第8話 お姫様抱かれ慣れ
「ではお嬢様、僕はまず何のお仕事をしましょうか? このお部屋の片づけとか……」
「何度も言いますけど、イル君は怪我人なのですよ? そんな人に掃除を任せるわけにはいきません。しばらくは安静にしてくださいと、お医者様にも言われています」
「痛みは残っていますが、傷口は塞がっているみたいですよ。傷の治りは早いんです、僕」
「本当ですか?」
「本当ですよ」
僕は腕に巻かれた包帯を解いた。
傷跡は多少残っているものの出血は止まっていた。動かす分には問題なさそうだ。
「……本当ですね」
「だから言ったでしょ?」
「ではイル君、最初の仕事をお願いします」
「はい、なんなりと」
「私をお風呂まで運びなさい」
「……え、お風呂?」
「そうです、お風呂です。良いですかイル君、世の中には2種類の人間がいます。朝風呂派か、そうでないか」
「風呂に入らないタイプの人は……?」
「……そんなこと言う人は好きじゃないです」
ぷう、とサナが頬を膨らませる。
僕は慌てて誤魔化した。
「冗談ですよ、お嬢様」
「では私をお風呂に運びなさい。私、朝風呂派なので」
サナは僕の方に両手を伸ばした。
抱きかかえろという意思表示らしい。
だけど―――良いのだろうか。
はっきり言って僕は女の子を抱き上げた経験なんてない。
というか、ほとんど触れたこともない。
先日のサナとの一件が異性とのファーストコンタクトといっても過言ではない。
ああ、屋敷のメイドに蹴られたりしたことはあったけど、あれは例外。
「……どうしたのですか、イル君? お風呂に連れて行ってくれないのですか?」
「あ――いや、分かりました。それがご命令なら」
ええい、どうとでもなれ。
僕は覚悟を決めてサナの身体を両脇から抱きかかえた。
羽のように軽く、新鮮な果実のようにしなやかな感触。
サナの体温を、薄手の寝間着越しに感じた。
「何か言いたいことがあるのですか?」
気づけば、僕はサナを抱き上げたまま、彼女の顔をじっと眺めていた。
サナが不思議そうに首を傾げるのが見えた。
「い、いや、なんでも。お風呂はどこなんですか?」
「廊下に出てまっすぐ行って、それからすぐ右です」
「分かりました」
僕は両腕でサナの胴と足を抱きかかえた。
いわゆるお姫様だっこというやつだ。
サナは特に何も言わず、僕の肩の辺りに手を回した。
お姫様だっこ慣れしているのだろうか……。
いや、サナは抱かれている側だから、お姫様抱かれ慣れ?
お姫様――抱かれ――慣れ? どことなくエロティックな響きだな……。