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わりとカオスな彼らの日常  作者: 東東
【Prologue】
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Prologue

 ──それは、可憐な花が互いを傷つけ、散りゆくような胸が痛む光景だった。


「偶々お声をかけていただいたからって、外部生ごときがあの方に気に入られたなんてつけ上がらないでよね」

「そんなこと・・・、あの、べつに、その、ただちょっとお話しさせていただいただけなんで・・・、分かっていますし・・・」

「本当に分かっているの? 少し声をかけてもらっていただけで、媚び媚びの態度だったって聞いたけど?」

「違います! そんな態度、とってません!」

「ふぅん・・・? まぁ、口先だけならどうとでも言えるものね。本当のところはどうだかって感じだし」

「本当です! あの、あの方と親しくしていただけるような人間じゃないってことはちゃんと分かってます! 分かって、いますから・・・」

「それなら、身の程を弁えた態度をちゃんととってくれる? どう考えてもそうじゃない、媚びた態度をとっていたからこっちに報告がきているんだから」

「す、すみ、ません・・・」


 一方の花は、その可憐な姿には似合わない棘を出し、しかし棘を出さなくてはいけない状況にとても傷ついている色をその大きな瞳に滲ませていた。

 そしてもう一方の花は、今にも枯れてしまいそうなほど悄気ており、花びらを散らさんばかりに震えている。瞳に、今にも零しそうなほどの涙を滲ませて。

 向かい合って立つ二人の『少女』。一方がもう一方を責めて傷つけながらも、傷つけることで自身も傷つく、そんな双方が何も救われない姿を晒しながらも・・・、それでも彼女達は可憐だった。


 咲いた以上は枯れなくてはいけない、そんな宿命を持つ花々のように、彼女達は傷つけ合うことが定められていても、否、定められているからこそ、可憐に美しく咲き誇るのだ。


 学園の片隅、校舎の裏、誰も来ないそこに二人で向かい合い、一方的に相手を責め立てた後に、ここにもう一方を呼び出した彼女、花城は最後に今後の振る舞いについてきつく注意をすると、可憐な花がその身を守る為に備えざるをえなかった棘を全身に纏うように鋭い空気を身に纏い、身を翻してその場を去って行った。

 凛とした、小柄ではあるが背筋を伸ばして誰もを寄せ付けないほどの強さを見せながら去って行くその後ろ姿は、最後まで気高い。たとえ愛する人と親しくなろうとしている者へ嫉妬という醜い感情をぶつけるのだとしても、その行為すらも恥じない気高さを抱えたまま行える、そんな彼女の稀有な美しさを後ろ姿だけでも充分に表していた。

 一方、その場所に一人取り残され、そんな気高い少女を見送る形になったもう一人の少女は、俯いて自分の足元を見つめ、その場に立ち尽くしている。

 彼女には、去って行った彼女のような気高さ、強さを持ち、自分もあの人を愛しているのだ、愛することは、想うことだけなら自由なはずだと訴えることができなかった。

 彼女はただ力なく、自分の爪先を見つめるだけ。


 何故なら彼女には、去って行った少女のように、あの人の隣に立ち並ぶ為に必要な自分に対する自信がどうしても持てないでいたからだ。


 自分にもあの少女のように、自信が持てる何かがあれば・・・、口に出すことも叶わなかった願いを胸の内に零しながら、一人、静かに涙を流す。

 しかしその涙を拭ってくれる者はどこにもいない。その涙の存在を知る者すらどこにもおらずに、彼女はたった一人ぼっちで。

 そうして今にも散りそうな可憐な花のような彼女は、やがて力なく動き出し、その場を後にするのだった。


 ・・・後に、するのだった? 後に・・・、ん?


「なぁーにやっているの、スズ君」

「あれ・・・?」

「あれ、じゃないよ・・・、なんでこんな所にいるわけ?」

「いやぁー・・・、ほら、コウがさ、花城先輩に呼び出し受けたって聞いたから、ちょっと心配して後を追った的な感じで・・・」

「後を追って、それで木の影に隠れて見学していたわけ?」

「見学っていうか・・・、こうっ、何かトラブルっぽくなっていたら助けに入らなきゃ、みたいな・・・」

「へぇ・・・、助けに、ね・・・」


 呼び出されたコウを追ってその指定された場所に先回りし、ベストポジション的な木の影に隠れてコウと花城先輩の姿を眺めていたのだが、息を殺して見つめていたはずなのに、何故かコウには隠れていたこちらのことなんてお見通しだったらしい。

 先ほどまで萎れた花のような雰囲気を纏っていたはずなのに、今はあと少し突いたら爆発しそうなレベルの活火山のような雰囲気を漂わせている。

 この見た目は途轍もなく可愛らしくそれこそ可憐な花のような幼馴染が噴火すると大変危険なことは経験上、嫌というほど分かっていたので当然、噴火を回避する為の言葉を重ねようとしたのだが、こちらの予測より噴火のタイミングは一歩早かったようで。


「どうせまた脳内で変な変換かけて、頭の沸いた物語っぽく仕上げてたんでしょ」

「へっ、変な変換って・・・!」

「変な変換は変な変換でしょ! どうせ僕達のこと、女の子に変換してたんだろうし」

「そりゃ、だって・・・」

「だって、じゃないよ! 僕は男! 花城先輩だって男! っていうかこの学園は男子校なんだから、ここには男しかいないでしょ! それを女の子の園みたいな変換かけて変な物語勝手に作り出して・・・!」

「変な物語なんかじゃない! 美しい百合の物語だ!」

「女の子なんて一人もいないところでそんなもの作り出しているのが変だって言っているの!」

「仕方ないだろっ! だって、だって・・・」


 コウはしっかり爆発した。木の影に隠れてしゃがみ込んでいた俺のすぐ目の前に仁王立ちし、その小柄な体いっぱいに怒りを滲ませて怒っている。

 大きな瞳を爛々と怒りに燃やしているその姿は、可憐な容姿に相応しくないほど迫力があるのだが・・・、目の前にいる人間がキレるとついつられるもので、俺も気がつけばキレていた。

 でも、それも仕方がないことなのだ。突然放り込まれたこの場所は、俺にとっては地獄と言い換えてもいい場所だったのだから。


「百合のない世界なんて俺には耐えられないんだっ!」


 ・・・そう、ここは男の巣窟、あの可憐なる白百合が一輪も咲いていない不毛の地。

 そんな場所での生活を余儀なくされている今、辛い現実に立ち向かう為にも少しくらい妄想に励んだとしてもバチは当たらないと思うのだ。














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