第68話 決着
「剣の才能もない、体術の才能もない、それでお前の守りたいものが守れるのか? 自らの無能を認め、許しを請うのはどうだ?」
「許しを請うべきなのは……あんたの方だ。サウザントルル家を襲撃し、サナを悲しませた。僕のことを屋敷から追い出したとか奴隷のように扱ったとか、そんなことはもうどうでもいい。サナが苦しむ原因を作ったあんたを―――僕は、生かしちゃおけないんだよ」
「ならば私を殺してみろ。お前との間に、もはや語るべき言葉はないだろう?」
「言われなくても、そうする!」
両手を胸の前で構える。
やり合ったのはほんの少しの時間だけだったはずだ。
それなのにこのダメージ、この疲労感――。
王国最強の兵士、騎士団長ザファー・エッヂア。悔しいが認めざるを得ない。この男の戦闘力は本物だ。
意識が朦朧としている。この感覚には覚えがある。ラオーテの街の火災を止めるために大量の水魔法を使ったとき。あのときと同じように、僕の魔力が底をつこうとしているんだ。
やれるのはあと一撃。この一撃にすべてを懸けるしかない。
見ればザファーも両手を胸の前で構えていた。
僕と同じ構えだ―――いや、僕があの男に教わった構えをしているだけなのか?
恐怖の対象でしかなかった父親が、血まみれで、僕と同じように拳を構えている。
思えばこうして向き合うのは初めてかもしれない―――いや、余計な思考だ。
僕は目の前のこの男を殺す――それだけを考えることにした。
「来い、イル」
ザファーの言葉を合図に僕は地面を蹴った。
敵との距離が一瞬で詰まる。
ザファーはそれを待っていたように右手を振り上げた。
完璧にカウンターが決まるタイミングだ。
しかし、それでも――止まる必要は、無い。
「【放水】」
「!」
魔法陣が展開され、水の塊が射出される。
ザファーの意識が水の塊に移るのを感じた。
「死ねよ、親父!」
僕の拳がザファーの顔面に直撃した。
ザファーの身体が揺らぎ、そして地面に倒れこんだ。
その瞬間、僕の魔力にも限界が訪れた。
激しい眩暈の中、僕はその場に座った。
息が上がっている。
身体に力が入らない。
「……よくやった、イル」
ザファーが掠れた声で言う。
目は開いていたが、その瞳はどこも見つめてはいなかった。
「何が」
「……それでこそ、エッヂア家の人間だ……」
「僕はあんたたちみたいな人殺しの仲間じゃない。人殺しは僕以外の人間がやればいい」
「しかし……お前はこの私……父を殺した。立派な人殺しだ……」
「いい加減黙れよ、殺すぞクソ親父」
僕が言うと、ザファーは苦しそうに咳き込み始めた。
もう死ぬのかと思ったら、その口元は笑っていた。
なんだこいつ。気持ち悪いな。僕の身体を構成する遺伝子にこいつのものが含まれていると考えると悪寒がする。
「最後だ。私に……聞いておくことはないのか?」
「……森にいたオークやフェンリル。あれは、騎士団が軍用に飼育していた魔物だよね?」
「ああ、そうだ。フェンリルは……ゼステイウ家に借用もしてやった。それがどうか、したか?」
「いや、何も」
少し魔力が回復してきた。
僕はゆっくりと立ち上がり、ザファーを見下ろした。
ザファーは僅かに顔を動かし、虚ろな目で僕を見た。
そして、言った。
「そうか……お前は、そこに居たのか……イルの中に、生きていたのだな……」
「何言ってんだよ気持ち悪い」
【切断】を発動し、刃をザファーの首筋に放った。
空気の刃はそのまま首の動脈を切り裂き、目の前に倒れる人間の命を絶った。
その首元から噴き出る血が荒野の乾いた大地に吸い込まれていくのを、僕はしばらくの間、ただぼんやりと見つめていた。
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