第61話 場所が場所
シュイミの表情に、今日初めて陰りが見えた。
「それは私がヴァイスニクス家の当主と知っての発言かしら?」
「当たり前じゃないですか」
僕が答えた瞬間、鋭い殺気を感じた。
壁際に立っていた執事さんからだ。
室内の空気が緊張で張り詰める。
そんな状態が少し続いて、ようやくシュイミが口を開いた。
「……騎士団と戦って勝利したと言うのは嘘じゃなさそうね。良いでしょう、あなたの言うことを訊きます、イル・エッヂアくん。もし君が国境で危機に陥っている騎士団を救出してくれたら、私はサナの死刑を取り下げるようゼステイウ家に交渉します」
「分かりました。じゃあ僕はさっそく国境の戦闘地域へ向かいましょう。案内くらいは――してもらえますよね?」
「イル君、待って欲しいのです。本当に行くのですか?」
サナが立ち上がり、僕の方を振り向いた。
僕は頷いた。
「行きますよ。それがお嬢様のためになるなら」
「戦闘状態にある軍隊に介入することになるのですよ。イル君がいくら強くても死んじゃうかもしれないのですよ」
「大丈夫ですよお嬢様。あなたが僕の帰りを望むなら、僕はちゃんと帰ってきますから」
「イル君……っ!」
サナが両手で僕の肩を掴み、僕の胸に顔をうずめる。
突然のことに驚いて、僕は動けなくなった。
サナが僕を必要としてくれている。
嬉しい――けど、場所が場所だからけっこう恥ずかしい。
ごほんごほん、と、わざとらしい咳払いが聞こえた。
「あのー、一応ここは私の屋敷なんだけど。そういうのは二人だけのときにやってくれる?」
シュイミは不機嫌そうに唇を尖らせながら言った。
それを聞いてサナは顔を上げ、涙を浮かべた瞳を僕に向ける。
「絶対生きて帰ってきて欲しいのです、イル君」
「約束します、サナ」
僕が答えた瞬間、シュイミがさっきよりも激しく咳き込んだ。
「だからー、そういうのは二人だけのときにやってって言ってるんですけど。今からそのイルくんと大事な話をするんだから……お二人をお連れして」
「は、かしこまりました」
シュイミの指示で、執事さんがサナとロデリアさんを応接室の外へ誘導する。
サナは名残惜しそうに僕から手を放すと、部屋から出ていった。
「……で、話ってなんですか」
「ま、座ってよ。サナが心を許した相手ってだけで、私は君に興味を持ってるんだから」
「………」
シュイミに言われるまま、僕は彼女の向かい側に座った。




