第64話 もう少し遅ければ
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サナとはヴァイスニクス家の屋敷で別れた。
サナはロデリアさんと一緒にサウザントルル家に戻ることになったからだ。
最後まで僕についてこようとしたサナだったけれど、今回向かうのは戦場だ。さすがに危険すぎる。
というわけで。
僕は今、魔導国グラヌスとの国境付近に来ているのでした。
草木がほとんどない荒野。辺りには武器の破片らしきものが落ちていた。
「では、私がお送りするのはここまででございます、イル様」
初老の執事さんはそう言って馬に乗り込む。
ここまでは彼が送ってくれた。
馬車は乗ったことがあるけど、馬に直接乗るのは初めてだった。
「どうも、助かりました。歩いて行けって言われたらどうしようかと思って」
「ご謙遜を。あなたなら馬よりも速く走れるでしょう?」
む……。
僕の【付加】のことを見抜かれたのか?
ヴァイスニクス家の執事――侮り難し。
「あなたが手伝ってくれると、今回の任務も楽に終わりそうな気がするんですけど」
「いえいえ。私はもう引退した身。若い者には敵いません」
穏やかな口調で言う執事さんだが、その目は笑っていなかった。
つまり、僕一人でやれってことね……。
「分かりました。ではここでお別れですね」
「私は近隣の街で待っております。ご武運を、イル・エッヂア様」
執事さんは手綱を操り馬を走らせ、荒野を駆けていく。
その姿はやがて地平線の向こうに消えてしまった。
仮に僕が瀕死の重傷を負って、近くの街に行けなかったらどうしたらいいんだろう。
まあ――その時は僕の運が無かったということで。
さて。
そろそろ行くか。
遠くで金属がぶつかり合う音と怒号が聞こえた。
こんなところでカーニバルか何かがあっているわけもないだろうし、あれはきっと戦闘の音だろう。
「【生活魔法】――【付与】――【速度】」
地面を蹴り、音のする方へ走る。
景色が過ぎ去っていき、そして――見慣れない甲冑に身を包んだ兵士の集団に囲まれた、騎士団の姿を見つけた。
もはや数名しか残っていない騎士団の中には、思い出したくない顔――父親の顔もあった。
頭に血が上るのを感じた。
全身が熱くなる。
僕は一度呼吸を整え、冷静でいられるよう努めた。
恐らくは状況が変わったのだろう。
遠距離から攻撃して騎士団の数を減らす段階は終わり、もはやその息の根を止めるフェイズに入ったということだ。
まったく、少し遅れていたら騎士団が全滅させられていたところだったじゃないか。




