた。目を見開いた花城先輩にばかり視線が向いていた俺は、その瞬間を目撃しておらず、あとでデレデレになっているコウに話を聞いたのだが。

 お姉さま系の二人も去って行ってしまうので、それが名残惜しくて目で追い続けてしまったのだが、一行は二階席への階段まで向かい、その階段付近に座っているそれぞれの親衛隊に軽く手を振ってから二階へ上がって行った。

 あの二階席は生徒会専用の場所だそうで、二階とは行ってもロフトのようなスペースに生徒会役員がゆったり座れるテーブルと椅子が置いてあるだけになっているらしい。つまり、一階から見ると、螺旋階段が続く先にぽっかりロフトのような二階席が浮かんでいるような状態だ。俺達がいた食堂の出入り口付近まで下がれば二階にいる生徒会役の姿が見えるが、近づくとその姿が見られないし、遠ざかって見える姿は表情も分からないレベルのぼんやりしたものになる。・・・まぁ、俺くらい視力が良いと、結構見えてしまうけれど。

 真下になるほどその姿が見えないが、それでも二階席へ続く階段付近は親衛隊メンバー、それも隊長や親衛隊内で力のあるメンバーの定位置になっている。それは階段を使うそれぞれの役員達をすぐ傍で見られるから、という理由もあるが、それ以上に、不届き者が勝手に二階席に向かおうとするのを防ぐという役割があるかららしい。

 だから当然のように花城先輩も毎回あの場所にいるわけで、階段を使う会長に手を振ってもらっていたのだろうが・・・、今日の昼は、他の役員達に手を振られて喜んでいるそれぞれの親衛隊とは違い、会長に手を振られても花城先輩は哀しげに、苦しげに目を伏せていたのだ。


 もおぅっ! ・・・というくらい、百合だった。まさに、百合だった。


 あれでごはん三十杯くらいイケます! みたいな萌え光景に、鼻から血が噴出しそうだったのだが、それも必死で押さえ込んで・・・、半ば夢心地だったらしいコウと共に食事を終えて二人で食堂を後にしたのだが、それからが壮絶に大変で。まぁ、実際に大変だったのは俺じゃなくて、コウだけど。

 昼休みにコウが会長に話しかけられたという話は光の速度より早く学園内に広まったらしい。それはもう、誰か伝令係でもいるのかというレベルで伝わったようで、食堂から教室へ戻る間にもう周りからひそひそとした話し声とコウを注目する視線が飛んでいたかと思うと、教室に入った途端、コウはその場にいる全ての人間に取り囲まれる羽目になる。

 教室の中にいたのは、当然、俺達のクラスメイトがほとんどだったが、中には全く見覚えのない生徒もいたので、他のクラスの人間も数人、コウに話を聞く為に待ち構えていたのだろう。

 コウは席に落ち着く暇もなく皆に囲まれ、何故、外部生でしかないコウが会長に話しかけてもらえるのかと責め立てるように問い詰めてくる奴と、会長にもう声をかけてもらえるなんて流石コウだと褒め称えてくる奴と、会長は手が早いから気をつけないと駄目だとこうに注意してくる奴の三つ巴状態になってしまった。

 反応がそれぞれ違うのは、贔屓にしている相手が四十万会長なのかコウなのか、あるいはどちらにも好意的なのか、それぞれの好みによるのだろう。

 俺はそんな取り囲む人々に揉みくちゃになっているコウを置いて、静かに自分の席につき、そっとその様子を見守っていたのだが、べつにそれは俺が薄情だからというわけじゃない。致し方ないことだったし、経験上、放置しても大丈夫だと知っていたからだ。

 まず、俺は何を言う暇もなくコウを人々が取り囲んだ時点でその場から弾かれていた。精神的なものじゃなく、物理的に弾かれたのだ。突進して来た人々が、コウの隣にいる俺が見えていないかのように・・・、というか実際見えていないか、見えていても気に掛ける必要すら感じなかったかのどちらかなのだろうが、とにかく彼等が俺に体当たりをかますようにして取り囲む輪の中から俺を弾き出し、もうコウの隣に戻ることもできないくらいコウを取り囲んでいるので、俺がコウの傍についていることはできそうになかったのだ。

 それに加えて、コウを取り囲んでいるメンバーの様子を見ていると、三つ巴状態になっている。コウはあの容姿の所為もあってこの学園じゃなくても人気があり、また逆に妬まれて嫌われることも多い。だから人に取り囲まれることはよくあるので、俺も必然的にコウが取り囲まれている場面によく遭遇するのだが、俺の経験上、三つ巴、もしくは相反するメンバーが取り囲んでいる場合は、結果的にコウには危険はないのだ。

 たとえ取り囲んでいるメンバーの中にコウを非難し、嫌う人間がいようとも、相反する人間、つまりコウに好意的なメンバーがそこにいれば、互いがぶつかり合うだけで済む。

 もしこれがコウを嫌う人間だけが取り囲んでいるなら俺だって流石にもう少し頑張ってもう一度輪の中に入るべく突入を試みたりもするのだが、見る限り俺の役にも立たない助力なんて全く必要がなさそうなくらいコウを熱烈に支持する人間が混じっているようなので、余計なことはしないで静観しているのが俺にとってのベストな行動だったのだ。

 それにどちらにしろ、昼休憩が終われば一旦、騒ぎは終了だろうしなと簡単に判断して俺はそれを静観していたわけなのだが・・・、予想通り、当然午後の授業が始まる直前にはその騒ぎは一旦、終了した。危害を加えられたわけではないが、取り囲まれ続けて疲れているらしいコウがよろよろと席に戻って来たのを温かく迎えて、何故か『ぶち殺すぞ』と言わんばかりの物凄い形相で睨まれはしたが、とにかく平和な午後の授業が始まって、全ては落ち着いた。

 ・・・と思った俺が甘かったらしいと気付いたのは、その授業の終了直後だ。


 物凄い取り巻かれていた。コウが、俺の目の前で。


 授業の終わりと共に教室中の生徒がコウの周りに集まって、昼休みと同じ状態が再現された時、これは一日中この状態になるのだと悟らずにはいられなかった。ついでに言えば、もしも今、席を外してしまえば、休憩時間が終わるまで俺は席には戻れない、つまり自席にもかかわらず、コウを取り囲む人々にこの場所が占拠されてしまうと察したのだ。

 留まるべきか、立ち去るべきか、それが問題だ・・・、だなんてシェイクスピアの名言をもじってそんなことを思ってしまったのは、席を外せば戻れずに休み時間中立ちっぱなしという目に遭ってしまうが、この場を立ち去らなければもう俺の机に半ば尻を乗っけるレベルで人が詰めかけすぎているこの息苦しさを休み時間中、味わう羽目になるので、どちらがマシかの判断がすぐにつかなかったからだ。

 判断がつかないままうだうだしているうちに休み時間は終了し、次の授業が始まる直前に詰めかけていた人々は解散したのだが、当然のように授業が終わればまた集まって来てしまって。

 これはどうしたものかと思っていたのだが、ホームルームが始まる直前に再び解散にはなった。しかしそれが終わればまた取り囲まれることは間違いなく、放課後という時間にゆとりがある状況になってしまえば、一体いつまで取り囲まれるか分かったものではなく・・・。

 一瞬、コウを置いて先に帰ってしまおうかな、なんて考えが脳裏を横切ったのは、流石にコウには内緒だ。もしもそんな薄情な台詞を口にしてしまえば、コウがその顔に似合わない噴火をしてしまうことは間違いなく、それに考えは過ったが、俺自身もいくら危険がないとはいえ、そこまで薄情な行動を実際に取る気もなく、またホームルームが終わってみれば、結局、心配する必要もなくなっていた。

 いや、心配通り皆がコウを取り囲もうとする気配はあった。一斉に人の意識がコウに向かう、そういう気配を確かに感じてはいたのだ。しかしそれが人の動きとして現れるより先に、一番最初にコウに近づいて来た人物がいて。


「寮まで送ります」


 誰よりも先にコウのすぐ傍にやって来て、そう力強く断言したのは長谷だった。それはもう、凛とした口調で、他の一切の有象無象を近づけまいという意志が全身から漲っているその姿に、先ほどまでコウを取り囲んでいた奴らからコウを庇って寮まで送る気なのがはっきりと現れていた。

 これぞ親衛隊・・・! とまだ設立していないのにうっかり納得しそうなレベルの堂々とした振る舞いに、流石の有象無象共もすぐには近づけないようだ。ただ、あまり時間をかけると壁になろうとしている長谷にすらぶつかって来る勢いの人間が出て来そうな気配はあり、つまりもたもたしているわけにはいかなくて。

 コウにもそれは充分に分かっていたのだろう。戸惑う色を顔には浮かべたが、手は帰宅の準備を進めており、長谷に促されるようにしてすぐに立ち上がる。

 そして当然のように俺に視線を向けてくるわけなのだが、俺としてはコウが出て行った後、誰にも注目されないだろう俺一人でさり気なく帰る気満々だった。俺一人ならなんとでもなるし、なにより、長谷はコウを送ろうとしているのであって、俺のことは視界に入っていないと思っていたから。

 しかしコウの『一緒に帰ろう』という目だけの誘いに、俺もまた視線だけで『俺は後からこっそり帰る』と応えようとしていたところ、それより早く長谷が真っ直ぐ俺を見つめてきて声に出して告げたのだ。「行こう」と。

 それはつまり、俺も一緒に帰宅するメンバーに入っている、ということで、正直、ちょっと声が漏れそうなレベルで吃驚した。あ、俺も数に入っているんですね、と。


「・・・今思っても、長谷って結構ないい奴だよな」

「なに? 突然」

「いや、そう思わん? 俺まで一緒に連れ帰ってくれたんだぞ?」

「僕とスズ君は行き帰り毎日一緒だからじゃない? 僕だって一緒に帰ろうってあの時、思ってたもん」

「毎日一緒でも、コウのこと送らなきゃいけないあの状況で俺まで数に入れてくれる奴って珍しいだろ。大抵、コウのファンはコウしか視界に入ってないんだし」

「それは・・・」

「それなのに自主的に俺まで連れて行くなんて、アイツは結構なレベルで良い奴だって」

「そう・・・、だね」


 寮までしっかり俺とコウを送り届けてくれた長谷のことを思い出し、つい感嘆に近い声を漏らせば、コウも戸惑いながらも俺の長谷評価に同意する。

 どう考えても良い奴でしかない長谷に対してその評価をしただけなのに、どうしてコウが少々戸惑いがちに同意するのか、その辺が少々不思議だが、とくに追求するほどでもないかと放っておいて改めて長谷の姿を脳裏に思い浮かべる。

 コウと並んで歩く、長谷の姿。そのすぐ後ろを歩いて見ていた後ろ姿を脳内だけで見つめて・・・、見つめて、見つめて・・・。


「惜しいよな、どう考えても百合に変換できないんだもん、長谷」

「何も惜しくないよ! というか、何か真剣に考えているかと思ったら、そんな馬鹿なことを・・・」

「べつに何も馬鹿なことなんて考えてないけど・・・。だってほら、コウと寄り添って歩いているところなんてまさに百合シュチュエーションなのに、相手役が百合に変換できないっていう致命的な問題があるから、それをどうしようかっていう話で・・・」

「そんな話、誰もしてないよ!」


 実際に目で見つめていた時も、今のように脳内で見つめていても、どうしても百合変換ができない相手につい、無念の溜息が漏れる。

 ただ、べつにそれで長谷を責める気はない。なんせ、俺まで忘れずに送ろうとしてくれるほど良い奴なのだ。百合変換できなくても、そんな良い奴を責め立てる気は無いし、そんなことしようと思うほど性格が破綻していた覚えもない。・・・ちょっと、残念だなと思うだけで。

 でもそんな長谷の人柄を思うと、自然と達する考えは長谷の希望についての意見だったりする。長谷の希望、勿論、コウの親衛隊設立についてだ。


「っていうかさ、あれだけ親切な奴なら、親衛隊作ってもらってもいい気はするけど・・・」

「僕にそんな大袈裟なもの、必要ないよ」

「まぁ、それはそうかもだけど」

「・・・それにスズ君、僕に親衛隊なんてできちゃったら、僕がその親衛隊の人達に取り囲まれている間は朝の長谷君がいる時みたいにしらっとどっかに行っちゃうでしょ?」

「え? 行かないよ」

「本当?!」

「入隊資格に百合変換可であることってつければいいだけじゃん」

「そんな資格つけられるわけないじゃん!」

「なんで?」

「なんで? じゃないよ! そんな頭のおかしい入隊資格がある親衛隊なんて聞いたことないよ!」

「百合変換可はべつに頭のおかしい資格じゃない! それに今までなかったことが理由で新たな可能性を試す前から潰すなんて、理不尽だ!」

「言っていることだけ正論っぽくして、理不尽そのもののは発言しないでよ! そもそも百合変換なんて概念自体、この学園で通じる人がいないでしょ!」

「冊子くらい作るぞ? 百合とはなんぞや、とか、至高の百合を目指す人へ、みたいな冊子」

「そんな冊子要らないよ! というか、それを作って配る親衛隊って、設立目的がなんだか分からなくなるよ!」

「コウを親衛する為の隊だろ?」

「そんな冊子持った人達に親衛なんてされたくないよ! それ、僕じゃなくてスズ君の親衛隊じゃん!」

「俺に親衛隊なんて要るわけないだろ」

「僕だってそんな冊子持った親衛隊なんて要らないよ! というか、百合基準の親衛隊なら、そもそも長谷君は入隊できないことになるでしょ! 僕の親衛隊作りたいって言っている当人が入れない親衛隊なら、何の意味もないでしょ!」

「長谷はお嬢様達にとって人畜無害な執事ポジションにつくから、大丈夫だろ」

「何も大丈夫じゃないよ! そんなポジション、勝手に作らないでよ!」


 俺としては数々の名案を出してやっているというのに、コウはひたすら全てにクレームをつけて却下してきた。その様に、本当に我儘な奴だなと呟けば、今度は手が出てきて、結構な力で俺を抉ってくる。

 あの良い奴である長谷が作りたがっているなら作らせてやれば、なんて軽い気持ちで提案してやっただけなのに、と少々理不尽な思いを抱きながらも、結局そのまま暫しの間、親衛隊についての他愛無い話は続いたのだった。


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