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わりとカオスな彼らの日常  作者: 東東
【1章】赤見ても、白を見ている心意気
4/22

 コウは、いつも大人しい。・・・が、大人しくしている人間が大人しい性格をしているのかといえば、それはまた別問題だったりするのだ。

 というか、俺の個人的考えと経験からいえば、大人しくしている人間の半分以上が大人しい性格をしているわけじゃないと思う。

 たぶん、その大人しくないのに大人しくしている人間達は、本当は苛烈な人間で、でもその苛烈さをすぐに表現できる器用さがない、もしくは活火山のように来たるべき時に爆発する、そのエネルギーを溜め込んでいる人なのだ。

 正直、そんな危険なエネルギー、溜め込まないで小出しに放出してくれないだろうかと思わなくもないのだが・・・、俺の幼馴染のコウもまた、そんなタイプの人間で・・・、いや、俺に対しては結構小出しに放出しているのに、他に対しては溜め込むという使い分けをするタイプで、溜め込んだ熱を出す時は、その熱を急速冷凍して人体を貫く氷柱の如き硬度に変えて吐き出したりもするのだから、ちょっと質が悪いと思う。


 まぁ、俺がコウが理由で嫌な目に遭っていたら毎回キレるのだから、キレてもらっている俺が思うことではないのかもしれないけど。


 でも俺に対して結構頻繁にキレるんだから、あそこまで怒れる活火山にならなくてもいいと思うんだけどな、とか、むしろこれは小出し状態で、まだ本格的に噴火したことがないのか、とか、色々と思うところはあるのだが、コウが俺の為にキレた際に取る俺の行動は決まっていて、ひたすら静かな沈黙あるのみだ。

 理由は勿論、噴火中の人間に不用意に触れると危険だからで、俺は自分のことを決して粗末には扱わない人間だからそんな危険な存在には手も口も出さないと決めている。

 その為、今回も哀れなほど悲しげな顔をしている馬鹿が縋るようにコウを見つめていても無視したし、コウがそんな馬鹿にこれまた冷たい視線を投げつけてとうとう俺達の席付近から追い払った際、恨めしげな視線を俺に向け、いっそうコウの怒りを買っていても知らない振りをした。ただ、そうして馬鹿がいなくなった後まで黙って何も知りません、見ていません、関係ありません状態を維持しているわけにはいかない。

 何故ならまだ授業は始まらず、コウは黙り込んで冷気漂う怒りを発してはいるのに『僕に何か話しかけなさい』とでも言わんばかりに、体を横に向けて椅子に座り、その横顔を俺に晒しているのだ。明らかに、今から俺と雑談しますよ、スタイルで。

 これで怒れるコウが怖いからと黙り込み、コウのそのスタイルを無視するようなことをしてしまえば、今度は俺にあの冷たい怒りが向いてしまう。

 それくらいなら、なんでもいいから話しかけて、たとえその内容がコウのお気に召さなかったとしても、いつも通りの突っ込みを浴びせかけられた方が百倍マシだった。

 だから俺はとにかく、今、すぐに思いつく話題を投げかける。この冷気漂う事態を招く原因・・・、はいなくなった馬鹿だが、その馬鹿の馬鹿な発言をコウが耳に入れることになった理由という話題だ。


「なんか・・・、いつもより早くない? 追いつくの」

「・・・それって、いつも僕が追いつくまでにさっきみたいな嫌なこと言われていたってこと?」

「いやいやいやっ、そういう告げ口的な話じゃなくっ、純粋に、今日はなんで早かったんだろうなーってことで・・・」

「告げ口的な話もしようと思えばあるってことだよね、それ。つまりやっぱりいつもはああいうこと、言われたんだ」

「コウ、コウ! あのな、そういう話じゃなくて・・・」

「今日はね、スズ君が途中で立ち止まってぼうっとしていたから、追いつくのが早かったんだよ」

「え?」

「スズ君、副会長さんと会計さん見て、ぼうっとしていたでしょう?」

「あ、あの人たち、副会長と会計だったんだ・・・」

「知らなかったの?」

「生徒会の人なのは分かっていたんだけど、役職までは覚えてなくてさ」

「・・・その、この学園の人なら外部生でも皆、役職まできっちり覚えているような人達ですら記憶が朧げなスズ君が、どうしてその人達をぼうっと見ていたわけ?」

「そりゃあ・・・」

「言わなくていいから」

「聞いたの、そっちじゃん・・・」

「どうせ変な妄想してたんでしょ」

「変じゃなくて・・・」

「変だから。あの人達、どこからどう見ても男だから」

「いや、お姉様系が・・・」

「立ち止まっている間に結構追いついたから、変な妄想しないようにって注意しようと思ったら歩いて行っちゃうし・・・」

「そりゃ、いつまでも立ち止まっているわけにもいかないじゃん」

「だったら、最初から立ち止まらなければいいでしょ。というか、そもそも毎朝僕を置いて行くの、止めてくれる?」

「だって、長谷はコウに話があって待っているわけだし、それを邪魔するのもアレだし・・・」

「それで先に行ってさっきみたいな酷いこと言われているなんて・・・」

「あっ! 先生来たぞ!」

「・・・あとで覚えておいてね」

「えっとぉ・・・」


 コウの冷たい怒りを緩和させる為に持ち出した話題は、どうも不発に終わったらしい。いや、不発というより、ある意味、盛大に爆発した気がしないでもないが。

 とにかく、俺の新たなジャンル開拓や朝の置き去り事件を全く許容する気がないらしいコウは、教室に入って来た教師を示して誤魔化す俺に冷たい一撃を加えてから、正面に向かって座り直す。

 それからホームルーム、最初の授業と続くわけなのだが、授業が終わって次の授業に入る合間の休憩中も、その次の授業の後の休憩中も機嫌の悪さが改善されないコウの状態はお昼休み突入まで続いて・・・、これは拙いかも、と思いながらも、食い盛りの男子高校生が昼食を食いっぱぐれるわけにもいかないからとにかく食堂に向かおうと告げようとしたその時、コウの機嫌の悪さを悪化させる事態が起きてしまう。


「あのっ、さっきはすみませんでした! お詫びに奢るので・・・、お昼、ご一緒していいですか?」

「全然よくないです。僕、スズ君と二人でご飯食べたいから」


 ・・・馬鹿なんじゃないの、と思った俺は悪くないと思う。

 午前の授業が全て終わり、昼休みに入った途端に駆け寄って来た朝の馬鹿は、朝の騒ぎを真っ直ぐな声で詫びてきたのだ。・・・コウに、向かって。

 もうそれだけでアウトだということが何故分からないのか、と思う。だって、朝、暴言を吐かれたのは俺だし、お詫びをするべき相手も俺なのだ。勿論、コイツが俺に悪いとは一ミリも思っていないこと、お詫びなんかしたくもないと思っていることは分かっている。でも俺の為に怒ったコウに対して印象を良くしたいなら、したくなくても俺に向かって詫びるべきだということくらいは考えなくても分かりそうなものなのに、どうしてコウに向かって詫びるのか?

 そんなことをすれば、俺に対しては微塵も悪いと思っていないことが丸分かりになってしまうというのに。

 コイツ、本気で馬鹿だな、と実は名前も覚えていないクラスメイトを横目で見つつ、冷たい怒りマックスのコウに半ば引き摺られるようにして教室を後にした。

 無言のまま俺を引き摺って行くコウに合わせて歩きながら、心の中は溜息の嵐だ。さっきの名も知らぬクラスメイトには、余計なことをしてくれやがって、という愚痴が量産されている。

 ただでさえ悪かったコウの機嫌が、ここにきてマックスになってしまった。そんなコウとの昼食なんて、地獄の会談に近いものがあるだろう。つまり、耐え難い、ということで。

 食堂に入り、とにかくそれぞれの昼食を選んですでに結構埋まってしまっている中、出入り口に近い場所に席を見つけて二人向かい合って座ってから・・・、俺の頭の中の四割はコウの機嫌をどう立て直すか、ということで占められていた。そう、このままだとせっかくの昼休憩の全てがコウの機嫌の悪さにドキドキしながら過ごす羽目になる、という心配に・・・、まぁ、そんな心配をしていても、残りの六割、半分以上は目の前の『流石金持ち学園ですよね!』と毎回称賛を捧げたくなるくらい美味そうな料理への期待が占めているのだけれど。

 腹が減っては戦は出来ぬともいうしな、と自分で自分を納得させつつ、いざゆかん、とフォークを振り上げてとにかく美味しそうな目の前の料理、メインの肉料理に突き刺そうとしていると、熱々のその肉の熱を急速冷凍しそうなレベルの冷気が向かいから発せれて・・・、生命の危機を訴える本能によって反射的に顔を上げれば、そこには料理なんて目も向けず、俺を冷たく見つめるコウの眼差しがあって。


 あ、これ、ヤバいやつだ。


 流石にコウの機嫌に関する気持ちが四、料理への気持ちが六という割合は間違っていたのかもしれない、せめて五分五分、いや、割合を逆にするべきだった、と後悔先に立たずの見本みたいなことを思いながら冷や汗を流していた、その時だった。

 救いが、訪れたのは。

 たぶん、こういう時でなければそれを救いだと俺が認識することはなかっただろう。何故なら本来は俺が救いを感じられるような存在ではなく、むしろ悪夢を感じてもおかしくない存在だったからだ。

 しかしその時だけは確かに俺の救いだった。それは、コウの驚愕に見開かれた瞳と、その瞳にすぐさま宿った歓喜や、表情全体にその歓喜が広がっていく様、次第に染まっていく頬を見れば明らかで。

 俺の背後に向けられている視線が何を捉えているのか、そんなことは振り向かなくても分かっていた。何故ならコウが目を見開いたのとほぼ同じタイミングで、食堂内が一斉にざわめいたからだ。


『会長だ!』という、多重音声みたいに重なる歓喜の声によって。


 薔薇には全く興味がない。薔薇愛好家を非難する気は全くないし、それは個人の趣味だから好きにやってくれと思うが、とにかく俺は百合しか愛していないので、薔薇に関わり合いになりたいなんてこれっぽっちも思わない。

 でも、その時は本当に感謝した。何故ならコウの機嫌の悪さが背後に登場したらしい生徒会長の姿によって、吹っ飛んだからだ。一応背後を確認しながらも、これでとにかく今日一日、上機嫌でいてくれるだろうと思って安堵していたのだが・・・、その会長が何故か真っ直ぐこちらに歩いて来てしまって。こちら、というか明らかにコウに向かって歩いて来ているのだが。

 あ、これ、面倒な感じになったヤツ、とか思っている間にも近づいてくるその姿に、さっきの感謝を返せと思いかけたのだが、しかし近づく会長の傍にいるメンバーを見て、失いかけた感謝が利子付きでぶつかる勢いで戻って来る気配を感じた。

 会長は、一人ではなかった。というか、多重音声みたいな歓喜の声も、今や会長一人を呼ぶ声ではなく、数人分の名前を呼ぶ声になっている。

 それは当然だった。なんせ、この学園で人気上位メンバーである生徒会の面々が勢揃いしているのだから。


 つーか、副会長と会計カップリング、キター!!


 ・・・という絶叫を迸らせなかった俺は、凄いと思う。我ながら、よくそんな偉業を咄嗟にできたと感動するレベルだ。そう、会長の後ろにはあの二人が横並びになって歩いていた。たぶん、他のメンバーも周りにいたのだと思うし、なんなら会長が一番先頭にいるので一番目立つはずなのだが、すでにその姿は視界に入らない。さっきまで一応視界に入ってはずの姿は消失している。でもそれも仕方がない。俺はただ、朝見つけた新しい扉を開くのみだからだ。

 会長、ありがとう、ありがとう! ・・・と渾身のお礼を心の中で述べているが、その姿は視界に入っていないし男にしか見えない美形のその容姿がどうであったのかなんて脳裏から吹っ飛んでいて、すでに記憶にない。どうやらコウの横まで到達したらしく、何やらテーブルの向かいでコウが話しかけられているようだし、会長に話しかけられているということで周りの注目を浴びて、阿鼻叫喚が響き渡っているようだが、そんなものも全く耳に入らない。こんな公衆の面前で外部生なんてあまりよく思われない立場のコウが会長に話しかけられてしまえば後々面倒なことになるという可能性もあるが、そんな可能性すらも吹っ飛んでいっている。


 もう俺にとっては向かいは別世界。・・・いや、むしろ俺の視線の先が別世界だった。


 人形のように整い、感情が見えづらいはずのその顔に僅かに困ったような感情を滲ませて眉を顰めている副会長、その副会長が麗しい唇を僅かに動かして何かを言ったようだが、その言葉を受けて軽く肩を竦めながら苦笑のようなものを浮かべて答える会計の仕草が、分かり合っている百合のお姉様達の仕草、長年の付き合いがあるからこそ阿吽の呼吸を持つ百合カップルに見える。というか、見えなくても脳内変換で百合カップリングしてみせるが!

 脳内が、ヤバい、の一言で埋め尽くされそうになっている。耽美系ではないのに、少女達には醸し出せない大人の雰囲気があり、真っ直ぐではない心の駆け引きを感じさせ、でも同時に何も言わずともお互いのことを分かり合っているような繋がりの深さを感じさせる・・・、感じさせる感じに変換できる二人の並び。


 尊い・・・、あー、ヤバい、俺、どうして今までお姉さま系同志の絡み、見逃してたんだろ・・・。


 今までの人生でどれだけのお姉さま系同志の絡みを見逃してきたことか、そんなに勿体ないことをどれだけ繰り返してきたのだろうと我が身の不甲斐なさに気が遠くなりかけ、思わず視線を遠くに飛ばしてしまったのだが、その瞬間、意識が弾け飛ぶかと思った。

 何故なら視線が捉えてしまったからだ。美しき、百合を。


 哀しみと痛みを堪えるような顔をして微かに震える、気高き少女の姿を。


 ・・・そう、少女だ。ここが男子校だとか、生徒どころか教職員含めて男しかいないとか、そんなつまらない事実なんて俺の中からは追い出してある。だからあくまで視線の先の美しい人は少女でしかない。っていうか、百合変換しなくたってどこからどう見ても少女だろう。

 それくらい、その人は百合でしかなく・・・、コウと同レベルのこの学園きっての百合の名を、すでに俺は知っていた。なんせ、昨日その姿を拝見したばかりなのだから。


 食堂の奥、二階席に上がる階段の付近のテーブルに着いてこちらを見つめている百合は、花城先輩だった。


 見ているのは、当然、会長とコウだ。遠目でもはっきり分かるほど身体を震わせ、じっと見つめるその瞳には傷ついた色と、怒りのようなモノが滲んでいる。おそらく、コウみたいな最近学園に来たばかりの外部生を気に入っている会長の様子に傷つき、昨日忠告したにもかかわらず会長に絡んでいるコウに対して怒りを覚えているのだろう。べつにコウから絡みに行ったわけではないけれど、そんなことは関係なくて、自分が慕う人が親衛隊員でもないただの外部生を構うのが許せないに違いない。

 許せないし、傷ついているのに違いなくて。

 傷を負いながらも、身体が震えるほどの衝撃を覚えながらも、それでも花城先輩は周りのように取り乱した悲鳴を上げるわけではなく、じっと耐えていた。背筋を伸ばし、凛とした姿で座ったまま、ただ瞳だけをあらゆる感情に燃え立たせている。

 美しく、優雅で、いついかなる時も凛とした姿勢を崩さない。常に気高くあろうとするその姿こそ、高貴なる百合の理想の姿だ。


 ヤバい! 滾る!


 鼻血出そう! さっき食った物も出そう! なんなら魂とか、出ちゃいけない諸々が纏めて全部出そう! ・・・と叫び出している心を必死の思いで堪えるのだが、身体が震えることまでは抑えきれない。勿論、盛大に震えないよう、どうにかギリギリのレベルで押さえ込んではいるのだが、もうそれも限界に達そうなレベルに近づいている。

 この学園の食堂は広い。だから出入り口付近にいる俺と、花城先輩の距離は相当ある。しかし俺は平凡な容姿をしているし身体能力も平凡なわりに、目だけはあらゆるものを見逃さない為の進化でも遂げたのか、両目とも2はあるのだ。調子が良い時だと、2.5まで出たりもするし、何故か夜目もやたらと効くほど目の性能だけはいいので、花城先輩のお美しくて可愛らしい顔も、その表情も、目の動きも、その目の中に浮かぶ感情の色さえもはっきり見えてしまう。見えてしまうので、滾る気持ちが抑えられない。・・・まぁ、もし見えていなくてもそこに花城先輩がいることさえ分かれば、想像で滾っていただろうが。

 もう、食事どころじゃないとは思いながらも、これ以上、花城先輩を見つめていたら本気でやってはいけない醜態を晒してしまう可能性が高すぎたので、俺は最後に花城先輩の姿を目に焼きつけてから、俯いて目の前に置かれたままになっている、すでに冷めかけている昼食の残りにその視線を落とした。

 そうして食った物が出そうな状態になっているにもかかわらず、とにかく口に物を詰め、出そうな全てを塞ぐ為に次々と料理を口に放り込みにながら、その時、俺は・・・。


 味も分からなくなっている料理ではなく、至上の百合を思う存分に味わって、幸福の絶頂にいたのだった。


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