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わりとカオスな彼らの日常  作者: 東東
【1章】赤見ても、白を見ている心意気
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 はっきり言うと、顔は全く記憶になかった。


 食堂で彼を見かけた瞬間、本当に初対面だと思った。そのくらい、顔に見覚えがなかったのだ。どこにでもいそうな、良くも悪くも特徴のなさそうな顔。集団に埋没し、何度会ったとしても覚えられる気がしない、それほどのレベルの顔。

 しかし、初対面ではなかった。それが分かっていたからこそ、初対面でもないのにこれだけ顔を覚えていないものなのかと驚いたわけで。

 ・・・正確に表現すれば、会ったことがある、というのではなく、見かけたことがある子だった。それもそれなりに印象的に残っていて、その姿が見えなくなっても暫くの間は気になるレベルの子だったのに、こうして全く記憶にない顔をを見ると、印象に残っていたのはその行動と、目だったのだと分かる。

 そう、その目を見た時、彼が今朝の子だと確信したのだ。


 登校時に見かけた、平凡な容姿に似合わぬおかしな目つきをした彼だ、と。


 今朝は珍しく一人の登校ではなかった。生徒会の役員なんてしていれば嫌でも目立つし、そもそも役員になんてならなくても注目を集めてしまう人間だという自覚はあるので、他人の視線が集まってくることは仕方がないと諦めているのだが、それでも朝から他人に絡まれるのは鬱陶しい。

 それは自分の親衛隊のメンバーであっても同じで、挨拶くらいは交わすが、朝から長々話に付き合う気はないので知っている人間だろうと全く知らない人間だろうと関係なく、ある意味平等に挨拶以外の会話を拒絶する空気を軽く纏いながら登校していた。しかしいつもより少し早めに寮を出たからか、すぐ目の前に朝のこの時間帯に会うのが珍しい姿を見かけてしまい、こちらの気配を感じたのか振り返ってしまった相手と目が合ってしまえば、流石に話をしたくないというオーラを纏ってやり過ごすわけにもいかずに・・・、内心、多少面倒に思いながらも横に並んで話しかける体勢を取りながら声をかけた。


「おはようございます」

「おはようございます。珍しいですね。キミにしては、今日は少し早いんじゃないですか?」

「そうですね。なんか、ちょっと目が覚めて・・・」

「いつも今日くらいの時間が良いと思いますよ。キミは少し予定ギリギリに行動しがちですから」

「いや、そこまでギリギリってほどじゃないですよ。西依先輩が早すぎるっていうだけで、俺も予定時間よりは早めに行動してますって」

「早めと言えるほど早い行動じゃないと思いますけど。まぁ、キミは要領が良いから、それでどうにかなるんでしょうけどね。でも、どんな時でも時間に余裕を持って行動するのが一番だと思いますよ」

「あー・・・、善処します」

「する気がなさそうですけど」

「気の所為ですよ」


 まったく、と溜息をついている先輩は、朝から多少説教モードに入っているようだった。流石に生徒会で副会長を務めている、生徒会で一番世話になっている先輩を朝から無視するわけにもいかずに声をかけたのだが、向こうとしても自分がかつての世話係だという自覚でもあるのか、俺に何か注意すべき点を見つけるとすぐ説教モードに入るのは勘弁してほしいと思う。まぁ、深刻な感じの説教ではないので、そこまで困っているわけでもないのだが。

 溜息を吐き出してしている整いすぎた顔を横目に見ながら、この人は優秀な割に要領が悪いというか、割りを食う人だよな、とつい思ってしまうのは、冷たい美貌を持っていて、周りにもその美貌通りの態度を取ることが多いのに、一度懐に入れた人間には意外と情に熱いというか、世話焼きな面があることと、実はとても真面目で融通の利かない性格をしているのをもう数年の付き合いでよく知っているからだ。


 西依流先輩──、生徒会副会長を務める、高等部三年。


 一年上の先輩で、俺が生徒会に入った時にその仕事を教える世話係になってくれていた所為か、今でもその時の癖が抜けないのか、何かと面倒を見てくれる有難い先輩だ。・・・偶に、今みたいな要らない説教もついてきてしまうが。

 同じく一学年上の先輩である四十万会長が他人の世話を焼くのに向かない、世話を焼かれるのを当然とするタイプの為、自然とこの人が指導を買って出てくれたわけで、その点には今でも本当に感謝しているし、個人的には真面目すぎる側面に好感を持ってはいるのだが、この容姿にそぐわないほどの真面目さやその所為で発揮させる要領の悪さを多少、心配してしまうこともある。その要領の悪さが発揮されるのが比較的親しい人間の前だけで、周りに広く知られていないので今のところ大丈夫といえば大丈夫ではあるのだが。

 そんな少々心配もしてしまう先輩と歩いていると、当然のように周囲の視線が倍増した。お互い、それぞれ一人でも視線が集まりがちなのに、そんな人間が二人に増えていれば当然のように視線は増えるだろう。同時に、歓声も上がっていて、朝から騒ぎしいことこの上ない状態だ。

 しかし確かに煩くて鬱陶しい状況ではあるのだが、それでも俺一人だけなら近づいて話しかけようとしてくる、俺が纏っている空気を読まない、或いは過剰に自分に自信がある馬鹿が発生することもあるが、流石に注目を浴びる人間が二人揃っているとそういう馬鹿も近づけないようで、そういう意味では煩くてもこうして西依先輩と並んで登校するのもありなのかもしれないな、と思わなくもない。


 周りの注目や好意を自覚し、それを利用して立ち回ることは俺にとってはそんなに難しいことではない。


 西依先輩のように要領の悪い人間じゃないから、その程度のことは容易いのだけれど、でも人気があることや、好意を持たれることを喜ぶような質でもないので、周りの有象無象から向けられるそれらの感情はただ煩わしいだけだ。

 だから下手に周りと目が合わないようにさりげなく視線を躱しながら、それでも一応、西依先輩と並んだこの状態ですら声をかけてこようとする馬鹿、もしくはある意味においての猛者がいないかどうか、警戒の意味でそっと辺りを見渡して・・・、その時、その子を見つけて、思わず二度見してしまった。


 何の特徴のない容姿をしているのに、何故か目を引いたのは、こちらを見て騒いでいるその様子が他と違っていたからだ。


 違和感のようなものを覚えて通り過ぎたはずの視線を戻せば、そこには何かに身悶えしている姿がある。視線の先にいるのは俺と西依先輩・・・、だと思うのだが、視線はこちらに向いているのに、何となく焦点が合っていない気がして、全く目が合わない。

 こちらを見て、夢見がちな視線を飛ばしているなんてことはよくあることではあるのだが、しかしそういう視線とも違い・・・、いやある意味夢見がちな視線にも見えるのだが、しかしうっとりしているその視線の雰囲気が他に見たことがない様子なのが引っかかった。

 その視線をなんと表現すればいいのか、正確な表現方法が見つからないのだが、それでも辛うじて例えるなら、普段向けられる視線が憧れや恋愛感情を含んだふわふわとした色だとすれば、今、そこでこちらを見ている彼は、物凄い率直な欲望に塗れているような感じだ。


 ・・・っていうか、あれ、どっち見ているんだろう?


 通常、人気のある生徒が集まっている場合、最初はその集まっているメンバー全員に視線を向けはしても、最終的には自分の好みの一人に視線が向いていくものだ。しかしその彼の視線はどう見ても俺と西依先輩、二人共に向けられていて、どちらか一方を見ているようなことがない。

 なんというか、セットで見ている、セットでいる様を喜んでいる、そういう感じだ。

 確かに偶にそういうふうに、どちらも捨てがたい、みたいな感じで見てくる子もいるけど、なんだかそれとも違う気がして・・・、それに物凄く悶えているけど、あんなに悶えるってあまりないんじゃないか、とか、あれ、不審者認定されてもおかしくないレベルなんだけど等々、横目でその姿を確認しながら、瞬間的に諸々のことを思わないではいられなかった。俺以外、誰もその不審者に近い彼の存在に気がついていないようだけど、あの誰も目に留めないような容姿でさえなかったら、絶対に周りも何事かと注目しているだろう彼。

 気にはなった。激しく気にはなったが、かといって足を止めてまじまじと眺めたり、当人に向かってその不審な態度を問い詰めるわけにもいかない。不審者相手にそんなことをしても厄介ごとになるだけなのは間違いないし、何が起きるのかも分からないのだから、下手に突いていい相手でもないだろう。

 だから気になりつつも、何もアクションを起こすことなく今朝はこちらを見てぼうっと立ち止まっているその子を通り過ぎ、午前中、何度か今朝の異様な光景を思い出して首を傾げつつも、次第にそんな記憶も薄れかけていたのだが・・・、完全にその記憶が消える前に再び今朝の不審者を見つけることになってしまったのだ。


 また、不審者そのものの姿を晒している彼を。


 四十万会長が昨日、外部生にちょっかいをかけていたという話は聞いていた。この学園で最も注目されている人間なので、普段と少しでも違う行動をするだけでその日中に学園内に噂が広まるようになっていて、だから俺の耳にもその話が入っていたのだ。

 でも言動が派手で、気に入った人間にはすぐにちょっかいを掛けるタイプなので、べつにいつものことだと気にはしていなかったし、食堂で真っ直ぐに見かけたことのない生徒に近寄ってちょっかいかけ始めた時は、これが噂になった子か、確かに会長がちょっかいかけるだけあるなとただ納得しただけだったのだが・・・、その人形のように愛らしい子の目の前に座っている彼が視界に入った途端、二度見せずにはいられなかった。

 たぶん、その時に彼がまたあの目つきをして、またあの身悶えをしていなかったら今朝の彼とそこにいる彼が同一人物だとは気が付かなかっただろう。それくらい、彼の容姿が記憶に残っていないことに、その時初めて気がついた。

 でも、容姿が記憶にあろうとなかろうと、そこにいる彼が今朝の彼なのは間違いなく・・・、周り中が会長と会長がちょっかいをかけている外部生に向いている中、どうして誰も彼に注目を向けないのだろうかと不思議に思うレベルで、その彼は不審者で。


 彼は、また俺と西依先輩を見て、悶えていた。


 ・・・なんでだ? と正直に思う。いや、べつに俺か西依先輩、どちらかを見て悶えるなら、まぁ、どちらかのファンなんだろうな、と思うだけだ。そんなこと、よくあることだから特別疑問に思うようなことでもない。

 でも彼はそうではなく、どう見ても俺達二人をセットで見ていて、よく分からない熱をその目に浮かべ、錯乱しているのではないかな、というレベルで悶えているのだ。

 勿論、盛大に身体をテーブルの上に投げ出して悶えている、とかではない。本人もその衝動を抑えなくては周りに不審者として扱われると分かっているのだろう、必死に湧き上がる衝動に耐えているのが分かる。

 しかしどれだけ耐えようとしても耐えきれない何かが湧き出るようで、ぱっと見、痙攣でも起こしているのではないかと思うレベルで全身が震えているのだ。勿論その震えは顔にまで達しており、今にも何かを叫び出しそうなレベルで震えている唇を噛み締め、顔を赤くし、目が焦点を失いかけているという、本当に、何故俺以外にこの異常な状態に気が付かない? と周りに問いかけたい衝動に駆られるレベルで。

 ただ、本当に不思議なのは、彼が目の前の光景に一切の興味を抱いていないその様子だった。個人の好みはあれど、それでも会長に何の興味も持たない、という人間はあまりいない。他人の視線を必ず引き寄せる、そういう強烈な吸引力がある人なのだ。

 ・・・が、しかし。その四十万会長の引力が全く作用していないのが、彼らしい。たぶん、向かいに座っていたくらいだからあの外部生と親しいのだろうに、その親しい友人が会長に絡まれているというのにそれにすら興味を持たず、訳の分からない反応をしている。

 本当に、彼は一体なんなのだろうかと内心、本気で首を傾げていたのだが、次の瞬間、あと少しで表情にまでその怪訝な思いが出そうになった。むしろ、声に出そうになる。

 彼の視線が何かを避けるように、逃げるようにこちらから他の方角、特に場所を特定せずに方々へ飛ばされたかと思うと、すぐに一定の方角を見てその動きが止まった。

 何を見ているのかと視線の先を追いかければ、そこは食堂の奥、本来なら自分達が向かっているはずの二階席に繋がる階段付近に向かっているようで、更に視線の先を特定するようにその辺りを注意して見てみると、どうやら彼の視線はその階段付近に座っている会長の親衛隊達、たぶん、その中でも特別目立つ親衛隊長の花城先輩へ向いているようで。

 四十万会長と外部生の絡みを見て、傷ついた色と怒りの色をその瞳に滲ませ、震えそうになっている唇を噛み締めているこの学園でもトップレベルに入る愛らしい顔立ち。その場にいる誰よりも目立つその姿を偶々視界に入れて、つい見入ってしまった、とかならありえるだろう。しかし花城先輩のことを見て固まっている彼は、そういう感じではなく。


 死ぬんじゃないかな? と思った。物凄く幸福な顔をして、そのまま脳の血管が切れて死ぬんじゃないかな、と。


 目を見開き、顔を先ほど以上に赤く染め、息が出来ていないのではないかと思うほど固まりながらも全身を小刻みに振るわせて、血が全身に行き渡らず、脳に詰まったのではないかと思うレベルで顔以外の場所を青白くさせているその様は、完全に異常が発生している状態だった。それこそ、今にも倒れて死ぬのではないか、というほどに。

 しかしそれだけ身体に異常が出ているにもかかわらず、その顔は幸福そのものだった。そう、つまり喩えようもないほど、笑み崩れているのだ。

 何があったらそれだけ幸せな顔ができるのか、是非ご教授いただきたいような、永遠に知りたくないような、知ってしまったら人としての尊厳にかかわるんじゃないかと危惧せずにはいられないような、そんな笑み。

 たぶん、本気でヤバい状態だったのだろう。彼はその本気でヤバい笑みを暫し晒していたかと思うと、唐突に目の前に残されていた料理を口に詰め込み始める。口から何かヤバいものが出そうになっていて、それを耐える為に味も分からないままとにかく何でもかんでも口に詰めている、という感じだった。

 そこまで詰めたら息が出来なくなるんじゃないかとか、そもそも息が止まっていたっぽいから本気で窒息の危機なんじゃないかとか、生命の限界を危惧せずにはいられない状況ではあるけれど、そんな状況であっても尚、彼はとにかく幸せそうで。しかも相変わらず何がなんだか分からないが、時折また花城先輩の方向を見たり、こちら、つまり俺と西依先輩をセットで見ては、また幸せそうに笑み崩れている。


 ・・・これはもう、変な子とか、ちょっと変わっているとか、そういうレベルではない気がする。


 少しその素性を調べてみようと思ったのは、多少何かの危険を感じたということもあるが、その大半はただの好奇心だった。

 これだけ変わった人間を見たことがないし、そのレベルで変わっているのに、まだ周りの誰も気がついていないのだ。だったら一番最初に調べてみたい、と思っても仕方がないことで。

 厄介ごとはごめんだし、面倒なことなんてあまりしたくない。・・・が、我が身に降りかからないことなら、面白そうなことを眺めることは大歓迎で。


 対岸の火事は楽しいものだ。


 あまり趣味が良いとも思えないけれど、元々自分が趣味の良い、品の良い人間だなんて思ったことは今まで一度もない。

 まだ誰も気がついていない面白そうなことを調べて、是非、特等席で見物と洒落込もう、と内心、湧き上がる笑いを堪えながら心に決めたのだった。


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